サプライズ編






「あれ持ったし、チケットと、パスポート....」


「よし」という一言で確認を終えた俺はスーツケース片手に家を出た。駅前でタクシーを拾うなり行き先を伝える。


「空港まで、お願いします。」


かの有名なフランス、パリにある美術館で開催されることとなったなまえの個展。大学を出て四年。本格的に絵に集中し今や売れっ子の画家となったなまえと外資系の会社へと就職した俺。彼女の年収が一体いくらでそれが俺の何十倍、下手したら何百倍なのか考えたくも無いけれど、相変わらず楽しく交際を続けている。


空港に着くまでの道のりで思い出すのは去年だか一昨年に二人でパリへ旅行に行った時のことだ。美術館巡りをコースに入れた初海外デートだった俺はかなり陽気にパリの郊外を歩いていた。日常から解放されるってのもあるし、なんか大人になったなぁって、そんなことも思ったりしたんだよ。しかし事件は起こった。美術館付近でなまえは綺麗な顔をした外国人に話しかけられた。様子を見るにどうやらなまえのファンらしく、会えたことに興奮しているようだった。


フランス語がサッパリわからない俺と、ペラペラ現地の人と会話をする学生時代から頭の良かったなまえ。初めの頃こそ盛り上がっていたその会話も次第になまえは表情を曇らせ、最後には俺の腕を掴むなりダッシュで走り出したのだった。


「何?!悪口でも言われた?!」

『違うっ....、誘われた.....!』

「え?!何?!薬?!」

『違うっ.....、ラブホテル!』


走りながらそう言うなまえは細い路地に隠れると立ち止まり俺の手を離した。しかし俺という男が隣にいながらも人の女をホテルに誘い込んだあの綺麗な顔した見た目だけの外国人に一発なんとかかましてやろうと引き返す俺をなまえは慌てて「ここにいて!」と引き戻した。


「だって....、俺という男が隣にいながら.....、」

『健司くんのこと、マネージャーだと思ったみたい。』

「....余計ぶん殴りたくなった。」

『ダメ!行っちゃダメ!』


あぁ、懐かしい。あの時なまえが必死になって「隣にいて」とか懇願するから可愛すぎて結局ホテルでめちゃくちゃ抱いたんだよなぁ....。


でももう、そんな間違いをされる心配もないだろう。














なまえは個展の初日に登壇してステージで話をすることになっていた。こっそりと来たとはいえ、こういう場には少なからず協力者が必要だからな。あらかじめこっそり日本人スタッフを買収しておいてよかったと心から思うよ、俺は。個展のチケットを見せるなり中へと入る。既に人で賑わっており相変わらずのなまえの人気の高さがうかがえる。さすがだわ、俺の彼女。


「.....タイトル、あの日の夢......。」


初見として俺の目の前に飾られている一枚の絵。バスケットゴールを見上げる茶色い髪の男。その後ろ姿はどこか儚げで、なんだか不思議なほどに笑みが溢れてくる。


「....って、当たり前か。」


見慣れた景色に見慣れた服装、見慣れたバスケットコート。間違いなく確実にこれは「俺」であり近所の公園へとよくスケッチブックを持ったなまえを連れて息抜きにバスケをしに行くのだから、これは俺らの「日常」だ。


「あの日の夢って....、粋なタイトル付けやがって。」


まさかこんな絵が展示されるとは思わなかった。来て正解だったなぁ.....。










なまえは盛大な拍手で迎えられるなりステージへと上がった。マイク片手に歩いてくる彼女はヒラッと揺れるワンピースに高めのヒールを履いて照れ臭そうに笑ってる。外国人のイントネーションでの「なまえ!」という呼びかけにニコニコと手を振っている姿がめちゃくちゃ可愛い。


「綺麗になったよなぁ、本当に....」


なまえはここ数年急激に綺麗になった。元々可愛い上に綺麗で可憐な雰囲気の子ではあったが、自分に自信を持っていなかった高校時代なんかと比べたら、魅力も自信も身につけたなまえは比べ物にならないくらい「美しく」なっているわけで。その理由の大半に俺が関係しているにしても流石に綺麗になりすぎてるのではと心配になる。


黒くて長い綺麗な髪の毛。本当に「美人画家」という日本での異名がよく似合う。フランス語もペラペラで相変わらずなんだってこなせる俺の彼女は眩しいくらいに輝いてるってわけだ。


「....今日のなまえも最高だな。」


翔陽高校の入学式、あの日俺は彼女を見るなり一目で心を奪われた。桜を見上げたり、花壇に咲いた花を見つめたり、入学式という雰囲気に少し緊張した様子だったり。微かではあったがコロコロと表情を変化させるその雰囲気が妙に魅力的でボワッと心が温かくなる感覚であった。派手な見た目で「藤真くん!」と寄ってくる女よりも、控えめで自信なさそうな雰囲気なのにどこか可憐で守りたくなるような、そんななまえに俺は心惹かれて、気付いたら彼女ばかりを目で追っていた。


