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「...このような形で戻ることになり、申し訳ございません。」

「何を言うか、無事で良かった。」


栄治は雅史と美紀男を引き連れ平泉へと戻った。何年かぶりに会った牧は以前とちっとも変わらず、栄治を自分の息子のように可愛がってくれる。


「また、世話になります。ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします。」


栄治は京にいられなくなった。楓にあんなことを言われて追放される形となったからだ。あのままあそこにいても、きっと敵が味方かわからない存在が多発して落ち着かないだろうし、金に眩んだ中身に裏切られて父上のように斬られる可能性だってある。


「栄治が戻って嬉しい。」

「そう言っていただけると幸いです.....」


以前よりも年齢を重ねた牧が「栄治に紹介しておく」と背の高い男を引き連れて目の前へとやってきた。栄治は静かにその男を見上げる。とても綺麗な顔をした人形のようなビジュアルである。


「私の息子、宗一郎だ。」


宗一郎と紹介された男は牧紳一の長男であった。栄治を見るなり「お初にお目にかかります」と頭を下げてくる。栄治が平泉に住んでいた頃、宗一郎とは顔を合わせる機会がなかった為初対面となった二人は互いに頭を下げあった。


「お噂は予々。栄治殿の軍事には頭が上がりませぬ。」


宗一郎はそう言うものの、心の内ではあまり栄治をよく思っていなかった。元はと言えば赤の他人であり血縁がない上に、父である紳一がやけに気に入っている。このまま父から奥州牧家の家督を譲り受けるのは間違いなく自分だという自信はあったが、軍事の天才と呼ばれる栄治が、自分の上に立ち深く関わってくることは容易に想像ができたからだ。それに藤真家の当主、楓から追われる身となりつつ逃げてきたというではないか。いつか栄治が正式に罪人となりこの場で身を潜め、自分が罪人を匿った罪を着せられるのは御免であった。


「とんでもございません。今や兄上にとって邪魔な存在のようです....しばしこちらで世話になります。」


栄治は悲しげにそう言うと紳一の元でせっせと働いた。あれだけ戦へ行くことを懇願し、やっとの思いで行かせてもらえたのにも関わらず、どんな理由であれ再び逃げるようにして戻ってきたことを申し訳なく思っていたのだった。紳一はそんな栄治の心の内を全て見透かしていた。相変わらず栄治に優しい父親の姿を見て宗一郎の心は楓同様、ドロドロと黒いものに支配されていく。













栄治がひとり京を去り、残された栄治の家臣達は楓に対してひどく不信感を持っていた。あんなに活躍し楓の力になった栄治を、どんな理由であれ掌を返したように追い出すとならば黙っちゃいられない。しかし楓の家臣達の監視が酷く、自分勝手な行動は一切許されず、皆して藤真家当主楓の元で働く以外選択肢はなかった。


楓はとある晴れた日に、父である健司の墓へと足を運んだ。そこには以前自分の家臣として迎え入れた南とその息子、実理がせっせと墓磨きをしているではないか。


「....楓様、ご苦労様でございます。」


二人は楓に頭を下げた。南はちょうど花菖蒲をお供えしようとしている最中で、楓はその花を南から奪い取った。


「そなたは、よく知っておるな。父上が生前大変好んだ花だ。」


綺麗に咲いている紫色の花菖蒲。その花束を見つめるなり楓はそう呟いた。南はそんな楓を見ながら「健司様がお喜びになるかと...」と返事をする。


「こんなに綺麗に磨いてもらい、父上も喜んでいるだろう。」


南の心の内はただ美濃尾張という土地の地主になりたい、その一心であった。自分の土地が欲しい、領地をもらい金に不自由なく暮らしたい。健司の墓参りなどただの楓のご機嫌取りだ。自分が裏切る形となり命を奪った藤真健司や娘婿の花形透など、実際南にとってはどうでもいい存在だったのだ。


それを楓は見抜いていた。


「....しかし、こんなに綺麗な花菖蒲でも、父上は喜びはしないだろうな。」


先程までとは一転、楓の目つきは鋭く冷え切ったものへと変わり、南はその様子に気付いてしまった。何を言われ何をされるか想像はつかないが、楓が完全に怒っているのは確かだ。


「か、楓様.......?」

「そなたに供えられる花など、例え花菖蒲でも喜びはしない。父上は今頃、そなたを憎んでおられるだろう。」


父上はもう随分と前に斬られたというのに、そなたはいまだにのうのうと生きているのだから。


楓はそう言って、ゆっくりと刀を抜いた。その刀は南の首元で止まる。


「....お話が、違うではありませんか......」


南は震えながらそう言った。確かにおかしいとは思った。自分は楓にとって、父親を斬った罪人。仙道を倒す理由にすらなったその出来事。指示したのは仙道とはいえ、実際に実行したのは自分自身。そんな簡単に許されるはずない、と。恩賞に目が眩み、甘い言葉にまんまと乗っかってしまった自分を恨みながらも南はなんとか命乞いをしようと頭を働かせる。


「楓様....私に、美濃尾張をくれると......」

「あぁ。約束したな。」


楓の表情は変わらない。あまりに冷たくて南の背筋が凍る。


「そなたに.....美濃尾張 (身の終わり) をやる、と。」


楓の発音に南は目を見開いた。甘く誘われたその言葉の本当の意味を知り、絶望感で膝から崩れ落ちた。


「か、かえで....さま、........」

「父上の前で逝くがいい。私からの贈り物だ。」


身の終わり。それは南に贈られた楓からの贈り物であった。


「....父上、申し訳ありません。直ちに処理致しますので。」


楓は刀を振りあげて、健司の墓に向かってそう声をかけた。飛び散った血痕が健司の墓にかかってしまったことへの謝罪であった。


「綺麗に拭いておけ。この花は飾るな。新しい花菖蒲を用意しろ。」

「かしこまりました。」


倒れた南の元に落ちている花菖蒲。それは藤真となまえにとっての思い出の花であった。









くれてやる、一番の地獄を


(....残すは栄治のみ)











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