G







『みーつーいーくんっ!』

「…あ、来たのか。」

『うん。』


これ持ってきたよ〜と陽気ななまえ。静まり返った病室に彼女の声が響く。まるで命が吹き込まれたようだった。三井はそっと体を起こしなまえの登場を出迎えた。手に持っていたのは綺麗な花束であった。


「花…?」

『うん、少しは部屋が明るくなるかなって。』


別に明るくする必要ねぇよ…と言い返したい三井ではあったがどこに飾ろうかと楽しげななまえの表情を見るなりそっと口を閉じた。ゆっくりと辺りを見渡す。ここ最近自分の居場所となっているこの殺風景な病室。なんてことはないこの部屋。だがなまえと二人で過ごすと思うと途端に特別な空間に思えてくる。三井は聞こえないように静かに舌打ちをした。これだからこの恋ってやつは…面倒だ…


「お前、飯食った?」

『食べたよ。もう…自分の心配してよね。』

「あ?だってお前…ほっときゃ餓死しそうじゃねぇか。」


自分のことにつきっきりになってくれる。それはもちろんありがたいことではあったし、三井にとってはそれ以外にも悪い話ではなかったのだが、それ以上に思うのは彼女が心配だという自分の、「男」としての気持ちであった。


『…しないよ、大丈夫。』

「そうかよ。」


ようやく飾る位置が決まったらしいなまえはあらかじめ病室に置いてあった花瓶から手を離すと「よし」と呟いた。男が過ごす部屋にしては一気にカラフルになり過ぎなんじゃねぇか?と出かけた言葉を飲み込む。可愛くなった部屋。なんだか照れくさい。


『枯らさないようにね。』

「あ?お前この状態の俺に水かえろってか?」

『…あ、そうだった…』


起き上がることすら未だにしんどい自分で言うのもなんだかかなり軟弱らしいこの俺に、そんな重そうな花瓶の水をかえろと…?こんなこたぁ認めたくねぇがな…どうやら体力もねぇし体も弱いらしいんだわ…このクソが…


『ごめんごめん、無茶言っちゃった。』

「ったく…勘弁してくれよな。」

『私が枯らさない。』

「…は?」

『毎日水、かえにくる。』


毎日…


三井はぼうっとした脳内でその単語を何度も何度も繰り返した。ということは、だ。


毎日、会える…?


「ま、毎日ってお前…学校行け、アホ。」

『行ってるよ!今日みたいに放課後にするもん。』

「…好きにしろ。」


言われなくても好きにしますと鼻を鳴らし意気込んだ
なまえに三井は内心バクバクであった。何を意気込んでんだ、それってお前…俺に会いにくるって…毎日俺に会いにくるって、それで張り切ってるってことで…いいんだよな?


俺の自惚れじゃ…ねぇよな…


「……チッ、」


ば、ばっかじゃねぇの?!水かえにくるっつってんだろ!花だよ、花!目当ては花!何気持ち悪いぐらいザワザワしてんだよ、俺!


『な、なに…?迷惑だった?』

「あ、いや…別に勝手にしろよ。」

『…うん、勝手にする。』


んぁ〜…もう…うまく言葉にならねぇ…いつもいつもコイツの前だと…年上のくせして情けねぇなぁ…


コツコツ、と廊下から靴の音がする。誰かこっちに向かってきてるな…と俺の脳が判断した頃にはすでになまえは置いていた荷物を手に取っていて、早口で俺に「また明日」と告げた。


「…は、?!おまっ、帰んの…?!」


そしてそんな俺の言葉など届かぬスピードで勢いよく病室を出ていく。は…?まさか俺、なんか気に障ること言ったのか…?好きにしろとか勝手にしろとか…あ、さっきの自分への舌打ちとか…?!


起き上がりたくともなかなか思うように体を動かせない。そんなことをしているうちに足音はどんどん近づき、ゆっくりと俺の病室の部屋が開かれていく。


「…三井くん、調子はどう?回診に来たよ。」

「……」


目に映った白い服。担当医のなんとか先生だった。


「お昼ご飯もちゃんと食べたって聞いたよ。」

「…まぁ、」

「…あれ?お花が置いてある…綺麗だね。」


そう言って先生は持っていたカルテをそこに置くとそっと花瓶に近づいた。一通り刺さっている花を見渡して「うん、よく咲いてるね」と笑う。


「それにしても…あの怖そうな友達が…?」

「あ、いや…」

「そっか。」


おそらく鉄男たちのことであろう。最初の頃何度か見舞いに顔を出してくれたアイツらの事を見かけていたらしい先生。あまりの人数とあの風貌に受け付けで止められたらしい鉄男たちを俺の友達だと通してくれたのもこの先生であった。


「うーん、この可憐な花…彼女、だね?」

「…はっ、?!」

「わかりやすい反応。うん、正解と見た。」


先生はそう言うと「いつのまに来てたんだ」と驚いたように笑う。数時間おきに回診に来てくれるから午前中にはなかったと言いたいんだろう。


「そんなんじゃねぇし…つーか、さっき…」


思えばアイツがここを出てからほんの数秒後に先生が入ってきたわけで。この長い廊下をあの数秒で曲がれるはずもなく、先生…見かけたんじゃねぇの…?


「なになに?さっきまでいたの?」

「え…あ、いや…」


知らねぇフリか?俺のことからかってる…?


「三井くんの彼女じゃきっと美人さんだろうね。」

「どういうことだよ…」

「なんとなく…予想だよ。」


なんだよそれ、と呟く俺に先生は「今度会わせてね」と笑った。モヤモヤとした心を隠しながら「気が向いたら」と答えれば先生は満足そうにカルテを持って出ていった。静かになった病室。あいていた窓から生温い風が入ってきた。










Modoru Main Susumu
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -