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保延4年、この世に生を受けた女子は名をなまえと言った。両親から愛情を受け育ったなまえが13歳となった頃、京では天皇であった宮城という男から直々に「中宮の雑仕女を募る」との知らせがあったのだ。
中宮とは天皇である宮城の后である彩子のことであり、雑仕女とは自分の身の回りの雑務を行わせる身分が随分と下の位に位置するものであった。しかし京中の女子たちはこぞって我こそはと立ち上がり、天皇である宮城や中宮である彩子に顔を見せるべく行動を開始したのだった。
彩子はとにかく綺麗好きで、雑仕女すらも「綺麗な子に任せるのだ」と宮城に言っては聞かなかった。例え身分が低い雑仕女だったとしても、天皇や皇后の側でお仕えするというのは一庶民からしてみれば大層憧れるもので、その先にある偶然の出会いやもしかしたら身分の高い殿方にお気に召されるかもという野望が、京中の女子を奮い立たせた。
なまえは周りと違い、我こそはと京へ向かう女子を目にしながらも自分は蚊帳の外であった。雑仕女だなんて面倒そうだし、キラキラした世界に踏み入ることに戸惑いもある。天皇や皇后とは庶民からしてみたら位の高い頭の上がらない人物で、さぞ快適な暮らしをされているのだろうと思うけど、実際蓋を開けてみたらそんなことなくドロドロとした世界に違いないと信じて疑わなかったのだ。だって宮城天皇にはもうひとり后がいるし、そちら人の方が先に后になったから、「皇后」と呼ばれ、彩子は「中宮」と呼び方も違う。意味は同じ「皇后」なのだけれど.....
そんななまえの代わりに立ち上がったのは彼女の両親で。うちの娘をぜひと無理矢理連れて京へと向かったのだった。乗り気ではない彼女を無理にでも連れて行った理由のひとつに、ここらにいるよりよっぽど素敵な殿方との出会いがあるという下心があったが、理由のほとんどはなまえの美貌にあった。
中宮、彩子は、とんでもない綺麗好きという噂ではないか。天皇が自ら声を上げ雑仕女を募集するほどの。そんな彩子に見初められるのはうちのなまえに違いないと両親は自信満々に立ち上がったのだ。
自慢じゃないがうちの娘はここらじゃ有名な美人なのだとなまえの両親は鼻が高かったのだ。いざ、その美貌を使うときが来た。嫌がる本人をつれやってきた京でなまえは門番であった男に「そなたはこちらへ」と連れて行かれたのだった。
千人をも超える中から選ばれた十人だけが、彩子本人に会うことができる。その中から中宮直々にお気に召す一人を選んでもらおうと天皇であった宮城はそう考えた。門番や屋敷の人間が選んだ最終十人を目にして宮城は思う。
「君、名はなんと申す。」
『みょうじなまえと申します.....。』
名前を知りにっこりと笑った宮城は心で思う。この子に決まった、と。天皇として最高位に位置する彼ですらなまえの美貌には度肝を抜かれ、こんなに綺麗な女子が京にはいたのかと驚かされたのだった。
「わざわざお集まり頂き感謝致します。」
宮城に声をかけられついに彩子が部屋へと入った。並んで頭を下げる十人の前に立ち、ひとりひとり顔を見ていく。
あなたじゃない、あなたでもない......
この中には彩子に見初められるほどの人はいない......しかし最後のひとりの前に立ち彩子は目を見開いたのだ。
「あなた.....名前は?」
『みょうじなまえと申します.....。』
全てを見届けいた宮城はにっこりと笑い、彩子の代わりに口にする。
「中宮の雑仕女はそなたに任せよう。」
『えっ.........?!』
こうして中宮である彩子のもとで雑仕女として働き始めた13歳のなまえ。初めこそ「何故?!」と戸惑いがあったが決まってしまったものは仕方ない。ましてやこの国で一番の天皇、皇后に顔を知られてしまった以上逃げ出すことも許されないのだ。
「なまえ、これを主上に届けなさい。」
『はい、彩子様。』
雑仕女とはいえ彩子はなまえをえらく気に入っていた。それは綺麗好きの彩子が見初めるほどの美貌だけではない。なまえは元の性格がとても真面目でやるべきことはきちんとやる要領のいい娘だったのだ。信頼のおけるなまえに雑務以外も任せ時には話し相手としてそばに置く。彩子はとてもいい娘を探し出すことができたと満足していた。
なまえの美貌はたちまち宮内の男たちに噂になり、彼女を一目見ようと中宮の部屋の前には人だかりができるほどであった。無論宮城に全て追い返されていたのだが。
「中宮の部屋へ何の御用だ!」
「申し訳ありません、帝...。中宮様の雑仕女をしている女子の噂を聞き...顔を見たく...。」
またか...とため息をつく宮城はこうなれば一度皆の前で紹介しようと案を出す。なまえが近い将来、少しでも幸せになれればいいとなまえの姉のような気持ちで彼女を思う彩子はそれを受け入れ、二人は雑仕女であったなまえを宮内の男たち全員を集めその前で紹介したのだった。
「この宮内へ中宮の雑仕女としてやってきた。名はみょうじなまえ。」
待ってましたと言わんばかりの男たちの歓声に宮城は呆れた。しかしなまえはこんなにもたくさんの男たちの前に立ったことなどなく、とても緊張した面持ちだったのだ。
中宮の部屋へと戻るなりなまえは「ふぅ」と深く息を吐いた。
「珍しいわね。緊張したのかしら?」
『はい....彩子様、私は田舎の娘でしたので......』
このような人の集まる場は初めてです。
そう続けたなまえに彩子はにっこりと笑って頭を撫でた。
「いつか巡り会える日が来るといいわね。」
『...何にでしょうか?』
彩子がなまえの幸せを願っているなど知る由もないなまえ。なんでもないわと首を振った彩子。それが果たして本当の「幸せ」なのかは別として、運命を変えようとする出会いがすぐそこへと近づいているなど、まだ誰も考えていなかったのだ。
新たな人生が始まりを告げる(ここへ来たことは偶然か必然か)