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「父上.....先に行ってください.....。」

「一志、離れてはいけない。」

「もう足が....もちそうにないのです....。」


東国へ逃げ落ちる最中、幾度となく落ち人狩りに遭った藤真一行。その中で二番目の息子、一志は何度目かの落ち人狩りで足を負傷したのだった。


逃げる際、足手纏いになってしまうと感じた一志は父である健司に先に行くよう頭を下げた。


「必ず追いつきます。父上を置いて、先に果てたりしません。」

「一志......、必ずだぞ.......。」


はい、と返事をした一志は先を急ぐ父の後ろ姿を見て涙を流した。心の中で「先に逝くこの無礼者をお許しください」と、そう告げる。


一志の足の傷は健司が思っていたよりも重傷で、その場を動くことすら困難な状況であった。このままこの場に立ち往生していても、幾度となく現れる落ち人狩りに遭うだけだ。一志は自らの腹に刀を向けた。どうか、父上だけは助かってください.....そう願いながら。











「健司様、私の親族がこの近くに......」


共に逃げ落ちた花形透の声により藤真は静かに頷いた。平治元年、十二月の大晦日のことだ。寒さに凍え度重なる落ち人狩りに耐え抜き、やっとのことで身を潜める場を見つけた藤真健司は着ていた羽織は千切れ、あまりにみすぼらしい格好であり、声を絞り出すのにもやっとのほど弱っていた。


「義父殿、ご無沙汰しております.....夜分遅くに申し訳ございません.....。」


花形透の嫁の父親である南烈という男、そして息子で花形の嫁の兄である実理は、久しぶりに見た花形の姿に驚き目を見開いた。何年ぶりかの再会を果たしたわけだが、以前見た姿とはまるで違う、やつれ、頬がこけ、ボロボロとなった花形に「何があったのか」と率直に問う。


花形は事の次第を説明した。すると南は「わかった」と言うなり、部屋にそれはそれは豪勢な食事を用意したのだった。それを見るなり藤真は物凄い勢いで箸を進めた。とうとう食わねば死ぬと思ったのだ。ありったけの御馳走に手をつけ無心で頬張った。そんな様子を見るなり花形は少しだけ安心したのだった。


「絶対に死ぬものか」と言いながらも、ここへ着くまでの道中、心が折れかけた藤真は何度か自害しようと試みていたのだった。その度に必死で止めに入った花形は藤真の無我夢中で食事を平らげる姿を見てほっと肩を撫で下ろした。生きている、まだ生きようとしている。それだけで今は十分だ。


「そうか....、戦で敗れたのか....。」

「はい....。行くあてはあります。数日でいいのでここで匿ってもらえませんか?」


南烈は花形の話を聞くなり渋い顔をした。簡単に了承はできない。落ち人を匿ったとなれば、いずれ公に明かされた時、罪人を匿った自分達も罪を被ることとなる。被害を受けるのは御免だ。しかし娘の婿である花形を簡単に追い返すわけにもいかない。南は悩み、しばらく間を開けた後「わかった」と小さく呟いた。


「ありがとうございます...この御恩は一生忘れません。」

















「健司様を風呂場へ案内しろ。」


南の声が響く。息子の実理は立ち上がり風呂場の案内を始めた。久しぶりに食事を口にした藤真が少しだけ潤い正気を取り戻したような顔で立ち上がり後をついていく。花形は藤真が自分の元から離れていくことにほんの少しだけ嫌な予感がしたが口には出さなかった。それは藤真が再び変な気を起こさないかということに加え、家来である自分のいない場所で彼に万が一何かあったら...というところから来ていたのだが、藤真が風呂に浸かり少しでも疲れをとってくれるのならそれに越したことはない。


ひとり、残された花形に一気に疲れが押し寄せてくる。まともに飲み食いしなかった挙句、隣ですぐに自害しようと試みる君主を必死になだめてきたのだから。「健司様、いけません。」「必ず帰ると、約束したのでしょう?」そう何度叫んだかもう考えたくもない。一志は今頃どこにいるだろうか。最悪の事態を考えては身震いがする。一志だけじゃない。藤真の三番目の息子も捕まえられたし、きっと今頃斬首となっただろう。


ただただ静かに時が流れる。このまま眠ってしまいたい。そして永遠に目が覚めなかったらいいのに。それか、これが全て夢なのだったら.....。もう一度戦の前からやり直せたら......花形が叶いもしないことを考えていると遠く離れた場所から何やら大きな物音が聞こえた。


