糸を切れ



ウトウトと眠くなる。もう時間帯は次の日付に変わっていてあと一時間もすれば日が昇り仄かに空が明るくなるだろう。それでもいまだに寝れないのは何かをやりすぎたとか等ではなくただ寝れないだけだ。夏となると暑さで更に寝れなくなる。

そうして気付けば空は明るくなり、寝れたとしても朝からの出勤で二時間後には起床しなければならない。だから夏は毎日睡眠不足で目の下にくまができる。化粧でごまかそうとしても長年の付き合いの同僚達にはバレバレですぐに指摘され笑われる。


だから夏は鬱になる。

いや、別に精神科で薬を貰っているというほどではない。ただの自称・鬱なのだがきっと軽症鬱患者と同じぐらいだろう。何せ本人が気付かないだけで軽症鬱患者は五割を越すほどいるらしいのだから。さすが日本というべきか。



とまあ、そこは右に置いて、人間睡眠がまともにとれないと幻聴、幻視の障害を起こすことがある。就寝中に脳が情報を整理しているから、まともに寝れないとなると情報が整理されないままで滅茶苦茶になるからだ。

かくいう私も幼い頃に寝れない日々が続き、これが現実なのか夢なのかさえわからなくなり当時人気だったゲームボーイというゲーム機のカセット部分に厚紙を突っ込んで意味のわからない言葉を繰り返して首をかしげていた。個人的には"夢"を見ていると認識してしまい厚紙がカセット代わりになっていたのだ。

脳が無理矢理にでも情報整理させるためにこうなってしまったのかもしれない。専門ではないのでそこらへんはさっぱりだが己自身の事なのでなんとなくそうなのかもしれないと理解できる。

だが二十歳という年齢まで来るとすでに社会的にも大人だし、精神年齢的にもそろそろ子供卒業というところだ。そのぐらい年でそのような事はまず起きない。植えつけられた知識と知恵、危機管理がきっちりと備わっているからだ、といいたいが最近ではそういう人とは逆の人が増えてきている。


また少し話がそれてしまったが、今の睡眠不足の私はまさにその幼い頃の己と同じ感覚でうつらうつらと布団の上、夢と現実の合間をいったり来たりを繰り返す。仕事疲れもあり、さっさと寝てしまいたいのだがまぶたが急降下してはゆっくり開くを何度か繰り返していた。

体が浮遊している。思考もバラバラで変な事さえも当たり前、普通と認識してしまう夢の思考とその変なことを変なことだ、と認識する現実の思考が互いに地にへばりつき空へ飛び立ちと繰り返していた。あとなんかい地と空の引っ張り合いをしていればいいのか。

耳元で冷水が囁いた。男の声でアルトの少し高く響きの良い声。どこかで聞いたことのあるようなないようなあやふやな声色だが、やけにはっきりと耳元で聞き取れたので現実と夢とを彷徨っていた私は瞬時に飛び上がりそちらの方向を見た。

もちろん、誰もいないわけなのだがその声色がやけに現実帯びていて、いや帯びすぎて夢にも思えるのだが不思議と部屋をキョロキョロと見渡し胸に灯る不安をごまかすように携帯を開いた。




それからいつの間にか寝てしまったらしく携帯を握った状態で目をさました。まだ外は日があがったばっかり。毎日夢をみるくせに今日は何もみなかった。こことは違う何処かへと飛ばされていたような感覚でぎこちなくなった身体をゆっくり起こした。頭が痛い。胸がドキドキする。なのに頬も首も身体がとても冷たくて冷凍庫の中にいたみたいだ。

ふいに昨日の現実とを彷徨っていたときに聞いた声が甦った。



"その糸を断ち切れ!"


その糸とはどの糸を指すのか。

もしかしたらその糸を私は切れなかったのかもしれない。だから私はここにいるんじゃないだろうか。いつもより高い湿気、夏の温度に汗が一つ頬を伝った。




  


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