愛しの君は顔が広すぎます
「おい、なまえ!久しぶりやんか!」
『……』
「いやいやいや、無視すんな!俺目の前!」
国体合宿を無事に終えた神奈川県代表メンバー。そしていよいよやってきた本選の開会式。なまえは彩子と宮城に挟まれながら目の前で変な動きをとる従兄弟の言葉を…いや、存在自体を完全に無視していたのだった。
「おい!何か反応せえ!俺恥ずいやつやん!」
『…もう、実理くんのアホ。見えてるからそのミミズみたいな動きやめてくれない?』
「誰がミミズじゃ!久しぶりに会ったんやからもう少し笑えや、可愛い顔が台無しやろ!」
あぁもう、うるさいな〜と空中でブンブン腕を振り回すなまえ。エアで人を殴り気分を発散させるらしい。彩子と宮城はいつものことだとスルーするが…
「なんやねんその変な動き!お前ほんまに可愛いなぁ!」
「おっ、なまえ〜元気にしとったん…あ、めっちゃ元気そうやん。」
なまえにその動きをさせた原因である岸本と遅れてやってきた南にはたいそう珍しい動きらしくケラケラと笑われるもなまえは動きを止めない。無表情でブンブン腕を振り回し続け雑念を捨てている模様だ。
『…はっ、ちょっ…こんなイライラした時の日課を清田くんに見られて幻滅されたら…』
しかしピタッと動きが止まる。コホンと咳払いをひとつしたなまえは何事もなかったかのように「久しぶりだね、それじゃあ」とその場を去ろうとした。
「いやいやいや、待たんかい。」
『離さんかーい。』
「離すわけないやんかーい。」
ガッシリと岸本に捕まったなまえ。ジタバタ暴れるも解放されそうにない。とりあえずと辺りを見渡せば遠目でこちらを見ている清田と目が合った。
『…ハッ!今の…見られた…?』
うそ…!と目を逸らし目の前の二人を完全に無視して自分の世界に入り込むなまえ。どうしよう…アホなやつだと思われた?!清田くんに幻滅されたら私、私…
生きていけない…!
『…何をしているの、私…しっかりしなさい…清田くんは、清田くんは…きっと女の子らしくて可愛い子が好みのはずよ…』
パッパと身なりを整え、やっぱり二人の元を去るなまえ。イライラマックスな岸本はこうなれば…となまえを追い抜いてあろうことか清田の元へと駆け寄った。後ろには遅れて南も一緒だ。
「おい、キヨタ!」
「…え、?」
「俺のなまえと仲良うしてくれとるみたいやんか!礼の一つでも言わせてもらわな気が済まんねん。」
何を言ってるんだ、このアホ従兄弟!となまえが慌てて駆け寄る前に、嫌味というものを知らない純粋な清田は「あぁ、いえ…」と照れ臭そうに顔の前で手を横に振った。そんなことはないですよ…といった控えめで少しばかり照れが入った清田の対応に威勢の良さはどこへやら、岸本は雰囲気に飲まれ「お、おん」と返すのに精一杯であった。
「…って!俺は何を丸め込まれとんねん、おいキヨタ!俺はお前に感謝してるわけやないねんぞ?!むしろ逆や!」
「…え、?」
「全然わかっとらんやん…」
なんやの、そのアホみたいな顔は
岸本はそう言って魂を吸い取られたような顔をして見せる。後ろで南はジッと清田を見つめていた。俺はなまえの初恋相手やぞ、舐めとるうちに痛い目見せたるからな、と虎視眈眈とその機会をうかがっているのだが…
『き、清田くん!気にしないでください!』
なまえの真っ赤な顔を見てその威勢の良さはどこへやら。南はガックリと肩を落とした。
「お前は相変わらず片想いしとるんか…」
ちっとも進展しとらんやん…と二人のじれったさにムズムズする南。あれ、自分はなまえを振り向かせる気でいるはずなのに…と自分自身の置かれている立場すらよくわからなくなっていた。あれ、俺は何しとるん?
『もう、実理くん!清田くんに話しかけないで!』
「あんなぁ!なまえが世話になっとると思ったから声かけただけやんか!そもそもお前俺に会ってまともに挨拶すら返されへんのか!」
「そうやでー、なまえ。ちゃんと僕にも挨拶してな?」
『んあっ、!土屋くん!』
岸本の後ろからひょこっと現れた大阪代表のキャプテン、土屋。対面するなりパァァと顔を明るくさせたなまえは「久しぶり!元気だった?」と土屋にニコニコ話しかける。完全に面白くないと拳を握りしめる岸本、南のコンビ。どうしてまず先に土屋を封じ込めておかなかったのかと互いが互いに後悔が募る。
「なまえが居らんと元気出ないやん。僕毎日干からびとったよ。」
『またまたー!元気そうでよかったよ。』
「この日を楽しみにしとったからね、なまえに会えると思ったら練習も捗ったわ。」
どこからどう見てもいい感じの雰囲気を纏う二人。蚊帳の外からメラメラと闘志を燃やす関西人二名の他にも…
シラッとした顔でそちらを見やる神、藤真、流川…そしておどおどとする清田。舌打ちをしてさっさとその場を去る三井などなど、神奈川勢は皆が揃って「大栄の土屋とも接点が…?」と心でそんなことを思っていた。土屋となまえは注目の的であった。
『もし大阪とあたっても負けないからね!』
「望むところやで。まぁ、なまえにだったら負けてあげたい気持ちもたくさんあるんやけどなぁ。」
『へへっ、本当に甘やかしてくるなぁ。』
ニコニコと笑い、そんななまえの頭を優しくポンポンと撫でる土屋。さすがに苛立ちを抑えられなくなった南と岸本はガッと前に出ては土屋を引っ張りズリズリと引きずり二人を引き裂いた。
「あ、何するん…」
「いーから引っ込んどれ!なまえ、ふわふわ浮かれんとちゃっちゃと働くんやで!」
従兄弟としてそれっぽいことを言う岸本。
「大阪とあたってもあたらんくても、お前は俺だけ見とれ、アホ。」
近づいてはそんなことを呟き去っていく南。
『…ほんっまに、うるさい人たち。』
牧から移動の声がかかりその場を動き出す神奈川代表メンバー。無で歩く神、藤真。どこかどんよりとした清田。そして懐かしい顔ぶれに少しだけ心が満たされたようななまえ。なんだかんだ言いつつも大阪のメンバーは自分にとって安心できる存在なんだとなまえは口にしないだけで三人を大切に思っているのだった。
君の大切な人を大切に思いたい
(それでもやっぱり、モヤモヤする…)
悩むノブちゃん…