本のムシ




"本のムシ"。

本のムシといえば、本を読み始めたら周囲の状況がいっさい頭に入ってこない人のことを一般的に言うのだけれども僕の高校にいた"本のムシ"はその一般的な本のムシとは違った。

その子は引きこもり体質の子で学校にはくるが、教室に来なければ授業は受けないずっと図書室の隅のほうで本を"逆さ"にして読んでいるんだ。いや、本当に読んでいるかどうかもわからない。

薄っぺらい紙をじっと見る眼鏡越しのその瞳は喜怒哀楽のどれも含まれていなくて口もずっと閉じたまま、髪の先は綺麗に整えられていて肩ぐらいまでの長さで綺麗や可愛い、という事もなく見た目からして地味でありきたりな女子。

一時期、髪の先を整えているものだから"図書室の花子さん"といじめの対象にされたこともあってそれなりに本を読む僕はたびたび髪を引っ張られて眼鏡を壊されて罵倒言葉を浴びせられる彼女を見てみないフリをしてきた。

彼女は、"花子さん"はそれらに対しても表情を崩さず本の文字だけをじっと見続けて"重度の"本のムシだ、と内心嘲笑った。


そしてそのいじめにも反応をしめさないので、花子さんをいじる奴はいなくなり、いつも通りに図書室の端で逆さの本をじっと読み続けている。ページの進まない本。一向にめくらない花子さん。きっと文字等みていないのだろう。もしくは一ページを読むのにものすごい時間が掛かるとか?――――――そんなわけない。


自分自身の読んでいた本を読み終えると本棚に戻して、明日もいるんだろうなと彼女を一瞥して図書室を出て行った。



けれども次の日に、そこには誰もいなかった。

もともと花子さんがそこにそうしていることが不気味で不思議なのだが、それに慣れていた僕は逆に不気味さを感じて続きの本を読もうと文字を見てもつい視線がチラチラとその花子さんがいた隅っこへと向かってしまい落ち着かない。

「・・・おじさん、いつも隅にいる女子は来てないんですか?」

図書室管理のおじさんに尋ねると「今日は来てないねえ」と特に寂しがる様子も清々したという表情もせず淡々と述べて奥へと引っ込んでしまった。

予鈴のチャイムが鳴り響いて、手元の本を本棚に戻した。

そのときもまたチラリと花子さんがいるはずの隅に視線を向けてしまい、ふと思いついた。些細な興味心だ。"あそこに座ってみたい"という興味心。

花子さんはいつもあそこにいる。毎日毎日毎日、飽きもせずあの隅っこに座っている。引きこもり体質だからって聞いていたからあんな人があまり来ない本棚の並ぶ奥のあまり見えない隅の方にいるんだろうなと思っていた。誰だってそう思う。

けれどもあの本のように感情のない薄っぺらい花子さんがそうまでしてそこを選ぶのにはもしかしたらなにか"理由"があるのかもしれない。そう、思うことがある。毎日座っているのを見ているからそう思うだけなのかもしれないけれども、今の僕からみたらその花子さんがいつも座っている席が"特別"なものにみえた。




本棚の間をそっと歩いて、花子さんが隠れてはいないか、と妙に慎重になりその隅にポツンとある席までたどり着く。何の変哲のない、学習椅子だ。そういえば花子さんはいつも何の本を読んでいたか。確か、染みのついた赤い表紙の本だった気がする。

その椅子の周囲の本棚を探す。本鈴がなったけれども今の僕には興味心だけでつまらない授業なんてどうでもよかった。キョロキョロと見渡すと、一つの本棚の一番上の端に赤い本がひとつ。咄嗟にあれだ!と腕を伸ばして手にとった。

そのまま花子さんの座っていた椅子に腰を落としていつも見ていた花子さんの姿勢を真似しながら足をまげて体育すわりをする。

「・・・それで、本は逆様に」

赤い本を逆様にして最後に表紙を開いた。目次のページは何もかかれていなかった。二ページ目をめくると油絵で描かれた女子高校生の絵。なんかも画絵集らしいがその絵がなんとも趣味悪く二ページ目の昭和時代の長いスカートをはいた女子高校生は桜の木の下で首をつっている絵だった。

次のページを開く。今度は鉛筆のみで書き上げた絵でどこかのマンションの屋上、柵を越えて両手を大の字に広げて外に自由になった鳥が飛び立つシーンのように、スーツを着たきっと先生であろうという男性が飛び降りる絵。

次のページは色が濃く繊細に描かれた油絵で小柄の女子高校生が覆面をつけた男に頭を押さえつけられて水の溜まった風呂場へと顔を押し付けられている絵だ。風呂の水面上にいやに恐ろしく気泡が描かれていてみているこっちが己の身に起こった出来事のように鳥肌がたち、恐怖を感じた。

なんて悪趣味な本なんだ!と思いながらも興味心ゆえに次で最後に、とページをめくった。

次の絵をみた時、本当に、ぞっとした。もうその場で小便ちびるんじゃないかってぐらい身を震わせて恐怖で緩んだ膀胱から来る尿意を抑えた。クーラーなんて勿論つけていないのにやけに冷たい風が頬を、手を刺激する。


その絵は色鉛筆で描かれていた。けれどもその色が赤系色のみで構成されていてその絵に描かれている人物も僕は知っていた。

本が積み重なっていて教師用の机に内線電話が置いてある。回転椅子に座るのはこの図書室の管理人であるおじさん。そのおじさんは何故か片手に大型の包丁を持っていてもう片方の手は引き出しの取ってに伸ばされている。引き出しの一番下は幅が広くて開けているのか、また閉めている途中なのか中が覗ける。そこには、髪の先が整えられた眼鏡をつけた女子高校生―――花子さんの顔が覗いていてその周囲だけ赤色が濃く強く描かれていた。

「ぅ、わ・・・!」

知り合いが、身近な人間が、身近な人間に殺されて引き出しにしまわれているその絵は、まるで"現実"のように思えてしまいその気持ち悪さと不気味さに本をなげすてた!

管理人のおじさんが「本はなげちゃいかんぞー」と声をかけてきて脳裏にさきほどの絵が浮んで更にぞっとした。

「す、すいません」

落ち着かない声で、投げた本はそのままにしてそそくさと廊下にでる。そして僕はそのまま何も考えないようにしてまだ終わっていない授業を受けるために教室へと走り戻っていく。


それから恐怖心を抑えて管理人の引き出しを調べたがそんなのはなくて、安堵の息を吐き出した。けれども花子さんは未だ不在で、先生に尋ねたら"行方不明"となっているそうだ。

もしかしたらあの本に書かれていた絵は読んだ人間の"死"を予測、いや残酷にもそうなるようにさせてしまうものだったのかもしれない。

いや、そうでなければいい。



じゃないと僕も――――――――――――・・・



  

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