それは予想をしようもない唐突の出来事だった。 その出来事の兆しも何も無かった。そして何より"起こり得ない現象"だったことから料理人の仕事着に片手にパンを乗せた鉄板を持っていたウミはただ呆然と目の前の光景を凝視していた。 揺れる"船"。 刃物といったいわゆる"武器"とも呼べるそれを持った人たちによる乱闘。 晴れ渡った空。 入り乱れる声、悲鳴。 先の見えない、海。 橙のつなぎをきた白熊。 許容範囲の超えた脳はオーバーヒートを起こし思考が停止した。 0.我らは海の子 「・・・、・・・・・・」 声がでない。許容の超えたこの現象にウミは動くことさえも、声を出すことさえもできないでいた。脳が何も考えない。真っ白のままの思考は言葉という思考は出ずただ、わけのわからない"わからない"という感情が今にも脳から溢れて噴出してしまいそうだった。そして胸も同じように心臓が今にも膨張して爆発してしまうのかというぐらいに脈打っていた。 それが数秒間だけですんだのが良かった。 数秒の間にその"わからない"という感情を消して消して消して、ウミはやっと思考を取り戻したのだ。 まずは、――――扉を閉めようか。 上甲板の上での争いからまずは逃げようか。そうしようか。とゆっくりと判断し体へと指令をくだす脳。 ウミは掴んでいたドアノブをそのまま手元に引いて扉を閉めた。 一枚壁の向こうではよく響く声。 内側は誰もいないのか、とても静かだった。 「(どうし・・・ようかな)」 まだ熱の冷め切っていないパンからはいい匂いがする。このようなわけのわからない非常時でもお腹はすくらしくクゥと小さく鳴いた。思考は少し物事を考えるまでには回復した。それでもこのわけのわからない現象に対応しきれずに扉を閉めたままそこで硬直しつづけていた。頭に浮かぶのは"どうしようか"の単語。 どんなに己に問いかけても解決案もなにも浮かんでは来なかった。 途端にギシギシと木板の床を響かせる足音。 しかもその足音は後ろから響いており、身を強張らせた。 ―――誰かが来る。 誰? 今になって恐怖が体に表れるだなんて。 ウミはその足音で今まで感じなかった恐怖がドッと溢れた。さっきまで普通だった腕が、足が、体が、口元が、震える。息が荒く浅くなっていく。目の筋肉が硬直しては弛緩をしてとあきらかに動揺を示していて振り向くことさえできなかった。 「お、金も手に入れた上に女まで手に入るなんてな」 ヒヒヒと含み笑い。その声は口が悪くいかにも"不良"です。と言いたげ。ぬっと視界の横から延びてきた腕。手。そして握られた刃物。その刃物の刃はこちらを向いていて首元にピタと当たった。口に溜まった唾を無意識に飲み込むと、それによって動いた喉が刃に食い込み―――小さな痛みを感じ薄くきれた。 パンを乗せた鉄板がバランスさえ保てなくなった手の平から落ちて高い音を響かせた。 「扉を開け」 その言葉に畏怖して動けなかったウミだったが「早くしねえと首が飛ぶからな」と耳元で囁かれた瞬間に"まだ死にたくない!"と悲鳴にならない悲鳴をあげて扉を開けた。 甲板では未だに争っている。つなぎを着た人達対黒い服を着た人達といったところか。その光景にもう一度凝視していたウミの腕を背後の存在が強く掴みあげると高らかに声をあげた。 「ハートの海賊団ども!!この女の命がほしけりゃあ、その首をよこしやがれ!!」 その言葉につなぎを着た人達の動きが刃を受け止めた状態で止まり、こちらを見た。 しかしこちらを見ただけで、それぞれが首をかしげたり眉を寄せたりと見せてまた乱闘を始める。薄い反応しかないそれに焦った背後の存在は「お、おい!いいのか!?」と叫ぶ。つなぎをきた人達の一人が「勝手にしろ」と零してたのを拾った。 背後の存在がそう言われるのが予想外だったらしくウミを突き飛ばす。 「っ!?」 腕を掴まれていたので倒れる際に腕で床を支えることが出来なく、顎を打ちつけてしまう。幸いに舌を噛むことはなかったが床に衝突した勢いは強く一瞬、視界が眩んだ。 「〜〜ああ!勝手にしてやる!!死ね、屑女ァ!」 「――!」 慌てて振り向けば刃が振りかざされてくる。逆光で顔は見えなかったがウミを捉えていた男も黒い服をきていた。日光で光が反射する刃。あ。と声が漏れた。 (嫌だ) (イヤダ) (死にたくない) (私は) (まだ、) ((シニタクナイ)) 「"ROOM"」 静かな声が聞こえた。 [mokuji] [しおりを挟む] |