卒業式編



※ 生誕祭 #4 #5’s DAY 「手強い敵に要注意」続編









思えば高校に入ってすぐの頃から、なまえは俺にとって特別だった気がする。それがいつから「好き」に変わったかは、具体的にはもう覚えていないけれど。いつもニコニコ笑ってて一生懸命で、スカートの丈が短く放課後流行りの店に遊びにいくような子たちが多い愛和の中で、ひとりいつだって部活に全てを捧げていて、とりわけ目立つわけでもないなまえのその全てが、俺にとっては眩しいくらいに輝いて見えた。


『諸星、卒業おめでとう。』

「なまえもだろ。」

『あー、違うよ。愛知の星からの解放ってこと。』


大変だったでしょう?


なまえはそう言うとニコッと笑った。胸に飾られたコサージュは誰だって付けてる同じものなのに、この子がつけるとどうにもこうにも綺麗に見えるんだから恋ってのは不思議だ。


のんびりしていて抜けているように見えて、時たまこういうことを言っては俺をハッとさせてくるんだから本当に恐ろしい。マジで「好き」以外の言葉が出てこないんだよ、馬鹿め.....


「...なまえも。マネージャーお疲れ様。」

『もっと一緒にバスケットやりたかったね。』

「....だな。」


卒業後は愛知に残り名古屋の大学へと進学を決めたなまえと、大学でバスケを続けるにあたって神奈川県の強豪大学へと進学を決めた俺。本当の意味で「愛知の星」からは卒業ってなわけで。大好きだった地元ともしばらくさようならだ。


「あ、あのさ.....なまえ、」

『うん?』


今日が最後かもしれない。なまえとは物理的に距離も離れてしまうし、その上こまめに連絡を取るような仲でもないから...「キャプテン」と「マネージャー」というこの立ち位置から卒業してしまったら、俺にとってのなまえはいつだって心に棲みついてるけど、なまえにとっての俺は、もう「過去の人」になってしまうんだ。


好きだったって、そう言いたい。


今までだって、付き合うことを望んできたわけじゃなかった。それがこの子を困らせることになるんだってわかっていたし、今だって俺のものにしたいわけじゃない。いや、欲を言うんなら付き合いたいし、俺だけのものになって欲しいけど、今から距離も開くっていう中で交際を懇願するのはなんか違うっていうか...仮に交際できたとしても俺ばっかりがなまえを好きなわけだからさ。一方的に想い続けてただつらいだけなんじゃねぇかなって、そう思うんだよなぁ。


だって付き合ってしまえば、「恋人同士」になったしまうのだから。そうなりゃ「好き」に差が生じると面倒になりそうだろ?


だから簡潔に、想いを伝えるだけでいい。しばらく忘れられないだろうけど、今までだってずっとそうやって多くを望まず生きてきたんだから。これからの俺にもまだバスケットがあるわけだし、告白をいい思い出に生きていく方法があるわけだよ。


「俺さ、なまえのこと.......」

『.....んあっ!!』

「えっ?」


意を決した瞬間、なまえの大きな声が聞こえて彼女に視線を向ける。なまえは俺の奥向こうへと視線を向けながらパァッと笑顔になり「待ってて」と言い残して走って行ってしまった。


「あ、ちょっ、おいっ!」


バタバタと走り去るなまえ。その行く先を目で追えば、そこには見知った大きな体があるわけで。


「....ハァッ?!森重?!」


あろうことか、他校の生徒である森重が「なまえさん卒業おめでとうっす」なんて彼女に声をかけてるではないか。えっ?!どういうことなんだ?!なんでアイツがここに.....!


『わざわざ来てくれたの?ありがとうね!えっ.....、』

「はい、受け取ってください。」


強引に押し付けられたのは小さな花束でなまえはびっくりしたような顔で遠慮気味に「ありがとう...」と呟いてそれを受け取っていた。


『ビックリした....名朋は今日卒業式じゃないの?』

「あー、昨日っす。世話になったんだから挨拶してこいって言われたんで。」

『わぁ...わざわざありがとう。気を遣わせてごめんね。』


....まただ。前にもあった。国体の時だ。こうやって俺がなまえとの時間を設けようとするたびに森重という巨体が間に入って邪魔をする....って、なんなんだよ本当に!マジで今の今、告白しようとしてたんだぞ?!