「.....まさか、健司様.....?!」


花形が立ち上がり部屋の襖を開けた時だ。


「.....もう手遅れだ。」


そこに立っていたのは南であった。ひどく冷淡な顔でこちらを見ている。花形は慌てた。「健司様を斬ったのか...?」なんて、想像もしたくない言葉が口からは出てきた。


「義父殿......まさか........!」

「....あぁ。悪く思うな。」


そう言うと南の後ろには実理や他の手下たちが駆けつけ、花形は多勢に囲まれた。実理の手には血がついておりそれが藤真のものだと考えただけで花形の目には涙が溜まった。


「ここまで耐え抜いたのに、......健司様.......!」


花形は多勢に囲まれながら震える手で自身の刀を腹に向けた。


「.....貴様らに斬られるくらいなら、自分で......っ、」


花形は目を閉じた。すぐそこに藤真がいる。そう思えばもう何も思い残すことはない。もしかしたらその先には一志もいるのかもしれない。


「健司様.....、すぐにいきます。私は健司様の側近です......。」


花形は目から涙を零し自身の腹に刀を刺した。














藤真と花形、両者を斬った南烈と息子の実理は、後日仙道から多大なる恩賞を受けたのだった。藤真や花形が南の家を訪れた際、あの田舎へも既に上からの命が行き渡っており、藤真一行の追討は既に南の耳にも入っていた。罪人を匿うことで、それが知られてしまった際に自分も罪を被ることを考えて....というよりも、南はただ恩賞に目が眩んだのだ。娘婿の死や将軍の死などどうだって構わない。ただ、偉くなりたい。名を馳せたい。高い地位につきたい。それだけの理由で、一切の抵抗ができない風呂場へと藤真を誘い、浴室で彼を斬った。食事の際に少し酒を飲ませたこともあり藤真自身疲れも相まって相当頭が回らない状態での死であった。それを追うようにして自害した花形。結局南は土地を授けられ地主となるほどいい恩賞を受けたのだった。















『......健司様が.................、』


藤真が味方に裏切られる形で斬られたことは当然なまえの耳にも入った。「必ず帰る」と言った藤真はなまえが「もう会えないかもしれない」と予想していた通り、帰らぬ人となった。あまりの悲報に震えが止まらない。そんな様子を見た寿と大はひどく母親を心配した。


「母上.....、大丈夫ですか......?」


五歳の大がそう呼び掛ければなまえは涙を溢したまま「大丈夫よ」と答える。自分で言って自分で「何が大丈夫なのだろう...」とさらに涙が溢れるなまえではあったが、たちまち頭の中に「罪人」という言葉が浮かび上がる。


藤真一行を追討するとなれば..........


『....ここにいては危険です。寿、大.......。』


二人に呼び掛ければ、幼いなりに理解しようと努力しているのか必死になまえを見て目を逸らさない二人。続けて「逃げましょう」と震える声で伝えれば、あまりの雰囲気に重大さを知ったのか「はい」と声を揃えて返事をする二人なのだった。


『栄治.....、来なさい。』


まだまだ走っては転んでばかりの栄治を抱き抱えるとなまえはまず、とある人物の元へと向かった。











『失礼致します。彩子様.......』


久しぶりに再会する彩子はなまえを見るなり駆け寄った。宮城は既に天皇ではなくなったが、当然の如く彩子の耳にも戦や藤真の死について入っており、なまえに「あなた....大丈夫なの......?」と涙声で問う。


『彩子様.....、私達は追われる身です。逃げなければならなくなりました。』


なまえの目はすっかり涙が引っ込み、強い母親の顔をしていた。夫の死を受け入れられない。けれども時は待ってくれない。私には幼子が三人いる。藤真の代わりに守らねばならないとなまえは強く心を保っていた。


「そうね.......絶対に捕まるんじゃありませんよ。」

『彩子様......。感謝申し上げます。』


「彩子様に出会えたことが、私の人生、何よりもの幸せでした。」なまえがそう告げると彩子は目から涙を溢す。


「何言ってるの.....永遠の別れじゃないわ。」

『そうですね....。それでは、行って参ります。』


なまえは深々と頭を下げ三人の子を連れて逃げ落ちた。道中知り合いの家を片っ端から当たったが、どの場所も「罪人を匿いたくない」と追い返され、身を隠す場所が見つからない。やっとの思いで受け入れてくれる場所を探すことができた頃、仙道のいる京ではまた別の事件が起きていたのだった。













必ず帰ると言ったのに


(約束を破るだなんて...健司様は悪い人です...)




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