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なまえ、寿、大、栄治の四人が身を潜めて数日、「藤真一行を追討せよ」と命を出した天皇は国に向けてこんな知らせを出した。


『.....母上が捕らえられた.......?!』


なまえや幼子三人が逃げ落ち身を潜めていることに腹を立てた天皇側は、田舎にいるなまえの母親を人質にとったのだ。そうすることでなまえや幼子が姿を現すと思ったのだろう。


『母上は何も関係ない......!』


けれども助けに行けば自分たちは確実に斬られてしまう。なまえは悩んだ。幼子を置いて自分だけ出頭するべきだろうか。けれどもどちらにしろ「藤真健司の血を受け継ぐ」という理由だけでこの子達はいずれ見つけられ斬られてしまう。


『........寿、大、栄治。』

「はい、母上......。」


不安そうな顔でなまえを見つめる寿と大。栄治は相変わらず部屋の中を走り回っている。


『....私達は健司様を含め、五人、どんな時でも一緒です。』

「....父上に会えるのですか?」


寿が少しだけ顔を上げて嬉しそうになまえに問う。自分の口からも不意に出てきた「健司」という名前に予想もしない場面で涙目になってしまうなまえ。ダメだ。必死に耐え抜いてきたのに今ここで泣くわけにはいかない。


『もうすぐ....会えるかもしれません。』

















『.....藤真健司の側室、なまえと申します。』


なまえは逃げも隠れもしなかった。


『どこへも行きません。母上は藤真家と関係のない人物です。私の母上を解放してください。』


幼子三人を後ろに隠し自分一人は前に立つ。目の前であぐらをかき自分を見下ろす仙道彰。なまえの声を聞くなり「放せ」と一言、言い放った。なまえの母は捕らえられていたが仙道の命により一瞬にして自由になる。しかし目からはボロボロと涙がこぼれ、今から娘や孫がどうなるのか考え声にならない声で叫んでいた。


『....私や子たちを殺すのは仕方のないことかもしれません。』


仙道は涼しそうな顔でなまえの話を聞いている。


『藤真の血を受け継ぐ者として当然の報い....。しかし、この目で幼子たちの死を見るのはつらいのです。』


なまえはそう言うと深々と頭を下げた。後ろで栄治の楽しそうな声が聞こえてくる。


『どうか....どうかお願い致します。私を先に...斬ってくれないでしょうか....。』


泣きたくなんかないっていうのに、目からは止まらず涙が溢れた。死にたくなんかない。この子たちの成長を見守って安心して死ねるまでは.....でも健司様が先に逝かれたのなら、私もその後を追う。お願いだから私を先に........


仙道は顔色ひとつ変えずなまえの願いを聞いていた。しばらく時間が経った後、なまえの鼻を啜る音と栄治の楽しそうな声以外静まり返ったこの場に仙道の声が響いた。





















「そなたの願いは聞き入れない。」

『えっ........、』


仙道はそう言うと立ち上がり、高価な着物を纏ったまま一歩、また一歩と下りてくる。なまえの目の前まで来るとそこで立ち止まり強引にもなまえの頭を掴み無理矢理顔を上げさせた。


「その代わり、私の願いを聞き入れよ。」


仙道はそう言うと、目に大量の涙を溜めたなまえから目を離し、後ろでジッと見つめてくる寿と大に視線を向けた。


「その幼子、三人とも助けてやる。」

『.....えっ.......?』

「....そなたが私の、妾になってくれるのなら。」


仙道はそう言うと不敵な笑みを浮かべ「どうするかはそなたが決めなさい」と言い放つ。


『....妾になれ、と....?』


理解に苦しむなまえがそう問えば「そうだ」と仙道は返事をする。


『しかし....妾とは....。私は藤真の側室で...敵の女子を妾にするとは....、』


それは前代未聞のことであった。妾とは俗に言う「愛人」のことであり、側室と呼べるまでの正式な関係までいかない。なんとも曖昧で所謂「遊び」のような関係性であり、まさか敵の大将の側室を自分の妾にしようだなんて、そんな試みを行った者は未だかつて存在しなかったのだ。


