再会編
「....あれ?なまえ?」
『....えっ、諸星じゃん!』
高校を卒業して初めてのインターハイ。会場はありがたいことに神奈川県で、神奈川の大学へと進学した俺は同じ大学に通いチームメイトとなった藤真と共に会場へと足を運んでいた。
「なんで、こんなとこに.....」
『だって!森重くんが出るからだよ!』
「....あー、はいはい。あのマブダチね。」
「そうそう、マブダチ!」と返すなまえ。いや、そうそうじゃねぇし。少しは否定しろ。相変わらず可愛い顔しやがって...なんつーか、髪も茶色くなったし...
『あ、どこかでお見かけしたことがあるような、ないような。』
「そりゃどーも。俺はガッツリ見覚えありますけど。」
『それはそれは、ありがたいです。』
俺が久しぶりにあったなまえにあれこれ想いを馳せていれば隣の藤真とニコニコ話しているなまえ。こんな綺麗な顔した藤真にさえ物怖じせずに話せるところがさすがだなって感じもするし、相変わらずポワポワしてるから藤真は半笑いで答えてるよ。あぁ、もう。つーか普通に見覚えあるだろうが、インハイでも国体でもバリバリ会ったことあるぞ?
愛知県予選を1位で通過した名朋が第二試合に登場するこの日。まさかのなまえとの再会を果たした俺は時間が経つにつれてドキドキと胸を高鳴らせていた。冷静になればなるほど「なまえ、なんかすげぇ可愛くなってない?」とかなんとか、そんなことを意識し始めてしまうのだ。あれ、気のせいか?
『凄い人だなぁ...、みんな第二試合目当てかな?』
「そうだろうな。優勝候補、名朋の登場だから。」
会場の座席に隣同士で座ったなまえと藤真。なまえを挟んで両サイドに俺らが座ってるわけだけども、さっきからドキドキしている俺を差し置いてペラペラと会話を続ける二人。あぁ、もう。なんなんだよ。
卒業してから数ヶ月。入学してからも数ヶ月。俺はバスケに全力を注ぎ、他に意識を移すことはなかった。なまえとも笑って別れたわけだし、会えなくともだいぶスッキリしていて。このまま時間が解決してくれるのかなぁ、とか、そんなことを思っていたところだった。やっぱり目の前になまえがいる生活に慣れていたせいか「落ち着くなぁ」なんて思ってしまう自分がいて、あろうことかいつかの「好き」という感情が再び湧き上がってくる感覚に怯えてしまう。いやいや、今更そんなもの呼び起こさなくていいってば。
『....ところでさぁ、名前なんだっけ?』
「.....ん?.....あぁ、俺?藤真だよ。藤真健司。」
『あぁ、そうだ!藤真くんだ!女王様の藤真くん。』
「....誰の入れ知恵だ?場合によっては潰すけど。」
『うわぁ、絶対に言わないぞ.....!』
今まで散々仲良くしゃべっていたっていうのに、今更名前を聞くところにツッこむのはもはや疲れるだけだからやめておこう。そして言わないぞと決意しながらも「国体の時に仲良くなった背の高い男の子から聞いた」と早速口外しているなまえは本当にアホだと思う。
「....神奈川の奴?」
『そう....あぁっ!また言ってしまった!』
「....わかんねーよ!大体皆背ぇ高ぇだろ!」
『えー....可愛い顔の子だよ。ほら、いたでしょ?牧くんのところの。』
「.....神だな、アイツめ......!」
その後ボソボソと独り言が止まらない藤真は「つーか!牧のことはわかるくせに俺は誰だっけっておかしくねーの?!」と騒ぎ出す。普段女子に言い寄られても見向きもしない藤真にしては珍しく心を開いたようだった。こんなに素をさらけ出すコイツは珍しいぞ。男相手でも中々ねぇのに、限られた人物にしか。
『いやぁ、人の名前覚えるの苦手でさ.....』
「あー出た出た。忘れっぽいやつの常套句。」
『だって....印象に残らなかったなんて本当のこと言えないじゃん。』
「テメェなぁ....ガッツリ言ってんじゃねーかよ....!」
『あっ.......』
それ俺にも神にも失礼だからな!と藤真はガミガミ言い倒す。「顔が綺麗すぎて覚えられないんだよ」とよくわからない言い訳をしてはごめんごめんと謝るなまえ。あぁ、またそうやって俺を置いて他の男と楽しそうに......
