国体
▽ 2周年記念 藤真短編 「好きすぎるが故」 続編
「おい、みょうじ。お前いつもワンテンポ遅いんだよ。」
『これでも精一杯なんです!本当に細かいんだから...姑かよ...。』
「誰が姑だって?!聞こえてんだよお前...!」
別に俺は姑でもなければ口うるさい男になりたいわけでもない。ただ「好き」なんだ。本当にただそれだけ。
「なまえ、大丈夫?頑張りすぎはよくないからね。俺後で手伝うから。」
『ありがとう宗ちゃん...天使だよ本当に...。』
俺の方をチラッと見て「 あ く ま 」と口パクで言って去っていくみょうじ。声は出ずとも十分伝わってきたその三文字に俺が舌打ちすれば居なくなった彼女の代わりに隣にいた神が「ハァ」とため息をつく。
「藤真さん、勘弁してくださいよ。」
「は?」
「ああ見えても人から言われたこと気にして根に持つタイプなんですよ。」
なんでお前がそんなこと知ってんだよ。なんでお前が「俺のなまえですけど」的な顔してんだよ。そりゃ神がみょうじと仲良いのは承知済みだし同じ高校で選手とマネージャーならそりゃ他校の俺なんかよりよっぽど絆も深いんだろうよ。
でもな、気持ちでは絶対に負けてねーって言い切れるくらいには俺だってみょうじのことが......
「...冗談だってことくらいわかるだろ。」
「俺はわかりますけどなまえは真に受けますよ。」
「......馬鹿なのかよ、アイツ。」
「その馬鹿に惚れてるのはどこの誰です?今時好きな子いじめるなんて流行りませんよ?」
神は言葉と同じくらいキツイ顔で俺をジッと見てその場を去っていった。向かうのはもちろんみょうじのところで先程の宣言通りマネージャーの業務を手伝っていた。
国体に選ばれたことよりも、その国体にマネージャーとして海南の二年マネージャーみょうじが同伴してくれることの方が俺にとっては嬉しくて、そして重要で。やるからには絶対に勝つけれどそれよりも散々みょうじと話したり距離を縮めることを願っていた俺なのにいざ国体で顔を合わせるとなると口から出てくるのは思ってもいない言葉ばかりで。自分でも「は?」ってなるのだからあの子が俺のこと「何コイツ」と思うのもそれは当然なのだけれど。
好きだからこそ素直になれないというか、好きだからこそ「好き」と言えないというか。実際こんな経験は少なくて自分でも自分がわからない。次自分の口から出るのはどんな言葉なのか想像もつかなくて花形という名の俺専属の通訳さんを隣に置いておいた方がいいのかもしれない。あ、でもアイツなら俺が悪態つくたびに「今のは好きって意味だ」とか訳しそうだしそれはそれで要注意ってか。
『流川くん、ここ血が出てるから......』
「....うす、」
ゆっくり顔をあげれば流川の肘に絆創膏を貼るみょうじがいて治療を終えると流川の方を向き「よし、いいよ」なんて笑顔で声をかけている。それにあの無愛想が「サンキュ...っす」なんて敬語かタメ語かわからない言葉でお礼を言いなんだかいい感じの雰囲気を纏う二人がいるわけだ。
....もう何もかもが気に入らない。最高にモヤモヤして爆発しそうだ。俺だって話したいしニコッてされたいしアイツに絆創膏貼られたいし「健司くん」とか呼ばれたい。
『...私まだ何もしてないのになんでそんな睨むんですか...』
「まだって、じゃあ今から何かする気なんだろ。」
『何もしたつもりなくても藤真さんは怒るから変に警戒しちゃうんですよ。』
そう言って嫌そうな顔で俺の横を通り過ぎるみょうじ。ほどなくして高頭監督の声で練習が再開しみょうじは相変わらず忙しそうにバタバタと慌てて仕事をこなしていた。
「........あ。」
『あ.............』
疲れた〜なんて風呂上がりに部屋までを歩いていたら下宿先のロビーでバッタリ鉢合わせた俺とみょうじ。今から風呂にでも入るのか手には小さめのトートバッグを持っていて別に用はねーのに「あ」と出た俺に彼女もまた同じように「あ」と呟いた。
「......風呂?」
『あ、はい。......藤真さんはもう上がったんですね。』
「ん、まぁ。」
『................』
「................」
それ以降会話が続かないけれど立ち止まったからには動き出せない俺とみょうじ。体育館ではポンポン出てくる彼女への悪態をつくような言葉達も宿舎に戻った今はこれっぽっちも出てこなくて。むしろ練習着から部屋着に着替えたみょうじがやけに新鮮で別に可愛いなとか思ってねーけどなんかさぁ....こう.....
