墓参り



今日も良い夏日和で空は青く雲はくっきりと形作っていてみただけで"夏"だとわかる空模様。せみがやかましく鳴いてカラリとした暑さの中、背伸びをする。少し先を歩く父に早く来いと呼ばれてサンダルを履いた片足を踏み出した。そんなあたしの片手には水の入った手桶。

今日は、母の墓参りだ。








「結衣、はやく来いー」

また父に急かされたあたしは零さないように走る。たどり着くと遅いと怒られて口を尖らせてしまう。母の墓参りの日は父は短気になる。いつもは冗談を言うのにこの日だけは冗談もいわないしだからといって母の話をするわけでもない。だんまり。

幼稚園の時に母を亡くして、それから毎回そうだったから今は慣れてしまっているけれども小さい頃は急変する父が怖くてずっと下を向いてばっかりだった。

他家の墓の間を通って母の墓前までたどり着く。一年に一回くる程度なので墓石は砂埃で汚れてしまっていてちょっときたない。けれど母の隣にある誰かの家の墓よりはましだ。隣の墓は誰も来ないのかびっしりと砂埃がこびり付いていて雑草も生えほうだい。墓石にも苔が少し生えていて無惨だ。

「ほらさっさと洗え」

家から持ってきたスポンジを投げ渡されて頷いた後に柄杓で墓に水を零して磨く。墓の表面はつるつるとしているのですぐに汚れはスポンジに吸収されて綺麗になっていく。その間に父が持ってきた花を飾り乾いた綺麗な雑巾であたしが掃除した部分をふく。

日差しが暑くて汗がぼたぼたと地面へと落ちる。帽子をもってくればよかったと小さく後悔。汗の滲んだ腕でぬぐっても対して意味もなく半袖のシャツでぬぐった。そしたら怒られた。

「こら、服は着るものだ」

「・・・はーい」

どっちみち汗で湿ってるんだからいいじゃない、と内心で吐き捨てながら水洗いを終えて線香の束に火をつけた。点火して小さな火の灯った先を息で吹き消し線香独特の煙の匂いが鼻をやわらかく刺激する。この匂いは結構好きだ。そこらへんの人たちが付けている科学香料よりも断然良い匂い。むしろあんなのをつけることが理解できないな。

「結衣、いつまでたってるつもりだ」

「はいはーい」

「はいは一回だ」

「・・・はい」

いちいち煩いなあ、と膝を曲げて両手を合わせている父の隣に同じようにしゃがんで手をあわせた。遠くでせみがミーンミーンと鳴いていてこのときばかりは暑さもやわらいだ気がした。


――――お母さん、元気ですか。
あたしはあいかわらずの大雑把さですが母の代わりに家庭仕事をやるようになってから少しは大人っぽくなった気がします。父は相変わらず口うるさいし、特に会話なんてものはしないけれどもそれなりに生活できています。



「よし、行くぞ結衣」

「はーい」

掛け声と一緒に立ち上がり手桶を持つ。ゴミのはいった袋を父が持ち、帰ろうと踵をかえした。父はすでに少し先を歩いていていつもながらに距離を空けるのがお上手なこと、と苦笑して数歩あるきだし、走った。

そこまでは良かったのだが、足の先が何かに当たってそのまま躓き前のめりに倒れた。手桶を持っている事もあってかとっさに手をつくのを忘れてしまい、この年齢になって顎から地面へと衝突してしまった。食いしばっていたから口内に怪我はないけれども頬の筋肉に力を入れすぎてしまい痛い。ついでに地面とこんにちはをしたのだから余計に痛い。

それにしても芝生が生えてるだけの墓地の道で転ぶなど相当気が抜けていたのだろう、と何かに躓いた足をちらりとみた。そこにはゴミなんてないし、転ぶ原因となるものもない。あたしの名前を呼ぶ声がして正面を見ると遠くで父が「だいじょうぶかー」と叫んでいた。心配してくれるならこっちに戻ってきたっていいのに。ほんと、お父さんって出会った時からそうなんだから。

ふと手入れをされていない墓が目に入る。苗字も良く見えなかったが、なんだか転んだことで情報処理が冴えたのか読めた。驚いたことにあたしの苗字と同じ"市河"だ。こんな偶然もあるもんだな、と立ち上がって土と草をはらう。ああ、なんで、ほんと、隣同士なのか。お父さんって本当に。



「ごめんお父さん」

「怪我は?」

「ないよ。あ、そうそう隣の墓も同じ苗字だったんだね」

「――――・・・」

急に黙るお父さん。何かを隠している顔。けどね。けれどね。あたし、わかってるよ。ちゃんと。短い沈黙の後にお父さんは「行くぞ」とあの墓から顔をそむけるように背を見せた。その様子がなんとも馬鹿らしくてくすりと鼻で笑ってやった。


「・・・まあ、いいか。これからは、今度こそは"一緒"に過ごせるものね」

偶然か必然か。どっちか、だなんて知らない。いやどうでもいい。愛していた貴方と一緒に暮らせる。あの時は、裏切られちゃったけどね。それで悲しくて死んじゃったけどね。ほら、神様はきっと貴方と一緒に居なさいって言ってるんだと思うんだ。だって、じゃなきゃ、あたしから奪い取った泥棒猫の隣にあたしの"墓"なんて奇跡としかいいようがないでしょう。

背後をチラリと見て、すでに小さいあたしの汚い墓をみる。その墓の前では呆然と立ち尽くしている一人の女。あの泥棒猫にそっくりな容姿の女。あたしはくすりと笑う。いい気味。いい気味いい気味いい気味いい気味いい気味いい気味!

けれど良かったじゃない。

大好きな母親と隣同士!そしてあたしも大好きな男と隣同士!

安心して、貴女の分までちゃんと生きてあげる―――――・・・

















墓場で転ぶと魂が抜けてしまう、という禁忌から。
なんだか何種類か違う言葉が在るらしく、
転ぶとあの世につれていかれる、転ぶと指を一本置いていかなければならない、転ぶとその足を置いていかなければならない、転ぶと靴を置いていかなければならない等等。

墓場、つまり地面に亡者達が埋まっているわけなのですから、そこで転ぶということは死者につれていかれる、引きずり込まれるそういう意味になると考えたのでしょう。自分が知っているのは転ぶと魂が抜けてしまうというので、代わりにその墓地の死者の魂が入り込み成り代わる、というお話を書いてみた次第です。

二股かけたお父さんのせいで結衣ちゃんの未来がなくなっちゃったんだよ、というお話でした。



  


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