「....つーか、二試合目始まるじゃん。」
『うわぁ、森重くん頑張れー!』
散々盛り上がっていた二人も試合開始前になると大人しくなった。真剣にコートを見つめるなまえはやっぱり可愛くて、容易に俺の心を奪っていくんだから困ったもんだよ、本当に。
「俺ちょっとトイレ.....」
ハーフタイムになり藤真は席を立った。途端に「ふたりきり」という単語とこの現状が俺の脳内を駆け回りバクバクバクと心臓がうるさくなる。
『そういえば、諸星。大学バスケはどうなの?』
「あ、うん、まぁまぁかな....試合出たり出なかったり。」
『もう出てるの?すごいじゃん.....さすが......!』
俺よりも藤真の方が出てるんだけど....まぁそれは言わないでおこう。ニコニコと笑うその顔がやっぱり愛おしく思えて思わず目を逸らす。今更恋しく思ったところで、この試合が終わればなまえは帰るんだろうし.....虚しくなるだけだっての。
「どうなんだよ、大学は。」
『うーん、楽しいけど....やっぱり愛和のバスケ部が恋しくなっちゃってさぁ。』
バッシュの音とか、すぐ恋しくなるんだよねぇ.....
なまえはコートを見ながらそう呟いた。その横顔はどこか寂しそうで、でもそれすら俺にはとっても綺麗に見えて。俺だってお前ともっと長く、バスケットやってたかったよ。
『それに、諸星がいない生活って中々慣れないんだよね。』
「へぇ..........っ、えっ?!」
思わず二度見してしまった。え、今なんて.....俺の聞き間違えじゃなかったら、俺のいない生活がなんたらこうたらって.....?!
『ずっと隣にいたじゃん。寂しいんだよ。』
「えっ、.......えっと、........」
こういう時は、なんて返したらいいんだ......
わかんねぇ....わかんねぇよ。俺もって言ってそのまま告るべきか?あの時言えなかった言葉を今.....いやでも、言ったところでどうにもならねぇし.....いや、待てよ。もしかしたらだけど、なまえも俺と同じ気持ちってことも......?!
『だから、第二ボタン握りしめながら毎日生活してるの。』
「お、俺の、第二ボタンを.....?」
『うん。実はものすごーく嬉しかったの。』
ニコニコと照れ臭そうに笑って俺を見てくるなまえ。いやいや、待て。早まるなよ、俺。これを「好き」と勘違いしたら相当恥ずかしいぞ?慎重に見極めるんだ...彼女は今何を言おうとしているのか.....
「そんなこと言われると、俺....期待するから、やめてほしいんだけど.....」
『....私も期待した。もしかしたら同じ気持ちだったのかなって。』
「えっ.....?!」
なまえへと視線を向ければまっすぐ真剣な瞳で俺を見つめてて。これって、その......
『言わないでおこうと思ったの。仮に結ばれても遠距離になるし、バスケの邪魔になるなぁって。』
固まる俺になまえは「でも、」と続ける。
『会いたいっていつも思ってる。今日ここに来ればいる気がして、それで本当は....諸星に会いにきた。』
「......!!」
『....好きだったんだ、ずっと。』
情けなくもポカンと固まった俺になまえは「なんか言ってよ」と顔を真っ赤にして言ってくる。なんとか声を絞り出した俺が「えっと....あの....」と言葉にならない言葉を発すれば「諸星は?」と聞かれてしまった。
『どうして、第二ボタンくれたの....?』
「....好きだったから。あ、いや、......」
『....?』
「今でも、大好きだから。」
勇気なんか出さなくたって自然とそう出てくる。なまえはそんな俺の言葉を聞くなり照れたように笑った。そしてその瞬間、なまえの顔が近づいてきたと思ったらチュッと一瞬、唇に何かが触れた。
「えっ...!」
『....諸星と、付き合いたい。』
それがなまえの唇だと認識したと思えばそんな言葉をかけられて。
あぁもう。なまえの気持ちを知らなかったとはいえ結局全部彼女に言わせてしまった俺は.....。
「....よろしくお願いします.....。」
『....こちらこそ、お願いします......。』
隣の席に座りながらペコペコと頭を下げ合うその姿はきっとおかしなものだっただろう。コートでは既に後半戦がスタートしていて、トイレから戻ってきた藤真は「何やってんのお前ら」と不思議そうな顔で俺らを見つめていた。
君が好き、ずっと好き(何、なんかよそよそしくね?お前ら)
(え?いやいや全然そんなことないし...ねぇ、諸星!)
(あ、あぁ。もちろん、通常営業です。)
(は?なんなの?マジでキモいわ)
実はなまえちゃんも諸星くんのことを好きだったらよかったなぁっていう話でした。卒業式にお互いに言わずに別れようとしたところがこの二人らしいかなと.....