褒められたことなんて無かった。 ウミは絵を描くのが好きで、だから絵だけは特技として自慢として胸を張っていたのに。それだけには自信を持っていたのに。 褒められなくてもいい、絵がかければいいそう思ってたのに。 絵ばっか描くウミから色鉛筆を目の前で奪ってそれを折った。上手くかけていた絵を破かれた。それで母が。 "現実を見なさい"と。 8.モノクロに虹色の言葉 部屋の窓から見えるのは海。 時々、ウミにとってみた事のない鯨ではない大きな生物と魚や鳥がそこから見えて興奮した。体を起こし窓に近づいた。次第に見ているだけではこの興奮は収まらず何かないと周囲を見渡した。 医務室とはまた違う部屋。棚には医学書がずらりと並んでいて集めるのが趣味なのか刀も置かれている。机に目を移すと書類やらなんやらで汚れていた。その中で白紙の紙と、鉛筆を見つける。 忘れないうちに描いておきたいという気持ちが抑えきれず、ベッドから降りて動く手で鉛筆と紙、紙の下に引くための薄めの本を拝借してその白い表面に炭色をすべらした。 学校を卒業してからこのように絵を描くのは久しぶりだった。 夢のなにも特になかったウミだったが、働かないわけにもいかず学校の先生の進められるままに一つのさして大きくもないパン屋へと就職した。 さして大きくのないそこは少し雑な人が多かった。それでもパンの出荷も兼ねていたためにパンつくりは朝から行われる。そして夜まで。だから絵を描く余裕がなかった。 ――朝からが苦手なウミだったが、それでも学校とは違いいくらか楽しそうに話してくれる人たちといるのが嬉しくて遅刻をせずに朝からの出勤をし続けた。 最初は袋にパンを入れる作業から。 次に生地を作る作業、そしてその合間にパンの形をつくる作業を。 次第に期待できる女性となったが、彼等の感謝の言葉がウミにとって逆に苦でもあった。今まで褒められたことも感謝されたことのない。だからこそその言葉は逆に気味が悪く、恐ろしく思えた。 あたしは感謝される人間ではない。 あたしは褒められるべき人間ではない。 だから、 「ほー、なかなかのもんだな」 「っ!」 まったく気がつかなかった。 後ろを振り向けば目の前に隈の濃い人、ロー船長が覗き込んでいた。 咄嗟に手から鉛筆を離し、紙をぐしゃぐしゃに丸めて隠してしまった。 「・・・もったいねえ」 「・・・いいんです、人に見せられるほどのものではないですし」 「・・・」 上手いというほどのものではない。人に見せられるほどのものじゃない。このようなものを見せても嗤われるのがオチ。見せないほうが、いい。丸めた紙を持つ手に余計な力が入る。視線を逸らさないロー船長がそこにはいて、船長は手を伸ばしてきた。 「ちょ、!」 紙を握るウミの手首をつかみ、もう片方で無理矢理紙を取り出した。取り戻すためにベッドから降りようとするとロー船長の睨みがこちらに向き、動きを止めてしまう。その間にもロー船長は紙を広げてじまじまと絵を見続けた。 「海王生物か。この紙もかいた鉛筆もオレのモンだ。だから貰うぞ」 「!嫌です、返してください」 「かえさない」 こんな絵を誰かにあげるなんてそれこそいやだった。ロー船長にあげるのが嫌なわけじゃない。ただ、ウミが描いたその絵を、"逃避"しているにすぎないそれを誰かに渡すなんて羞恥としか思えなかった。 きっと他の人にも見られる。 馬鹿にされる。 見下される。 「ほしいと思ったもんは力づくでも奪う。それが海賊だ、覚えておけ」 ニヤリと口端を吊り上げ笑うロー船長。その勝気な笑みに、取り返すことが無理だと諦めて伸ばしていた手を下ろした。 人に自分の絵がとられたあげく見られてもらうといわれたのが恥ずかしい。 けれどロー船長のその強引な貰い方は少しだけ嫌ではない気が、した。 (かえして) (かえさないで) (ミテ) [mokuji] [しおりを挟む] |