ONE PIECE [SHORT] | ナノ

その花は強く尊い

裏町にひっそりとあるおれが好きで通ってた定食屋があった。
まァ普通に美味い飯屋ですげェ人のいいオヤジがそこをやってて、おれは金ねェって言ってんのに賄い飯とか食わせてくれて...おれはそこが、その人が好きだった。いつか恩返しをって思ってて、それを口にすりゃ笑って「いつかが来るといいけどなァ」とか言ってて――...

あれは何年前だったろうか。そこはアクア・ラグナの被害を受けた。結構な被害だったがオヤジは前向きな人でそんなのモロともせず店を続けてた。けど多分、その時から色々無理してたんだろうなァ。そんな風には見えなかったある日、突然オヤジは死んだ。

結局、おれの望んだ"いつか"は永久にやって来ることはなくなった。


「.........よォ」
「いらっしゃいませ」

オヤジの店を継いだのはオヤジとは血縁関係のない、だけどおれと同じでオヤジのことが大好きな娘だった。
最初は店に通ってた客だったらしいがオヤジのことが好きでバイトとして働くようになった娘。頑張るオヤジの横、にこにこ笑って接客していたのはおれの記憶にも新しい。オヤジには子供が居なかったらしいが、こいつが自分の娘のように思えて仕方ないと言ってたのも覚えてる。

こいつもおれと同じ、潰したくないという気持ちを継いだ。
とは言っても店の経営ってもんは難しいもんで、最近は色んな店がポンポン出来ちまって客はほぼそっちに取られ気味になってる。あ、取られ気味じゃねェな、完全に取られちまってる。場所も場所だからなァ、若いのにはなかなか難しいとこだ。

「相変わらずガラガラだな」
「毎回毎回言わなくていいですよソレ」
「ついつい言いたくなんだよ。あ、適当なのくれ」

けど、彼女の料理の腕前はなかなかでオヤジが叩き込んだだけあって料金の割にイイモンが食える。もっと宣伝とかして回りゃ集客はあるはずだが、億劫なのか自信がないのか彼女はそれをしない。とにかくひっそりと静かに経営してる状態だ。ならおれが一肌脱いで...とも考えたが、それはすぐに却下した。何せ此処はおれの隠れ家なんだ。わざわざ宣伝して回ったらアイツらにも知られてしまう。と、なると...おれは迂闊にこの店に来れなくなる、それは...困る。

「でも最近少しだけお客さん増えたんですよ」
「.........へェ」
「こないだのお二人が来て下さるようになりました。同じドッグの職長さんだったんですね」
「.........」
「他の方も連れて来られて...大騒ぎでしたよ」

カラン、と音を立てた氷。どうぞ、と渡されたお冷を口にしながら悶々とする。
あいつら、おれには何も言わなかったがコイツに余計なこと言ってねェだろうか、と。

「面白い方たちですね。色んな話をしてくれました」
「.........具体的には?」
「んー...そうですね」

おれに背を向け、いつものように調理を始めた彼女の口から何が零れるのか。おれはカウンターに頬杖ついて言葉を待つ。

「こないだのヤガラレース。ビギナーズラックに失敗したそうですね」
「うっ、」
「それでも諦めずに同じのを買って馬鹿みたいだってアイスバーグさんが」
「アイスバーグさんも此処に!?」
「ええ。初めてお会いしました」

調理場に立ってるから顔は見えねェけど楽しそうに話す彼女。ジュウ、と食材を炒める音が響く。
いつも適当に頼むから何が作られてるか、どんなものを作ってるのか目の前に出て来る分からねェ。けど、ハズレはない。

「そうそう、ガレーラで食堂やらないかと言って頂いたんです」
「マジか!」

ビックリして思わず立ち上がっちまった。
確かに前に社員の間でそういう話が持ち上がって、食堂を作れ作れとアイスバーグさんを囃し立てたことがあったが...なんせウチの人数が人数だ。それに対応出来るヤツを見つけるのも難しければ口に合うものを作れるヤツも見つからなかったとか何とか。
まァ...彼女ならオヤジに仕込まれた腕がある。手際も悪くねェし誰か他に雇ったら...出来なくもない、かもしれない。

