ONE PIECE [SHORT] | ナノ

晴れの日も、雨の日も

「.........また追われたようで」
「分かってんなら水くれ」
「はい、どうぞ」

普通の水が入ったコップを差し出せばそれを一気に飲み干して彼はいつものようにカウンターに座った。

「相変わらずガラガラだな。昼飯時だってのに」
「.........仕方ないですよ。今流行りしない定食屋ですもの」

先代より急な諸事情で継がせてもらったこのお店。最初のうちはまだ経営は成り立っていたけど最近ではオシャレな店が増えちゃって色々と厳しい。しかも、ウチがあるのは裏町...年々酷くなって来たアクア・ラグナの所為で修理費とかも嵩んでいよいよ資金も底を着きそうになってるのが現状。かなりしんどいところで遣り繰りしてる状態だ。

そんな状況で常連客として残ってくれてるのは彼だけ。
今にも潰れそうなことを知っておきながら「この店は隠れんのに便利なんだ。要はおれの隠れ家だ。潰すなよ」とか「まさか借金取りも此処に逃げ込んでるとか思わねェだろ。潰れてる雰囲気だしな」とか...余計なことを言いながら昼にやって来る。何故か...必ず来る。下手したら夜も此処に来て、それからブルーノさんの酒場に行くこともある。勿論、逆もあって大暴れされて迷惑したこともある。

.........不思議だ。借金取りに追われてるくらいの所持金しかないはずなのに。

「おれとしては流行ってもらっても困るなァ。あ、適当なのくれ」
「じゃあ日替わりで」

毎日、毎日...昼に来てくれるのは有難いけど彼の注文はいつも「適当なの」だ。メニューもあるけど目もくれない。で、下手に毎日来るから日替わりで何かを作ることになるんだけど...それもまた色々難しい。はっきり言ってレパートリーには限界がある。

「日替わりって結局何にすんだ?」
「.........水肉定食で構いませんか?」
「大盛りにしてくれ」
「かしこまりました」

でも、出来るだけ同じものじゃないような努力はしてる。だって、他にお客さんはいないから。

葉巻を吸うパウリーさんの傍に灰皿を置いてから私は調理を始めた。特に邪魔することなく静かに待っててくれる彼は時折、振り返った時に目が合うことがある。昔はその度に「何か用ですか?」と聞いていたけど特に用はないらしく、最近では何も聞かなくなった。
今もそうだ。お皿を出そうと振り返ったら目が合った。葉巻を口にして片手には新聞...かと思ったらヤガラレースの情報誌を持ってるのに何故かこっちを見てた。目が合うとスッと逸らされたんだけど。

「またヤガラレースですか?」
「.........あァ」
「懲りないですね」
「バーカ、これで当てりゃ一攫千金なんだよ」
「当たらないと一文無しですよ」

毎日毎日、懲りずに一攫千金を夢見て賭ける彼の気は知れないけど「それがあいつのイイトコかもしれねェぞ」と笑った先代を思い出す。
今も昔も、私と彼は此処でしか会うことはなく話も此処でしかしたことがない。だからか特に盛り上がるわけでもなく他愛のない話を日々繰り返す。多分、共通点はほぼない。ただ私と彼の中に共通するものがあるとしたら...きっと先代の思い出だけ。

ああ、だから来てくれるのかな?とか思う。
先代はとても気に入ってた。思ったよりも律儀なパウリーさんのこと。



「お待たせしました」

カウンター越し、いつものように日替わり定食を彼に差し出す。そうするといつものように葉巻の火を消して雑誌と共に灰皿を隅に片し、お盆を自分の近くまで寄せてから手を合わす。ぼそりと「いただきます」と呟く彼は見た目と違って真面目だなあ、といつも思う。だけど、その後に「ごちそうさま」はあっても味の感想とかなくて最近では自分の出したものがマトモなものなのかも分からないんだけど。

彼が食事を始めたのを確認して、それから私は背を向けて片付け始めた。
出来るだけ食事の邪魔をしないようにと慎重にガチャガチャと音をさせないよう仕事をしていれば「ベレッタ」とパウリーさんが呼んだ。