『...じゃ、じゃあ...お風呂行きますね。』
「おー.....ゆっくり入ってこいよ。」
『................』
みょうじは気まずそうにそう言い出だすと俺の返事を聞き目を丸く見開いて固まった。
「...なんだよ?」
『あ、.......い、いえ........』
俺なんか変なこと言ったか?意外とでも言いたげな顔で固まるからなんだかこっちが恥ずかしさを覚えてしまってかなり険悪な感じで出てしまった俺の「なんだよ?」にみょうじは慌てて風呂へと走っていった。
本当はさ、「お疲れ様」とか「頑張ったな」とか「明日も頼むよ」とかさ、そんな言葉かけてやりたいんだよ、俺だって。つーかさっきから俺は誰に向かって言い訳してんだよ......思ってんなら言えよってな。でも出来ねーんだよなぁ......
「なーに変な顔してるんですか、藤真さん。」
「.......っるせーな、神。」
「隣座りますね」なんてトレイを持ってやってきた神は俺の返答を待たずにドカッと腰掛けムシャムシャと食事を始めた。夕飯になりここでも休まずマネージャーとして配膳をしたり忙しそうに働くみょうじ。そんなみょうじに自分の番が来た俺は「腹減ってるから早くしろ」なんて超がつくほどの極悪人のようなセリフを言ってしまいただ今自己嫌悪に陥っていたところで。ちなみにみょうじはいつもの調子で「出た、姑」と呟いていた。
「なまえのことで頭いっぱいって顔してますよ。」
「さっき変な顔っつったよな?」
「はい。どうしたらいいかわかんねーみたいな、そんな変な顔です。」
途中俺の物真似らしきことをして見せた神。いやいや全然似てねーし。は?お前の目に俺はそんな風に映ってるわけ?もう最悪だよ、そりゃ。
「なまえが「姫」って呼ばれてるのはご存知ですよね?王子様。」
「........あぁ。」
あえて何も触れずにシンプルに答えれば神もそのまま何も触れずに話を続けてくる。なんだコイツ。なんか変だし面白い奴.....。
「本人は嫌がりますから呼ばないであげて下さいね。」
「は?なんで?」
「それは察して下さい。王子様なんでしょう?」
そう言うといつのまに食べ終わっていたのか神はトレイ片手に席を立ち「ごちそうさま」なんて言って俺の元を去っていった。アイツを「姫」って呼ぶつもりはサラサラねーけどなんで嫌がんのかな....と多少は気になりみょうじに視線を向ければちょうど仕事を終え今から夕食を食べるらしくバッチリと目があった。
『.....姑の視線が痛すぎる。』
「あ?なんだテメェは。さっきから姑、姑って...」
『藤真こそなんなんだ!ジロジロ見るな馬鹿!』
「...は?!お前今俺のこと呼び捨てにしたな...?!」
それに...ば、馬鹿だと...?!
この野郎と思い席を立てばみょうじは既に知らん顔で俺と少し離れたところで夕飯を食べ始めていた。...なんなんだよマジで...。はっきり言えば俺は今まで散々女からキャーキャー言われてきたんだよ。行く先々で「握手してください」やら「写真撮ってもいいですか」やらそんなこともう日常茶飯事なわけ。だからこそ女に「馬鹿」なんて言われたことはないわけだし、そもそもこんな風に気になる特定の女も出来たことなかったわけだよ。え?恋愛経験に乏しいって?んなことわかってるし、それに恋愛経験豊富なら今の今だってこんなにモヤモヤしてねーだろ。へっ。
後悔するのはまっぴらだ。(だからってどうにもならねーんだけど)
(...ま、なんとかしよう。大丈夫。俺は王子.....のはず。)
距離を縮めたい編 →