「けど断りました」
「断ったァ!?」

今度は思いっきしカウンターを叩いちまった。コップの水がちょい零れて焦った。

「私、此処で頑張りたいんです。先代の構えた店だから」

オヤジのこと、大好きだもんな。お前。
そうは敢えて口にしなかったが...そういうことだ。店がガラガラでも開けてる理由、経営が苦しくても続けてる理由、全部そうだもんな。

「.........そう、か」
「それにパウリーさんの隠れ家も無くなったら困るでしょ?」
「.........まァな」

オヤジの次におれか。悪くない。おれはまたゆっくりと席に腰掛けてカウンターに頬杖ついた。
小さな体がちょこちょこと動く様をただ見つめる。いつも眺めちゃいるが手際はいいと思う。何かをやらかしたなんて動きはしねェし、ヘマしたなんて声も上げたりしない。この背中を眺めるのに退屈はしない。

と、ぼんやりしていれば彼女が皿を出し始めたことに気付いて慌てて持ち歩いてる本を開いた。ヤガラレースの情報誌だ。彼女からしたらジッと後ろ姿眺めてる野郎とかハレンチにも程があるだろうからそうしてるんだが...やっぱハレンチ、だよなァ。

「どうぞ。ブルーノさんから頂いた食材で作った海鮮てんぷら定食です」
「ちょっ、ブルーノも来てんのかよ!」
「職長さんの紹介で来られましたよ。で、お通しの仕事頂いちゃいました」

ふふ、と笑った彼女は...随分昔に見た、あの頃の笑顔だった。

「よ、良かったじゃねェか。仕事増えて」
「.........パウリーさんのお陰です」
「はァ?」

オヤジが居て、楽しそうに接客してた頃の顔。それを見るのが、好きだった。

「いつも...通ってくれて有難う、御座います」

オヤジが居なくなってオヤジにその笑顔も持ってかれたんだと思ってた。
おれもそうだったが、オヤジも好きだったから。けど、そうじゃなかったんだな。

「.........お、おれの隠れ家なんだから当たり前だ」

改めて礼なんか言われて...も困る。おれはあくまでオヤジへの「いつか恩返し」を果たしてるだけだ。
と付け足せば、二人の声しかなかった店にヘンテコな声が紛れ込んだ。

「そーこーはーっ、"お前のために通ってるんだ"くらい言うとこじゃろ!」
「ンマー、カク。パウリーの器量じゃ無理だ」
「か、カク!アイスバーグさんも!?」

目の前のベレッタは特に驚いた様子もなく「いらっしゃいませ」と言ったところを見ると気付いてたらしい。音もなく店内に入り込んでたアイスバーグさんたちに。いや、この様子だと敢えておれに気付かせないようコンタクトを取ってたに違いねェ。

『クルッポー。パウリーはハレンチだッポー』
「違うわねルッチ。パウリーはセクハラよ」
「お前も居たのかよ!」

どやどやと人が増える。席は一応あるってのにカウンターに並んでく。それはまるでオヤジの時みたいに。

「あら、不都合でも?店内で二人きりで居たいだなんて...セクハラよ」
「んなこと言ってねェ!!」
「ハレンチじゃーハレンチじゃー」
「うっせェってんだろ鼻!!」

少しだけ...昔みたいだ。いつも意味も無く声が上がっていた昔の、ようだ。
そんなことを考えていたらふとベレッタと目が合った。何処か懐かしむような目をしていて、あァ同じ事を考えてんだなーと思った。

「冷めますよパウリーさん」
「.........おう」

此処は...おれの隠れ家だ。ほんとは誰にも知られたくねェ。
だけどこうして昔のように温かな場所になれるんであれば...それはそれでいいと思った。



その花は強く尊い ... title by 悪魔とワルツを
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