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「意味がわかんねぇ…」


まだ痛む頭。見慣れた道を必死に駆け抜ける。


「…あっ!良いところに…なぁ!おい!」


ハッキリと甦る記憶。記憶に刻まれた女子校の正門。俺が声をかけた人物はこちらを振り向き「あ…」と声を出した。


「この間の……そういえば、大丈夫でしたか?」

「あ、あぁ…俺、倒れたんだっけ?」

「はい、急に頭が痛み出して…」

「世話になったな、悪かった。それでこの間のことだけど!」


忘れない、もう絶対に忘れない。何がどうなってんのか知ったこっちゃねぇけど、俺を甘く見るんじゃねぇ。もう二度と同じ罠には落ちねぇぞ…


「みょうじなまえに、会いたいんだよ!」

「………」

「頼む、会わせてくれ。頼むよ、お願いだから…」


思い切り頭を下げた。


その時ふと頭上から聞こえた小さな声。微かに震えていたように思えた。


「……は、?」

「…いないんです…。」

「…いないって…、どういう、意味?」

「なまえはー…」















「…あれ、三井くん?そんなに慌ててどうしたの?」

「…先生っ、先生…、」


ここらの街中で一番と言っても過言ではない大きな総合病院。内科に勤める医師、花形は切羽詰まったような表情で慌てて駆け寄ってきた青年に目を丸くして驚いていた。つい先程、何年かぶりに会ったその青年は突然走り出しどこかへ消え、今度はとても青い白い顔をして自分の元に戻ってきたのだから。


「教えてください…先生、」

「何を?」

「みょうじなまえ…知ってますよね、?」


花形はその名を聞くなりその場に固まった。知ってるも何も、知っているだなんて言葉では表せないほどの存在であるその少女の名を、まさかこの青年の口から聞くことになるとは思いもしなかったのだ。


「三井くん、どうしてなまえちゃんを…」

「俺、会ったんです。一年の時、バスケで怪我してここに入院して、その時アイツも事故に遭ったんだって義足つけてて、よくそこの中庭で一緒に空を見上げて…それで、それでー…」

「…みつい、くん…」

「高校に入ってからもアイツずっと俺の隣にいて、喧嘩して入院した時も毎日来てくれて、部屋が明るくなるだろって見舞いに花束をくれて、毎日水換えに来てくれて…」


出てくる出てくるエピソードに花形は絶句した。


「でもバスケ部に戻ってから、なんだか急に…急に…アイツに、会えなくなって…っ、」

「三井くん、もういいよ。」

「アイツに、言いたいことたくさんあったのに、何一つ言えてなくて…先生、アイツ元気にしてますか…?先生となら、普通に会ってくれるんですよね?俺は会えないから…」

「…三井くん。」

「アイツ、義足でちゃんと歩けてますか?左頬の傷は、治りましたか?」


青年はボロボロと涙を流しながら医師の白衣を掴み「先生、先生…」と声を出し続けた。その姿にその医師は「もういいから」と青年の頭を優しく撫でた。


「三井くん、少しここで待っていてくれるかな。」

「…はい、」


青年はベンチに座った。いつかあの子と座った思い出のベンチだった。


空を見上げた。堪えても溢れ出てくる止まることを知らない涙でよく見えなかったけど、それでも上を向き続けた。


「お待たせ、三井くん。はい、これ。」


医師から渡された一枚の紙。そこには小さな黒い字がびっしりと並んでいて時折写真や大きな文字も見受けられた。随分と古いことが伺えるそれに三井は涙を拭い目を通した。


「…三年前の、六月…」

「うん。この日、覚えてる?」

「…あ、もしかして…」

「うん。君にとって、とても大切な日だったろう。」


青年は泣いた。全てを聞き全てを受け止め泣いた。ただひたすら泣いた。医師はその姿をずっと眺めていた。まさかこんな日が来るだなんて思いもしなかったなぁと、心苦しさの中にどこかあたたかい気持ちさえ芽生えていた。


「なまえちゃんは…凄い子だね。」


医師の声は空に向かって消えた。



















「…もう逃げるんじゃねぇよ、出てこい。」


あれからしばらくの月日が流れた。三井はようやくすっきりとした心でそう呟くことが出来たのだ。


「逃げても無駄だ。俺の記憶を改ざんすんな。」

『…なんで三井くんは、思った通りにならないのかなぁ。』


実に数ヶ月ぶりに見た彼女の姿。いつもの制服に左頬にはガーゼ。義足もいつも通りのなまえであった。


三井はその顔を見るなり心の底からの優しくあたたかい笑みで笑ってみせた。なまえはそんな三井の表情に目を見開いた。怒鳴られ呆れられ罵られると予想していた彼女はまさかこんな顔をされるとは思いもしなかったのだ。


『…怒らない、の…?』

「何を怒る必要があんだよ。」

『だって…だって…』

「またこうして会えたからもう全部どうでも良くなった。」


三井はジャージを着ていた。手に持っていたバスケットボールをリングへと放る。シュッと音を立てて決まったシュート。距離から見るにだいたいスリーポイントといったところだろう。


なまえはそんな三井のシュートを目を輝かせて見つめていた。


「…お前は俺の夢を叶えてくれた。」

『…え、?』

「背中を押してまた戦えるように後押ししてくれたろ。」

『…私は、何も…』


三井はボールを拾うと再び距離をあけシュートを放った。得意のスリーポイント、外す気などしなかった。それに三井がなまえとの再会場所に選んだそこは三井が幼い頃からずっと自主練を行ってきた行きつけの公園なのだ。ここでこの得意のシュートを外すなんてあるわけがない。


「だから今度は、俺がお前の願いを叶える。」

『えっ…』

「ほら、シュート、決めてみせろよ。」


三井はそう言うとなまえにパスを出す。慌てて受け取りじっとバスケットボールを見つめるなまえ。何かを考え込んだ後ふと顔を上げ、吹っ切れたようにドリブルを始めた。


「…あまいな。」

『うわっ…、凄いブロック…!』

「そんなんで俺からシュート決めれるとでも?」


ニヤッと悪い笑みで笑った三井になまえは目に涙を浮かべて笑い返した。


『絶対に一本決める…!』

「おぉ、かかってきやがれ!」













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