1.我らは海賊



ウミは、少しずれてる人間。
笑って全部を嘘にする人間。
それはいつしか自分もが嘘になった人間。



1.我らは海賊


ウミは昔から我慢強い子だった。幼稚園の頃からずっと虐められていた。といっても仲間はずれにされたりいやなことを言われたり、と些細ないじめだったが。
小学生にあがっても虐められた。世間では虐める子にも原因があるが、虐められる側にも原因があるという。確かに当時のウミはまだ幼い為にわがままを通そうとする性格だった。

そんなのはクラスに数人いて、けれども反撃せず我慢をしていたウミだからこそ小学校でも虐められた。クラスにのけ者にされた。虐めても何の反応を返さない。黙っているだけ。それはとてもつまらなくてもっと苛々とした。

遊びだ、といって誘っては砂を頭上から降りかけられた。ウミが泣けば"遊びなのになんで泣くの?""笑ってよ、楽しいでしょ?"と全身が白くなるまでかけ続けた。ウミは泣きながら笑った。家に帰っても誰も気にしない。本当は知っているくせに、めんどう事に関わりたくないために無視をする親。
元からみてもくれないけれど。

優しい言葉がもらえない。誰も慰めてくれない。そんな不安を外に出しても意味がない。なら、我慢するしかない。

子供の我慢の限界を超えてなお我慢をしたウミに―――が住み着いた。





どんなに助けを求めても誰も助けてはくれない。
それは随分昔に理解していたことだった。




「"ROOM"」

"ルーム"。その冷えた言葉と共に床に円が描かれる。よくみれば薄い膜もあり、男がその範囲に入っていた。ウミは無我夢中に足と手で床を這うように走った。悲鳴をあげることもなく少し走って、転げた。

範囲にはいっている黒い服を着た男の上、操縦室の上の上甲板位置に誰かがいる。


逆光で視えない姿に目を細め見上げていると、目の前の男の体が"バラバラ"となった。切れ目が見える。中身が見える。見える。そこには血を出すこともなく内臓の断面が、肉と脂肪の断面が見えて、次の瞬間には血と脂肪、バラバラとなった臓物が床へと散らばった。バラバラとなったものがウミの足にベチャベチャとかかる。それはまだ暖かかった。脈打っていた。

「(暖かい)」

もう感覚が麻痺しているのだろう。ウミは恐怖という極限に到達して何も感じなかった。ただ、足元にある物がまだ暖かくて、だからそう思った。暖かい。しばらく呆然としてバラバラの死体を見つめていれば影がさした。

まばたきのできない瞳がその影をつくる存在へと向いた。

「てめェは誰だ。いつからオレたちの"船"に乗っていた」
「(隈、船?)」

隈が凄い人。影にはいって光が遮られてやっとその姿がみえた。ファーの帽子とパーカーを身に纏う隈のある人。両手には腕から甲にかけて刺青があった。大きな、刀。鍔には毛皮。もちろんながらその人は知らない人だった。

気がつけばつなぎを着た人たちに囲まれていた。その中には白熊もいる。ああ、もふもふだ。と薄い気持ちを浮かべていると「答えろ」とあろうことか医療品のメスを突きつけられていた。隈が睨みをさらに強くさせる。

「どうやって、いつから、オレたちの"船゛に乗った。吐けばしばらくは、命があるぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・、その。ここって、船?」
「あァ?」

さらに睨み殺気をもらす隈の男。
感覚の麻痺が戻らないウミはそれが"怖い"と感じず、首をかしげて囲む人たちの間から船と思わせるつくりをみた。よくみると船のようにも見えるが、潜水艦のようにもみえる。空は青く、海だらけ。決して陸から近くはない。

どうすればいいのか、わからなかった。
だからもう一度、隈の人を見上げて呆然と口にした。

「・・・あの・・・どうやったら帰れます?」
「お前はどうやってきた」
「え、わかんないけど・・・仕事場にある扉を開けたらそこにでた」

上甲板へと内部を繋ぐ扉を指差して伝えれば「んなわけあるかっ!」とキャスケットとサングラスを装着している男に言われた。

「・・・・・・あの、・・・一度だけ試させてくれませんか?」
「・・・何をだ」
「・・・扉開けたら、ここについたんで、同じようにして戻れるかどうか」

その言葉に更に眉間の皺を増やすも、ウミも隈の人も何がどうしてこうなったのかというのがわからない以上それもありなのかもしれない、とだるさを含んだ声で「やってみろ」といわれた。

無言で立ち上がると足に乗っていた肉片がずり落ちる。それはとうに冷たくなっていて感触がゼリーを零したようでくすぐったい。未だに人の形を残していない足元の"コレ"をなんとも思わないウミは、そのまま開かれた扉の丁度境目に落ちている鉄板とパンを拾って手に持って内側に入り扉を閉めた。

短い沈黙。

それを裂いたのは、ささやかに開いた扉のキィ、という音だった。



「「「「・・・・・・・」」」」



さらなる重い沈黙。突き刺さるつなぎの人達の痛い視線。それはあきらかに"頭のおかしい人"として認識している視線だった。

圧し掛かる圧力のある沈黙。沈黙に耐え切れなくなったウミは鉄板のパンを前にだした。

「・・・パンあげるんで、助けてください」
「イラねえよ」


重い空気の中での重い溜息。
怒る気力さえも削がれた彼等はただただ溜息だけを吐いていた。


「・・・ベポ、そいつを倉庫に放り込んでおけ」
「・・・ア・・・アイアイ、キャプテン!」

橙のつなぎをきた白熊が近づいてきてウミを担いだ。自分の身長より高い白熊に対してというか猛獣と認識しているクマに対しての抵抗なんてできるはずもなく、なるがままとなった―――




(帰りたい)
(帰りたい)

(ドコニ?)




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