遠い夏



お盆の時期になると自分の家から電話が掛かってくる。



自分の家で身内が死んだわけでもない。もちろんのことわけあり物件などというものではなくて自分が小さな頃から、祖母の代から建っている家だからこそ絶対にありえない。なら、自分が知らない祖母の代付近に誰かがこの家に死んだということになるが父も母もそのことに対しては首を横にふった。

両親は口をそろえて「それはない」という。祖母は病院でなくなったし、毎年掛かってくる電話先の声は"男"なのだ。祖母は戦争で死んだ夫と共に過ごした地を離れここに家を建てた。だからその祖父だという可能性はゼロに近く、祖父祖母をしる、娘の母は「父の声ではない」と気味悪がる。

もちろん"自分の家から掛かってくる電話"だからこそいたずらの可能性もなく、お盆が近づくと家族の中では不安という空気が混ざりこむ。

私個人としては確かに気味が悪いが、年に一回きりでそう何回も掛かってくるわけでもなし、とらなければそれでお終い。そういうこともあって両親と違い対して不安を感じてはいなかった。




そしてとうとうお盆がやってきて両親はその電話の音さえもあまり聞きたくないのか昼食を食べてくる、と出かけてしまった。一緒に行くか?と聞かれたがその電話を手にとってみたいという好奇心も有り断わり、冷やしそうめんをすすりながら電話をチラチラとみていた。

両親によるとそろそろかかってくる時間帯なのだが・・・。と麦茶を喉に通して湿気のあるねばりつく暑さに鼻頭の汗を拭った。

このためにわざわざ盆休みの自給のいいバイトを休んだのだ。何もない、だなんて許さないからな。と私は携帯を弄くりコミュニティーサイトで『暑い』と呟いた。

そうして麦茶をコップに注いていた時、電子音が鳴り響きやっと来た!とすぐに麦茶を机に乱暴において受話器を手にとった。どんな奴でどんな声で、何のために電話をかけてくるのだろう。恐怖よりもそれだけが胸中を占めていて薄く笑みを浮かべるほどだった。


『あ、美夏。お母さんだけどね、この後買物して帰るから・・・』

「あー・・・うん、わかった」

期待を裏切るように電話越しの声は私の母で、せみの音を背にして語りかけてきた。まさかの裏切りに一気に気持ちが冷めて萎えていく。もう、電話を待つのをやめてゲームでもしようか。友達と遊んでしまおうか。何か欲しいものはない?と尋ねる母の声にやる気のない声で「花火」と一言告げた。

その一言で母が何か悟ったように高揚とした声を上げて『じゃあお菓子も買わないとね。あら、スイカのほうがいいかな?』と語りかけてくる。

なぜそこでお菓子やスイカが出てくるのだろうか。誰かが遊びに来るとでも勘違いしている。近所の人やそんなに顔見知りではない人に対して声色がかわる母。今の声もまさにそれで"いい母"を演じている。

これにはもう呆れて苦笑さえでない。私はコミュニティーサイトに『馬鹿だこいつ』と呟きを送信しながらいらつきを混ぜた言葉を返した。

「あのね、誰も遊びにこないから。みんなバイトやら部活やらで忙しいっていうのに来れるわけないでしょうに」

その言葉に驚愕の息を漏らしたのは何故か母だった。勘違いに気付いての事か。せみは先程から更に音を高くして喧しい。そんな中、せみの音にやや潰され気味になっている母の声がやけに冷たく耳に、脳に届いた。


『もう、嘘つかないで頂戴よ!電話越しに若い子たちの笑い声、きちんときこえてるんだからねー?じゃあ、三時ごろには帰るから』

え?という声も吐息もだせなかった。喉元で息がつまり呼吸をするのを忘れてしまう。通信の途切れた電話からはツーツーツーと遮断音が私の凍る心臓に違和感を与えて完全に切断され無音となって終わった。

母の言葉が理解できなかった。脳裏で言葉にして甦らせようとしてもすべてが曖昧になり理解するのをひたずらに拒む。恐怖で身体を動かせず、受話器を置けない。それどころか今動いたらダメな、気がして動けなかった。

もう片方に持っていた携帯のバイブが振るえて画面には電話着信の文字と"自宅"という通話先の文字。

ありえない。ありえないありえない。今、家の受話器は私がもっている。通話も今はもう切れて音さえしないというのに携帯に届いている着信は"自宅"となっている。これは一体どういうことなのか。何もかもが変だ。

そのまま足が震えて立ち尽くしたままの私は、携帯の通話ボタンをなんとか押して"そんなわけない"という疑心の気持ちと共に誰かのいたずらだ、と無理矢理断定し耳に押し当てた。

きっと友達の誰かが携帯の電話帳にいたずらしたんだ。そうに決まっている。

「・・・も、しもし」

『・・・・・・・・・・・・そこで俺はこう答えた。どうしてお前がここにいる。お前は誰だ。誰だ。誰だお前は誰なんだ。ここは俺の場だ。家だ。どうして。誰だ。誰だ。誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだ』

「ひぃっ」

すぐに通話を切り電源も落とした。そして投げ捨てる。家の受話器もそのまま床に落として麦茶もそうめんもそのままにして何も持たずに外へと飛び出していった。裸足で外を走り長い道の角をひとつまがった。


「美夏!?」
「そんなに慌ててどうしたのよ」


角をまがると偶然か必然か両親が仲良く並んで歩いていた。それをみた私はすぐさま「電話!電話!」と混乱しきったなっていない説明を始めた。それでも"電話"という単語に両親は何があったのか何とか理解して落ち着きなさいと水雫の零れるペットボトルを渡してきた。

冷たいお茶を飲み干して幾分か落ち着いた私は「まさかお母さんとの電話した後に電話に、しかも私の携帯にかかってくるだなんて思わなかったよ・・・」と空になったペットボトルを返した。

しかし、ペットボトルを受け取った母、そして父が互いに顔をあわせて「電話なんかしてないわよ」と首を振る。

「え、だって、お母さんの声だったし外にいたでしょ?せみがすごいうるさかったんだから」

そこまでいうと、両親は今度は呆れた顔から真っ青な顔に変えて気まずそうに、いや恐怖を心中に溜めた顔で言った。


「せみっていうのはね、音が大きいから電話は拾わない、聞こえないものなのよ・・・!」




じゃあ、あれは誰で、何処からの電話だったのか。

家にいた若い子たちの声はなに?



あそこは本当に"私の家"だったのだろうか。



その年から私も、お盆のその日の電話だけは誰であろうとも取らないようになった。



  

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