「あ、愛知の星さん!」

「誰が愛知の星さんだ....このボケが.....。」


ボソッと聞こえないように呟いたのに森重は俺に近寄るなり冷めたような目で「はい」と花束を渡してきた。ったく、祝う気がねぇんなら来んなってんだ!


「おっちゃんに言われたんす、これ渡してこいって。」

「あぁ、そうかよ。ご苦労。」

「にしても、現状維持って感じすね。」

「....テメェ、誰のせいでそうなったと思って....!」


ボソッと馬鹿にしたように呟く森重にめちゃくちゃ腹が立つ。コイツぼうっとしてるように見えてすげぇ鋭いし、俺がなまえに片想いしてるのだって国体の時にあっさり見破られたしなぁ。


えっ?わかりやすい?森重にバレるくらいだからもしかしてわかりやすいのか、俺.....!でもなまえには....


『ねぇねぇ森重くん。せっかくだし写真撮ろうよ!』


バレてねぇよ、絶対バレてねぇ。他の奴らが全員分かっていたとしても、いやもうたとえなまえにもバレてたとしても、もうどうだっていいんだ。俺は今日気持ちを伝えて、スッキリしたまま愛知を去るんだから。


「いいっすね、もうちょっと背伸びしてください。」

『ええっ?!アキレス腱が...森重くんがしゃがんだらいいんだよ!』

「あ、そうか。」


アホみたいにピョコピョコ跳ねてるなまえとツーショットを撮る森重。あぁもう、俺だってまだ撮ってないってのに!


『えへへ、ありがとうね。有名人と撮っちゃったよ。』


嬉しそうに笑うなまえは本当に可愛くて、あぁその笑顔の先にいるのが俺だったらなぁって、結局卒業式の日までそんなことを考えているんだから俺という男はもうどうしようもないらしい。


「....じゃ、俺行きますね。」

『ありがとうね!監督さんにもよろしく伝えておいて。』

「了解っす。」


一瞬俺の方を見る森重。すぐさまなまえに視線を戻しペコッと頭を下げて門を出て行った。


『いやぁ、日本の宝とツーショットだなんて、マネージャーやっててよかったなぁ。』

「....随分と懐かれてるんだな。」


俺の元へと戻ってきたなまえは「いやいやぁ、仲良くしてもらえてありがたいよ」だなんてしみじみと呟いてやがる。


『....で?なんだっけ?』

「....いや、なんでもねぇよ。」

『そう?じゃあ写真撮ろうよ!』


もうなんだか、いいや。なまえの楽しそうな顔見てたら、もうスッキリしたわ。隣に並んで「笑ってー」と言ってくるなまえ。今までの三年間が走馬灯のように頭を巡って、不意に涙腺を刺激される。あぁもう、笑って別れたいんだよ。


『ありがとうね、諸星。お世話になりました。』

「こちらこそ。マネージャーがなまえで良かった。」

『えへへ...恥ずかしいなぁ。』


せめてこれだけは、君の元に渡しておきたい。


「....はい、これ。」

『うん?』


強引に掌に押し付けた。なまえはそれを確認するなり「ボタン?」と呟く。


「そう、第二ボタン。なまえにあげたいと思ったからとっておいた。」


わりと勇気を出した方で、それでも我ながらサラッと言えたことに感動しつつなまえを見やる。ポカンとした顔をした後にっこりと笑顔になり「みんなが欲しがってたやつじゃん」と楽しそうだ。


『ありがとう、諸星。大切にするね。』


もうその笑顔だけで充分だよ。たとえ俺の気持ちが伝わらなくても。


『ねぇ、みんな写真撮ってるからあっち行こうよ!』

「おっ、ちょい!引っ張んなよ!」


あぁもう、泣きたくなんかねーってのに。それでも三年間、幸せな思い出をありがとな。だいすきだよ、馬鹿野郎。





君と歩いた今日まで


(笑って終われんなら、本望だよ)


いいから幸せになるべきです→






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