「何でしょう」
「次の試合の予想立ててんだが、お前どう思う?」
「.........はい?」

ついさっき横に置いた雑誌をバサッと手荒く置いてペラペラめくるパウリーさん。
急にそんなこと言われてもヤガラレースって私見たことないんですけど。それに賭け事自体もやったことないし興味もなくて...困る。どう返事をしていいかも分からなくなった私に彼は「あァ...」とこんなことを聞いた経緯を話し始めた。

「実はな、こないだ傍にいたヤツがド素人に順位予想させてたんだがすげェことに当たってやがった」
「ビギナーズラック...ですか?」
「そう、それだそれ」

.........と言われても、また困る。
それってつまり、本来のヤガラレースの賭けとプラスしてド素人の私に予想させて当たるか当たらないかの賭けにも出るってこと、でしょう?それって博打にも程がある。ハイリスクだと思うんだけど...その辺のこととか考えてるんだろうか。何かあったとしても私の懐は痛まないけど彼の懐は痛む。そう考えたらちょっと...なあ。後から色々言って来たりはしないだろうけど、嫌、かも。

「あの、パウリーさん、」
「ベレッタ、好きな色は?」
「え?」
「好きな色だ。5秒以内に答えろ」

はいい?ヤガラレースの話は何処に消えたの?え、好きな色?
突如として投げ掛けられた質問に頭の中がポンッと小爆発を起こした。それに動揺する私の前で「イーチ、ニー、」とカウントされて余計にワタワタしてしまう。「何を聞かれたっけ」「あ、好きな色は何かって聞かれた!」「好きな色、好きな色...」と脳内で自問自答してしまうくらい。

「あと1秒だぞー」
「待って待って!あ、青!青とか緑とか好きです!」
「.........なるほど4-6か」
「え!?」

何その数字、何処から出て来たんだろう。
ふと身を乗り出した私の真下に置かれた雑誌に目がいった。赤や青なんかのゼッケンを付けたヤガラの写真がある...

「よし、これにしばらく賭けてみっか」
「さっきの続いてたんですか!?それに決め方が単純過ぎませんか!?」

それはもはや予想でも何でもない危険すぎる賭け、絶対に外れる確率の方が高い。
そう言ってもパウリーさんは顔色一つ変えずに「一週間くらいやって...」なんて呟いてる。

「パウリーさん!」

どうにかして止めさせないと!カウンター越しに彼の肩を掴んで揺らして。でも彼は動じることなく笑って言った。「もう決めたから絶対コレで賭ける」と。他力本願とか好きじゃないくせに!と考えを改めさせようとしていた時、不意に、店のドアが開いた。

「お取り込み中に失礼」
「ゲッ、」

.........借金取りの人?

「お前さんがずーっと隠して来た店は此処じゃったのか」
『しかも娘さんが一人......ハレンチだッポー』
「か、カク!ルッチまで!?というより、別に、隠してたわけじゃ、」
「動揺しすぎじゃ」

いや違う。この人たちは...ガレーラの船大工さんだ。こんなに間近で見たのは初めてかも。
うわ...何か凄く緊張する。パウリーさん以外のお客さんなんて久しぶりだ。仕事仲間と昼まで一緒に居たくないとか言ってパウリーさんはいつも一人で此処に来るからこんなことあるとは思わなかった。夜もどんなに酔ってても絶対一人だし...ビックリだ。

「此処に座ってもいいじゃろか?」
「あ、はい、どうぞ...」

パウリーさんの横、カウンターに座った二人にまだ動揺してるけどとりあえずお冷を出した。
彼らが入って来た時って思いっきりお客さんに暴力を振るってた図だったよね私。その辺に全く触れないまま店内を見渡されても...って、いや、触れられても困るけど。

「.........後、付けて来たのかよ」
「まァな。お前さんが姿を晦ましても食いっぱぐれてない理由が気になってのう」
『借金取りがこの辺りで大体消えるって言ってたのを聞いたから張らせてもらったッポー』
「ケッ、悪趣味だな」