美術部に入っているという情報を仕入れた時の俺の中での喜びようはここでは表せないほどだったし、俺のタイプとピッタリすぎて「この子だ!」って心が大騒ぎだった。生憎絵なんて上手く描けない俺にないものを全て持っている。三年間、会話はないものの同じクラスになれたことは本当に幸運で、彼女の成績がクラスのみならず学年でもトップクラスで花形と一二を争うほどの実力だと知った時も、この子は俺の為に生まれてきてくれたんじゃないかと、そんなことさえ思ったくらいだった。


パチパチパチと盛大な拍手をもらい、ニコニコと笑いながら挨拶を終えたなまえ。あぁ、本当に綺麗だ。


証明が薄暗くなり、途端にあたりはざわついた。なまえも予定にないことが起こり少し戸惑っているようだった。その時、俺が立っているフロアの後方にのみ突然スポットライトが当てられて、周りの視線が全て俺に注がれるわけだ。


「....なまえ!」

『っ、け、健司くんっ?!』


自分の周りのみ明るくなった俺に向かってなまえは驚愕した表情で「え、なんで?!」と騒いでいる。周りの外国人もこぞって俺を見るなりワーワー騒いでいるし、中には俺が今から言わんとしていることを悟ったのかヒューヒューと音を出す人も。あぁ、ありがとう。俺は今から一世一代の.......


「なまえ、..........」


その場を動きなまえのいるステージへと向かう。こんな粋な演出をしてくれる協力者には後でたっぷりとお礼をしなきゃいけないなぁ。


「俺と結婚しよう!!」


ステージの前へ立つなり俺がそう伝えればなまえは「えっ...」と呟いたまま固まった。ポケットから箱を取り出してパカッと開けばなまえは驚いたように目を見開いて俺を見た。


あぁ、もう。ここはフランスなんだった。どうりで俺がプロポーズしたって、周りが静かなわけだ。しかしどうにもこうにも、フランス語はわかんねぇしなぁ....こうなりゃプロポーズの言葉くらい予習しておくんだった。


「....Will you marry me?」


こうなりゃ世界共通語に頼るのみ。俺がそう口にすれば周りは途端に「わぁぁあ」と盛り上がり、ヒューヒューと騒がしくなった。いつかなまえをナンパした外国人め。見てやがるか?今この場にいなくたって、明日の新聞でも読んで「俺」という存在を知りやがれってんだ!


『....健司くんっ!』

「っ、うおっ?!」


突然ステージからジャンプしてなまえが飛び降りた。慌てて指輪片手に受け止めれば涙を流しながら「よろしくお願いします」と笑ってくれる。


『もう、大好きだよ、馬鹿.....!』

「ハハッ、ありがとう、なまえっ.....」


盛大な歓声と拍手に包まれる中、俺はなまえにくちづける。


「これからもよろしくな!」

『こちらこそ、よろしくお願いしますっ!』


きっかけは一枚の絵だった。見覚えのある夕陽が描かれた絵を見かけた廊下で、俺の胸の中はちょうど今みたいにブワッと熱くなった。もしかしたらみょうじさんも、俺のことを.....?だなんて、あの頃の自分に言ってやりたい。そのまま真っ直ぐ突き進めって。迷ってもその子を信じて、その手を絶対に離すなって。その先には、信じられないほどの幸せが待ってるんだって、さ。


「幸せすぎて死ぬかもしんねぇわ.....」

『ダメ。そんなことさせない。』

「余計に死ぬわ.......」





Congratulations on your marriage!


(俺本当に、生まれてきてよかった.....)




月影様

この度はリクエスト企画に参加していただきありがとうございました(^^)☆大好きな作品を再び書けることに喜びを感じて、ついついたくさん書いてしまいました。どうしても個展を開いて神くんと南くんを呼びたかったし、そこで藤真くんの不安が募りに募るシーンを書きたくて、そこだけは外せないと思った結果こうなりました(><)私の中でのポイントは藤真くんが、募りに募った不安の元である南くんとなまえちゃんが会っていたということを、なまえちゃん本人に問いたださなかったことです。あの絵をプレゼントされたことで自分の中で方をつけて、そのことはもういいんだって消化したところがポイントかなと思いました!あの時藤真くんは確実に結婚を意識したと思います。もう絶対にこの子を離さないっていう覚悟を決めたきっかけになりました!プロポーズは完全に私の好みで書いてしまいました(^^)
いつも本当にありがとうございます。今後ともよろしくお願いします!





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