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「栄治....、」

「は、はいっ!楓様....!」

「ここはそなたに任せる。」


楓の一言により栄治は目を見開いた。家来が集まる中心に向かってドンと背中を押された栄治は焦ったように楓を見上げる。


「楓様....、何故私が......?」

「そなたは上に立つ者としてとても相応しい。」


楓が突然栄治を部隊の大将に任命したのには理由があった。先日自分達の元へ合流してきた異母兄弟の栄治。数多くある細かな戦を共に戦い、楓は感じていた。栄治はとても優秀で戦慣れしている頭のキレる男なのだと。細かな部分まで行き届いた観察力と鋭い洞察力、戦略や策略においてはピカイチで、一兵士として置いておくにはもったいないと。


「栄治、任せてもよいか?」

「....は、はいっ!」


栄治は胸を高鳴らせた。まさか自分が兵士の先頭に立ち戦に臨む日が来るなんて思いもしなかった。認めてもらえたような気がして俄然やる気が湧いてくる。


「負けは許さん。やるからには勝て。」

「....承知致しました。兄上。」


栄治は得意げに楓をそう呼んだ。絶大なる信頼と親しみを込めた「兄上」という呼び名。異母兄弟とはいえ同じ父親の血を受け継ぐ者同士。楓は一瞬目を見開いたがすぐに「あぁ」と返事を返した。


「藤真九男、栄治と申します。」


栄治は自分の手下になる兵士達に次に向かう戦の戦略を説明し始めた。その様子を見て楓はその場を去る。細かな戦が重なり、藤真家の総大将として名を馳せる楓にはやらなければならないことがたくさんあった。小部隊を任せられる適任者がいるのなら、そこは自分達でなんとか戦い抜いて勝利を収めて欲しかった。栄治に適任だと大将という役目を与え、自身は今後の戦について考え始めたのだった。









仙道彰は年齢を重ねたこともあり、仙道家の総大将を既に降りていた。直接奴を斬ることはもはや叶わないのかもしれない。けれども楓と栄治の目標は変わらない。あくまでも「仙道家滅亡」を掲げた二人は数多くある小さな戦に精を上げ、着実に力をつけていった。特に栄治の戦いぶりはとても優秀なもので、戦を重ねるたびに地方の兵士が名を挙げて、栄治の元で戦いたいと希望して仲間が増えていくほどであった。


そしてついに、仙道家総大将との戦いが幕を開ける。地道に攻め込んできた藤真家は楓と栄治を二大当主として莫大な兵士数を誇る大きな軍となっていた。直前の戦で敗れた仙道軍は島へと逃げ込み、水軍を使って戦い抜く様子である。


数は随分と減り、仙道軍の人数は藤真軍と比べてかなり少ないものの、奴らは水上での戦いに長けており、それを得意とする水軍なるものが島を包囲している。容易には近づけない上、藤真軍は水上での戦いは得意としていない。しかし時間をかければかけるほど、相手は島で再び勢力回復を図るかもしれない。楓は焦っていた。


そこで立ち上がったのが栄治であった。


「兄上、ここは私にお任せください。」

「栄治、無理な振る舞いはよせ。逆に相手を回復させるきっかけになりかねん。」


楓の冷静な判断も、周りの武将の意見も、すべてを跳ね除けた栄治は独断で島へと向かった。栄治には絶対に何があってもついてきてくれる、彼を信頼しきった手下たちが数多くおり、いくら藤真家当主の楓が制止しても、栄治が行くのなら行くと、こぞって単独行動を開始した。


栄治は島へと向かう前、天皇であった清田信長に「仙道軍追討」の旨を宣言させた。それがあればもうあとは攻めるだけ。


「いいか、奇襲作戦を行う。」


栄治が考えたのはまさしく奇襲で、夜明け前に襲い込み、暗い海での戦いを挑むものであった。兵士達にこっそりと耳打ちし「絶対に勝つ」と誓った栄治はその晩、宣言通り奇襲作戦を実行したのだった。


