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『…あぁ〜…もう、ギブ…!』

「なんだぁ、体力ねぇなぁ!」

『ハンデ無しなのずるいよ。現役でしょ!それにこっちは義足で……っ、』


ふわっとあたたかい香りがなまえを包んだ。驚いて固まるなまえの耳元に「ありがとう」と囁いた三井の声。三井の腕の中でなまえは微動だにせずただただ顔を赤くしていた。


『み、つい…くん…』


持っていたバスケットボールがコロンと地面に落ちた。夕焼けが二人を照らす。見慣れた公園がやけにロマンチックだと三井はそんなことを考えながら冷静さを装っていた。


「ありがとな。なまえに会えて良かった。」

『三井くん…ありがとう。本当に、ごめんね…』

「謝ることねぇよ。俺は嬉しかった。」


後ろから抱きしめる腕に力を込める。こんなに儚くて愛おしい存在はこれからの人生の中でもおそらく存在しないんだろうな…と三井は目に涙を溜めなまえの首筋に顔を埋めた。


『……っ、』

「もう、無茶すんじゃねぇぞ。しっかりと休めよ。」

『うん…』

「俺は大丈夫だから、まぁ…気が向いた時にでも見守っててくれよ。」

『ううん、ちゃんと見てる。』

「おぉ、そりゃ頼もしい。」

『三井くん…最後にひとつ、いい?』


自然と二人の間に「終わり」だと、そんな空気が流れ始めた。なまえは三井の腕の中から離れると体を回転させた。


向き合う二人の間には不思議と穏やかな空気が流れた。涙は流れるものの二人は笑顔だった。


『三井くん、好きです。』

「…俺も、なまえが好きだ。」

『…ありがとう。これからもずっと、私の憧れで居続けてほしいな。』


三井くんにはバスケットがすっごく似合ってる。なまえはそう言って再び笑った。それと同時に目からは一筋涙がこぼれ落ちた。


『不良姿も悪くなかったけど…まぁ、喧嘩は弱いみたいだしね。』

「何言ってんだ、目ぇ開いてんのか?」

『開いてるから知ってるんだよ。』

「この野郎っ、」


束の間の幸せ。最後に味わえて本当に良かった。二人の想いは共通だった。


『ありがとう…それじゃあ、ね。』

「……なまえ、」

『うん?』

「待ってろよ?いつになるか知らねぇけどまた会えるからな!それとお前、もう俺の記憶操んなよ?!お前のこと絶対忘れたくねぇから!!」

『…バカ、だいすき。』














最後に見た顔は困ったような笑い顔だった。「だいすき」という四文字が彼女が残した最後の言葉だ。


「おーっす、三井さん…あれ?なんか良いことありました?」

「ねぇよ、うるせぇな。練習始めんぞ。」

「え、まだみんな揃ってませんけど…」


この人に一体何があったんだと不思議がる宮城をよそに三井は随分と気が晴れていた。天気に例えるならもちろん快晴だ。


あの日のようになまえが笑ってくれるんじゃないかと、そんなことを考えながらシュートを放つ瞬間が増えた。


「おわっ…、ちょっと!急にシュート決めないでくださいよ!ビックリするでしょ!」


練習開始に備えて準備を進める宮城がそう腹を立てるも三井には届かない。どうだ、見てたか!だなんて心では威張っているのだから。


「俺から目ぇ離すんじゃねぇぞ…」















ふとした瞬間、あの日の記憶が蘇る。


「…いないんです…。」

「…いないって…、どういう、意味?」

「なまえはー…三年前に、亡くなってます。」

「…は、?!」


いや、待てよ。俺会ったんだよ?この間までここの制服着て頬にガーゼ貼って、あ!左足が義足でさ!それですげぇお節介で…


そうまくしたてた俺にその子は呆然とした顔で立ち尽くしていた。


「あの子は…事故に遭って、それで…」

「おまっ、何言ってんの…?」

「私も信じられないですよ…あの子バスケが得意で…今度バスケ教えてあげるって言ってくれて約束してたんですよ…それなのに…っ、」

「ちょ…、冗談やめろって…」

「…私の話が信じられないのなら他の人にも尋ねてみてください。なまえはあそこの総合病院にずっと通っていたし、事故の時もあそこに運ばれて…」












「…三年前の、六月…」

「うん。この日、覚えてる?」

「…あ、もしかして…」

「うん。君にとって、とても大切な日だったろう。」


先生、悲しそうに笑ってた。


「なまえちゃんは昔から体が弱くてね、ここの小児科にずっと通ってた。人懐っこい優しい子でね、内科医の僕にも良く挨拶してくれたんだ。」


あの先生のあの優しい声がやけに耳に残る。


「ある日突然相談があるんだって言われた時は驚いたよ。体が弱いのにスポーツをやりたいって言うもんだからたまげてね。それも体力的に一番厳しそうなバスケットって言うからさ。」

「バスケ…?」

「公園で見かけたんだって。キラキラした顔でキラキラしたシュートを決める男の子。憧れて彼に近付きたくて、同じスポーツに夢中になってみたいんだって、バスケットはきっと楽しいものなんだろうなって、そう言ってた。」

「…それ、」

「病院に通いながらバスケ部に入ってたよ。憧れの彼が決勝戦まで残ってるんだってずっとうるさくてね。観に行くんだってずっと張り切ってた。」

「………」


あの日、なまえが事故に遭った日。それは俺がMVPをとったあの日だったんだ。


「試合会場に行く途中、彼女は事故に遭った。運ばれてきた時には既に心肺停止で左足が無かった。左頬には大きな傷があってね、きっと三井くんが見た彼女は事故に遭ったままだったんだろうね。」


先生が見せてくれた新聞には事故の詳細が事細かく書かれていた。


三年前の六月、早朝。自転車に乗った中学二年生の少女がトラックの下敷きになった。心肺停止の状態で病院へ運ばれその後息を引きとった。14歳だった。


「ねぇ、三井くんの前でなまえちゃんはちゃんと笑ってた?」

「…え、?」

「憧れの人の前でしっかりと話せてた?」


先生は笑ってた。茶化すような子供っぽい顔で。


「はい。” 普通の女の子 “でした。」

「そっか…」


なまえはきっと俺に会いに来たんだと思う。怪我をして離脱した俺を心配したのかな。またバスケをやってほしいって、自分の分まで頑張って欲しいって、そう思ってたのかな。


それなら、俺がバスケをやめた時、バスケから離れてしまった時、あの子はどれだけ心を痛めたんだろう。どれだけつらい思いをさせてしまったんだろう。


バスケ部に乗り込むと決めた時、引き止めに来てくれたあの子は…一体どんな心境で…


俺のせいで、つらい思いばっかりさせちまったなぁ…


散々助けられて、支えてもらって、何ひとつ返せないまま、あの子はバスケに戻った俺を見て安心したのか、俺の記憶から自分を消そうとした。必死になって自分を探している俺を見て、” 人間じゃない自分 “ に申し訳ない気持ちにでもなったのだろうか。これ以上は踏み込んじゃいけないとでも思ったのだろうか。


それとも、もう自分の役目は終わったと思ったのだろうか。


「ちゃんと、会いに行くからな。」


なまえのいる場所で顔を合わせるのはまだまだ先になりそうだけど、お前の眠る場所も教えてもらえたし、ちゃんとした形でお前に会いに行く事ならできるから。


今の俺の精一杯を、お前に届けるよ、なまえ。












Modoru Main Susumu
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