9.世界の話




リハビリが始まった。

食堂。食事の時間を過ぎたそこは人がコックさんと”世話係り"のベポしかいない。そんな中、ウミは机の上にだらりと置かれている腕をみた。

力を入れても震えて微かに動くことしかない右腕。利き腕でないことが救いで、ロー船長に言われたとおり腕を持ち上げる練習をしていた。隣でベポがココアを飲んでいる。

ウミの前にもココアが置いてある。湯気がゆらりと上がっている。嗚呼、おいしそうだなと見ていると船長の言葉が脳裏を駆け巡った。

ロー船長から言われた最終目標は、この右手でココアのコップを持ち飲む、ということだった。コップを持てるほどまでに動かせるのならばある程度はなんとかなる。それがいつになるかはよくわからないが。

力を入れるが腕はゆっくりとあがるも、途中から上がらなくなる。震えが強くなり次には力なく机の上にもたれた。

――今はまだ持ち上げるということさえ難しい。

「ウミ、冷めちゃう」

そう口の周りを茶色で染めるボペに言われて、ウミは頷き左手でココアを持ち飲んだ。



9.世界の話

それから少しすると扉が乱暴に開かれて目を細めたいかにも目覚めたばっかでそして不機嫌です、という表情をしたロー船長が食堂に入ってきた。そのあとに続いてペンギン。どうやら起こされたのが原因らしい。

「お、おはようございますロー船長、ペンギンさん」
「キャプテン、ペンギン、おはよう」

その不機嫌オーラに負けじと挨拶をすれば不機嫌なままの顔で「・・・おう」とかえしてくれる。ペンギンさんも苦笑しながら「ああ、おはよう」とかえしてくれて、椅子にすわった二人の前へコックさんのコーヒーが置かれた。

一口コーヒーを飲んだロー船長がだるそうに言った。

「島がみえたらしい。ログは一日半。お前はベポとシャチを連れて日用に必要なものを揃えろ」
「あ・・・すいません、ありがとうございます!」

ウミは金をもっていないということを知っているはずでの発言。金はこちらが持つという意味になり、

ウミは申し訳ないという意味での謝罪と感謝の意を伝えた。

「・・・・・・謝るのかお礼を言うのかどっちかにしろ。噴いた」

ロー船長と同じようにコーヒーを啜っていたペンギンが笑いを堪えながら口から零れたコーヒーを拭っていた。ロー船長もククク・・・と口元を隠して笑っている。笑われて恥ずかしくなったウミは小さく「すいません・・・」と俯きながら答えて、気持ちを切り替えると顔を上げた。

「――あの、"ログ"ってなんですか?」
「はァ?ふざけてんのか?」
「え、あい、いや、ふざけては・・・ないですけど・・・はい」

それは本当のことだった。いつ聞けばいいのか迷っていたが、襲撃があったり怪我をしたりとそちらをどうにかしなくてはならなくて余裕がなかった。怪我も落ち着き、襲撃も落ち着き、それなりの安全安心を得た今だからこそ聞ける。

"海王生物"、"ログ"、"海賊"、"命のやりとり"、"話す白熊"。

ウミの世界にはありえないことや生物がたくさん。
ウミのいた世界では絶対に"ありえない"ものだらけ。唯一わかる"海賊"も、ウミのいた世界での歴史の海賊、そして現在存在する海賊とはまた違っていた。

「・・・お前、何処の海から来たんだ?ログなんて単語、海賊以外の誰もが知っている一般知識だぞ」
「・・・わかりません。ただ、あたし、海賊だとか、ログだとか海王生物?とか・・・喋る白熊とか・・・・・・・今まで生きてきた中で一度としてみた事がないし、聞いたことも、ないです」
「・・・・・・どういうことだ?」

今まで黙って聞いていたペンギンが首をかしげた。
ロー船長もその言葉には驚愕が隠しきれずウミを見る。嘘かどうかを見極めているのか、穴が開きそうなほどに見られて視線を右や上、左に向けては動揺をかくそうと頑張る。
黙ってウミをみていたロー船長が口を開く。

「・・・お前の、知っている"世界"を教えろ」
「――あたしの、世界は・・・」


社会のこと。
学校は三段階まであること。
人と人が争うようなことはない、自身がすんでいた国は平和だということ。
きちんとした法律があって、それを守りながら生きているということ。
船長達のような海賊はいないし、島々を渡っていくような世界ではないということ。


それはウミにとって当たり前の日常茶飯事。けれど彼等からしてみたら非日常。ポツリポツリと零すウミの世界の事に、ロー船長は「すげえな」と零していた。

「その世界にも美味しい食べ物ある?」
「うん。あたしのいた国には和菓子ってものがあって、砂糖とあんこで練り合わせた生菓子とかあるかな。それ美味しいし、何より形が花とかに形作られてるから綺麗なの」
「えー!いいな、いいな!食べてみたい!」

隣ではしゃぎだすベポ。

すっかり眠気も吹っ飛んだロー船長は微かに笑い、「戻れるといいな」とペンギンと席を外した。その後姿を見て、ウミは小さく頷く。

・・・帰れることを、願って。





(ホントウニ?)





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