恋は盲目と言いますもんね
なんやかんやで勝ち進んだ神奈川代表は国体で結局準優勝を飾るのであった。決勝進出を決めた瞬間、ベンチにいた清田となまえは勢いのまま抱き合ったが、誰かが割って入り引き裂く前に互いに思考が停止したような顔をしてロボットのように距離をとっていた。その後の二人は想像通り、ただの茹で蛸だった。
「え、いつのまに誘われてたの?」
『昨日駅で会ったの〜もうほんっとに嬉しくて、どうしたらいいのかわからなくてさぁ。』
神奈川県立湘北高校のとある日、休み時間。国体という非日常から解放されたなまえと彩子はいつも通りの日常を送っていた。そしてなまえの手に握られた「海南祭」というチラシ。
「清田から直々に誘われるなんて、やるじゃない。」
『へへっ、額縁にいれて飾るんだ〜!』
そしてなまえは彩子に告げた。昨日、たまたま駅で顔を合わせた清田に海南祭に来ないかと誘われていたことを。ちょうど部活も休みというラッキーな日だ。共に行こうと声をかければ彩子はもちろんと笑ってくれた。なまえに会いたいがために偶然を装い、チラシ片手に駅をうろうろしていた清田の苦労を察したのは彩子と、後にこの事実を知る宮城、二人だけなのだった。
「随分気合い入ってるな〜?」
『どう?おかしいところない?リョータ!正直に言って!』
「圧がすげぇ…大丈夫、可愛いよ。」
彩子が海南祭に行くことを知った宮城は当然自分も行くと名乗りを上げ、安田も誘い四人となった。清田に会いに行くとなれば一瞬たりとも気は抜けないとメイクに髪型にもう完璧なほどにバッチリ決めたなまえ。スカート丈もいつもより短く、完全に「女」として戦いに臨んでいるその戦闘モードに宮城と安田は顔を合わせて笑い合った。
「そろそろ行くわよ、始まっちゃう。」
『いざ…、清田くんのもとへ…!』
「なまえちゃん、気合い入りすぎて空回りしないようにね…!」
いつだって彼女の味方であり優しさの塊である安田に「ヤス、ありがとう!」となまえは満面の笑みを見せた。
『ぐぅぅ…清田くん、発見…』
賑やかな屋台。頭にタオルを巻きガリガリとかき氷の為の氷を削る男子生徒。店番をしている女子生徒との掛け合いもよく、時に笑い、時に声を掛け合い、楽しそうな雰囲気が見て取れた。
そんな姿を見るなりなまえはハッとする。初めて気がついたが、高校が別であり、なおかつ海南バスケ部には女子マネージャーがいない。清田が自分や彩子以外の女子と話をしているところなど今まで目にしたことがなかったのだった。圧倒的なザワザワがなまえを襲う。
なんだろう、この、気持ち悪い感じ…
モヤモヤの正体がなんなのかはわかっている。けれども言葉で表してもうまく説明がつかないほどになまえの心には荒波が立っていた。暴風雨もセットだ。
「なまえ、気を確かに持ちなさい。」
『ダメだ、免疫が無い…無理だ、嫌だ…』
「なまえちゃん、全てを自分のものにするなんてのは無理だからね。」
宮城の冷静な一言がなまえに突き刺さった。自分はまだまだ世間を知らないなとそう落胆する。清田には清田の生活がある。それを知らずして見えている部分だけ好きでいるなんてそんなのは本当に好きとは言えない。
清田くんも普通の男子高校生…友達くらい、いるよ…普通に学生生活を送るし、なんなら彼は海南で有名人なのかもしれない…女の子にモテモテで、流川みたいにファンクラブがあったりして…
『リョ、リョータっ、!』
「うん?どうしたの?」
『ここらへんが…グッて…痛い。』
涙目で胸を抑えるなまえに宮城はニコッと笑い「恋だね、それは」と言う。どうしたらいいのかと尋ねるなまえに宮城は静かに口を開いた。
「好きな人の大切な人も、同じように好きになれたらいいよね。清田の友達ならなまえちゃんにとっても他人じゃないってこと。」
猛烈に清田が好きで好きで仕方がなくてなまえには彼以外見えていなかった。神が割り込んでも藤真が暴れても南に執着されてもなまえの目に映り、キラキラと輝くのは清田信長、ただひとり。ようやくその盲目さから解放され、なまえは一歩引いたような視点から清田を眺める。彼の世界を生きるその姿はまた違って見えるのだけれど、これだけは言えるのだった。
『やっぱり、清田くんが好きだ…』
どんな彼だって、やっぱり大好きだ。いつも全力で飾らないその姿が…眩しいくらいに綺麗に見える。
『宮城、ヤス、彩子…私、これだけは言っておく。』
三人はなまえの話に耳を傾ける。心優しい三人はいつだってなまえの見方なのだ。
『今日、ここに来れてよかった。ついてきてくれて本当にありがとう。』
知らなかったものを知ることができた。恋とはなんなのか、少しだけどわかったような気がした。三人は顔を見合わせて「どういたしまして」と笑う。既に両思いの清田となまえ、こればっかりは周りがとやかく口や手を出すことではない。二人のペースで、二人のタイミングで、いつか結ばれる日がきたらいいなと三人の願いは同じであった。
「ま、どんなにアイツが人気者で友達が多かったとしても、ファンクラブの会長はなまえちゃんだろうからね。」
「そうよ、そこは譲らないでいて。思いの強さはなまえが一番よ。」
自称信長ファンクラブ会長のなまえは「うん!」と微笑んだ。飛びっきりの笑顔だ。そんな彼女の存在に気付いた清田はかき氷を削る手を止め、眩しいほどの笑顔に見惚れていたのだった。
君を知る、それも愛
(すみません、かき氷をひとつ…)
(なまえさん!来てくれたんですね!)