何か新鮮だ。いつも悪態ばっか吐くパウリーさんが少しだけバツの悪そうな顔してる。
その光景をマジマジと見つめていたら視線に気付いたのか、鳩さんを肩に乗せた人がパウリーさんに出した料理を指差した。

『パウリーと同じのを1つ』

.........腹話術、よね。彼の口は全く動かなかったけど、明らかに二人じゃない声がした。
凄い芸だ。その腹話術も凄いんだけどその声にきちんと鳩さんまで合わせて動いてる...それもまた凄い。えっと、とりあえず確かめないといけないことは...鳩さんが生き物かどうか......いや、落ち着け私。何か色んなことに動揺してる。

「ワシも同じのにしようかのう」
「か、かしこまりました」

こっちの人は物凄くにこやかに笑ってるけど...どうしよう、物凄く鼻の長さが気になる。
ガレーラの船大工さんは色々と人材が濃いとは風の噂では聞いていたけど...嘘じゃなかったんだなあ。

「あ、あの、鳩さんは......何か必要でしょうか?」

鼻の人の横に座った無表情な人の肩に居る鳩さんにも...必要よね。
そう思って口にした言葉だったけど鼻の人は「プッ」と吹き出して、パウリーさんは「グッ」と口にしたものを喉に詰まらせた。無表情な彼は全く動じなかったけど、鳩さんは私の言葉が分かったのか彼の肩からカウンターにちょこんと立った。

「けッ、傑作じゃ!鳩さんて、鳩さん用て、」
「うっせェぞカク!ベレッタも、こいつにゃ生米でもやっときゃいいだろ。てか、そこ気にすんな!」
『気掛けてもらって嬉しかったッポー。あ、生米で』
「は、はい...かしこまりました」

鳩、鳩...と何が可笑しかったのか笑う鼻の人とそれを制すパウリーさんと無表情な人と。
とても変なカンジがする中、とりあえず鳩さんへお米を出せば「クルッポー」と鳴いてお辞儀をされた、ような気がした。

「.........可愛い」
「ケッ、こんなの可愛いもんか」
「おーおー。少なくともパウリーよりは可愛いと思うがのう」

餌を啄ばむ鳩さんに触れてみようかどうしようか悩んだけど、鳩さんは食事中だし鳩さんの人は恐いしで止めた。

久しぶりにパウリーさん以外からの注文を受けて色々と不安になりながら調理している間、後ろではパウリーさんの怒鳴り声と鼻の人の笑い声が絶えず聞こえる。こんな声の響く店内はどれくらいぶりだろうか。じわじわと嬉しくなって来る。

「だあ!お前らが居ちゃ落ち着くモンも落ち着かねェ!」
『お嬢さんと二人きりが良かったってことか?やっぱりハレンチだッポー』
「ちげェし!!」
『クルポッポー』
「そうからかってやるなルッチ。図星だからのう」

......何か思いっきり勘違いされて、思いっきりからかわれてるけど。
成程、普段はこんな風なカンジで仕事してるんだ、と知られざるものに触れた気がする。仕事のことは何も知らないし彼も口にしないし。

「だからちげェし!!おい!此処に金置いてくからな!!」

え?と思った時にはガタッと音を立てて立ち上がったパウリーさんが見えて、チラリともこちらを見ないで去ろうとしていたから「パウリーさん!」と、無意識に呼び止めていた。特に用があるわけでもないのに、お金だってカウンターの上に置いてあるのに。

「.........何だよ」

随分とバツの悪そうな表情。その横で鼻の人がニヤニヤと笑ってる。

「明日も...待ってますね」

こんなこと、今までに一度だって言ったことはない。
言わなくても来てくれるって、随分前から...何処にも確信なんてないのにそう思ってた自分が居ることに初めて気付いた。

「.........あァ」
「何じゃ、そっけなさすぎじゃろ。もっとこう、」
「うっせェよ鼻野郎!」

最後まで悪態を吐いて彼は去ってった。

本当に明日も...来てくれるんだろうか。そんなことを考えながら私は笑ってた。



晴れの日も、雨の日も ... title by 悪魔とワルツを

10周年記念、碧樹さまへ捧げます。リクエスト頂きまして有難う御座いました。
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