「なんだって構わん。そなたはとても美しい。」


だから側に置きたいと思ったのだ


仙道はそう言うとやはり不敵な笑みで笑いかける。なまえは固まった脳をなんとか起こした。答えを出さなければならない。例え理解不能である願いだったとしても、幼子三人の命が懸かっているのだからそう簡単に返事をするわけにいくまい。


「どうする、なまえ。ちょうど藤真の三番目の子も、生かすことに決まっておる。ついでだからその三人も助けてやろうではないか。」


戦に負けた際健司と共に落ち行く途中で仙道の手下に捕まった藤真の三番目の息子は、斬首を逃れ、流人として伊豆へと流されることが決定していた。


「生涯藤真健司の女でいたいのなら...このまま...その幼子達から斬らせてもらうが。」

『...その必要はありません。』


なまえはそう言うと仙道を見る。


『私は妾になります。ですから幼子が斬られる必要などないのです。』

「そうか。それは良い判断だ。」


















なまえは藤真健司を死に追いやった敵の大将、仙道彰の妾となった。そこには裏切りや罪悪感が永遠と付き纏うのだが、子の命には変えられないとなまえは自分自身を言い聞かせた。


寿と大は成人を迎えると同時に僧になることを約束し、それぞれ別々の寺へと送られた。育ての親がかわりに育ててくれると聞かされてもなまえは不安でいっぱいであったが、仙道の計らいにより月に何度か顔を合わせてもよいと許可が出た為少しだけ安心していた。栄治はまだ幼い為、後数年は自分の手元で育てることとなり、寿や大と違いなまえの側から離れることはなかった。


「どこから見たって....なまえは本当に美しい。」


仙道はなまえを妾にするなり正室や側室を放ったらかしにして毎晩のようになまえを抱き、愛した。


なまえにとってそれは地獄のような時間であったが、自分を手に入れることと引き換えに子の命を救い、藤真の血を引く栄治のこともまるで我が子のように可愛がってくれる仙道を見てなんだか不思議な気持ちであった。憎くて憎くてたまらないのに、感謝しなければならないような、そんな立場にいる。


『彰様は....どうして私を斬らなかったのですか....?』

「こんな美人を斬るなんて...許されないだろう?」

『けれども...憎くないのですか...?』

「斬ったら君はまた藤真健司の元へ行ってしまうからね...。それに、あんな涙を見てしまったら手に入れたくなってしまうんだよ。」


そう言って仙道はなまえの唇を奪った。


私を先に斬ってほしいと、そう仙道に頼んだなまえは目から大量に涙を流し、声も震えていた。しかし仙道はそんななまえの姿に目を奪われていたのだ。あまりにも綺麗で妖艶で可憐で、一瞬にして「自分のものにしたい」と思ってしまった。


なまえの美貌とは、それほどのものなのだった。憎き相手の側室であったとしても、敵側の女だったとしても、幼子を三人産んだ母であったとしても、それでもそんなこと気にならない、そんなことはどうだって構わないと思わせるほど、なまえは美しく、綺麗な女性なのだった。


幼い頃から父や母が自慢していた。「我が娘が一番の美人だ」と。自分にとってはどうでもよかったそれは、京の千人の女から彩子に選ばれ、藤真健司という優秀な武将を惹きつけ、敵の大将である仙道彰さえも魅力する、相当な武器だったのだと今になって気付く。


今宵も仙道に抱かれながらなまえは今ある状況を考える。藤真が知ったらどうなるだろう.....そんなことをぼんやり考えながら抱かれるなまえの目からは一筋涙が溢れたのだった。















私に「裏切り者」と怒るのだろうか


(他の男に抱かれる私なんて...健司様は想像もしてないでしょうね...)






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