栄治の作戦は物の見事に的中し、奇襲によってさらに仙道軍の兵士数を減らすことに成功した。


「絶対にここへ逃げ落ちるはずだ。行く手を阻め。」


そして抜かりはない。逃げ落ちると予想した場所にも先手を打ち、完全に逃げ場をなくさせた。栄治の優秀な采配、的確な指示、あまりにも行き届いた細かで抜かりない戦いぶりはまたしても兵士たちの信頼を獲得する。


最後の最後まで栄治は攻め続けた。奇襲をかけた後は水上での戦い方など知らないのだから、相手の船に飛び乗り、構わず相手を斬り落とすのみ。兵士数も抜群に多い栄治軍はあっという間に仙道軍の大半を斬ってしまった。


そして次第に、勝敗が決まってきたと思った仙道軍の生き残り達は、「斬られるくらいなら」と自ら海に飛び込む。入水する者が後を立たず、栄治が辺りを見渡した頃には既に仙道軍全員、船上で斬られて倒れているか、海に飛び込んで自害したかのどちらかであった。栄治の絶大なる活躍により、ついに「仙道家滅亡」という大きな目標を達成したのであった。











仙道彰もまた、病気で命を落とした。よって恨みの元であった「仙道」を名乗る者は一人残らずいなくなった。


「....そなただけは、助けてやる。」


唯一、仙道家の身内で一人だけ助けてもらったのは名を「彦一」と名乗る青年であった。楓にそう言われて泣きそうな顔で「どうしてですか...」と問う彦一。そんな彼に楓は口を開いた。


「そなたはまだ小さかった頃だが、私はそなたの母親に助けていただいたのだ。」


藤真健司が斬られた頃、共に戦っていた楓は仙道彰に捕らえられた。突然斬首かと思いきや、楓は縁があって命拾いしたのだった。


「そなたの母親が言った。亡くなった息子にそっくりだから....斬らないでくれ、と。」


仙道彰にそう懇願した女性こそ、仙道彰の乳母であり、この彦一の母親であった。


「敵である私の命乞いをしてくれた。その借りを、そなたを助けることで返させて欲しい。」

「....楓様、ありがとうございます....」


彦一はそう言って深々と頭を下げた。楓は手下に「この者だけは絶対に生かす」と告げる。仙道の血が流れていようがそんなのは関係ない。自分だって藤真の血が流れているのに、仙道側の人間に助けてもらったのだから。


仙道家滅亡を達成した藤真家当主の楓と、瞬く間に有名人となった栄治。二人の間にはしばらく穏やかな日々が流れた。しかし、日を重ねるにつれて、栄治の名はどんどんと広がっていき、遠い地方の庶民にすら栄治の話は行き届いていた。


行動力や戦法がピカイチで、頭のキレる優秀な武将。「軍事の天才」との異名をつけられた栄治は藤真家の兵士達にも絶対的な信頼を受けて、周りの人々全員に称えられた。しかしそれに甘んじず栄治は楓と共にさらに上を目指し共に生きていく覚悟さえできている。


「そなたは感謝してもし足りない。」


天皇であった清田信長は栄治の活躍を未だかつてないほどに称えた。目が眩むほどの恩賞を受け圧倒的な信頼関係を築いた栄治と清田天皇。しかしそれは、藤真家の当主である楓の知らぬ間に行われていたことであった。いくら楓と栄治が名を馳せたとはいえ、暫定的な当主は楓であることを忘れてはいけない。一番上の者に内緒で恩賞を受けるなど許されないことであった。


「楓様、栄治殿が.......」


楓の家臣が栄治の噂話を告げる。自分の知らないところで行われていた天皇からの恩賞。それを知るなり楓はふと無表情になった。


「栄治.......、」


異母弟とはいえ、可愛い弟。頭のキレる優秀な部下。共に戦うのに頼れる存在であったことは事実だ。しかしいくら勝利を収めたからとはいえ、自分の制止を無視して島に乗り込んだことや、勝手に恩賞を受けたこと、そして周りの人々全員が「栄治殿」「栄治殿」と弟を称える姿に楓はいよいよ我慢ならなくなっていたのだった。






そなたは身内で明日の敵


(....あまり出すぎた真似をするな.....)










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