前編







神宗一郎という努力家で誰にでも分け隔てなく優しい好青年は、一年ほど前から私の恋人だ。


「神さーん!今のパス最高でしたよ!」
「ありがとう信長。いい動きだったね。」


後輩にも優しくて宗一郎に懐いている一年生は少なくないけれどその中でも特にあの清田信長という猿みたいな犬みたいな子は別格だった。今だって見えない尻尾を振って宗一郎の隣で頭を撫でられて喜んでる。


そこまでは、まぁいいとする。


「神くん、今日スリーの調子が最高にいいね!」


....え?そんなのいつもだけど?元々わかりきってるけど?宗一郎なんてスリーポイントの塊みたいな人だけど?あえて褒める必要ある?


「ありがとう。自分でも外す気がしなくてね。」
「さすかだぁ...。信長のオフェンスも良かったよ!」


誰にでもニコニコ話しかけるその女は海南バスケ部のマネージャーであり宗一郎のクラスメイトだ。美人マネなんて呼び名で有名で見ての通り宗一郎にも清田にも他の部員にも分け隔てなく優しくて仕事のできるマネージャーらしいけど私にとっては天敵でしかない。だって微妙に宗一郎だけ贔屓されてる気がするんだもん。そりゃ同じ学年同じクラスでさ、宗一郎なんて格段に優しいしさ、話しかけやすいのも仕事頼みやすいのもわかるよ?でも、それにしてもさぁ?こんなに部員がいるのに宗一郎にだけ毎回話しかけるのもおかしな話だと思わない?


「神くん紅白戦も頑張ってね〜スリーバンバン決めて!」
「ありがとう。任せて。」


......ムカツクんだよね、本当に。













「今日はなんだかなぁ...やけに入ったんだよなぁ...」


練習が終わり誰もいなくなった体育館に宗一郎の声が響く。「見てた?」と聞かれ頷けば「紅白戦なんて自分で自分が恐ろしかったよ」と苦笑いしている。


『今ので260本目ね。』
「...なまえなんかあった?」


私が拾ったボールを受け取って宗一郎は不思議そうに首を傾げた。


『ううん、今日の宗一郎凄かったなぁって...』
「あはは、いつもあぁだったらいいのにね。」


まさかこんなドロドロした感情口に出来ない。最高にムカツクけれどだからといってどうにもできない。宗一郎に「バスケ部やめて」なんて皆目見当違いだしだからといってマネージャーに「バスケ部やめて」と言うのもどうかと思う。そもそも親切な人ではあるし...。美人ってのが余計腹立たしいのだけれど...。

以前廊下でぶつかった際完全こちらの不注意だったのにあのマネージャーは「ごめんね、大丈夫だった?」と私の心配をしながら落としてしまった物まで拾ってくれたのだった。


わかっている。これは日常だしいちいち妬いてる場合じゃないんだってことも...


「よし、あともう少し...頑張るか...」


こんなに頑張ってる宗一郎の足を引っ張るようなこと言ってはいけないんだってことも...














「この間読んだ本がさ、結構面白くて.....」


帰り道、並んで歩く宗一郎から手渡された分厚い文庫。ありがたく受け取れば「返すのいつでもいいからね」なんて最高の笑顔付きだ。それを見て不覚にもときめき顔が赤くなるのが自分でもわかった。


『あ、ありがとう。早速今日から読んでみる!』
「ゆっくりでいいよ。そういえばこの間さ.....」


私は心の底から宗一郎が大好きだ。自分でも恐ろしくなるくらい大好きでできることならこの人の目に私しか映らなければいいし、世の中の女がいなくなればいいとさえ思う。早く自分だけのものになって欲しいし...ってこんなこと言ったら引かれるだろうけど...。


とにかく大好きで大好きで、同じ中学だった頃からずっと片思いしていて高校も宗一郎と同じになれるからと海南を選んだ。やっとの思いで一年前親友のポジションから脱出した私。だからこそ人一倍彼氏である宗一郎への思いが強くて...。


「あれ、聞いてる?」
『あ、うん...聞いてる。』
「なまえ今日はやけにぼうっとしてない?」
『...宗一郎がかっこいいからだよ...』


だからこそヤキモキして大変なんだよ...とは言えないけれど私から出た本音に宗一郎はふふっと微笑んで「またそんなこと言ってるな」と頭を撫でてくれた。


「どれどれ...確かに顔が赤いですね...」
『うわっ、.....あんま見ないで.....!』


気が付けば目の前に宗一郎の綺麗な顔があって驚いて顔を逸らせばそのまま軽く口付けされた。


『.......!!む、無理.......』
「ははっ、また赤くなった」











大好きだと思えば思うほど何だか苦しくて、一晩寝ずに考えた結果もう少し宗一郎と距離を置いてくれないかな?程度のお願いならしてもいいのではと思うようになった。だってあのマネージャー優しいし私間違ったことは言ってないじゃん?


「...お。おはようなまえ」
『あ、宗一郎おはよう...』
「どうしたの?何かあった?」


朝早速マネージャーに会いに行けば同じクラスの宗一郎が当たり前のように出てきてくれた。そうか...忘れていたけれど同じクラスなんだった...。また出直そうと適当に理由を考える。


『宗一郎の顔を見に...』
「あはは、何だそれ。可愛い奴め。」


優しく笑って頭を撫でられる。相変わらず宗一郎はかっこよくてたまらなくて思わずふふっと笑いが溢れた。










『結局放課後になった......』


何度かトライしたものの気が付けばあのマネージャーの隣に常に宗一郎がいるし、強行突破で行けば宗一郎の友達らしき人が勝手に宗一郎を呼んできちゃうしでなんだかんだ放課後になってしまった。


『.....もうなんかどうでもいいや.....』


馬鹿らしくなってもうやめようと決めたもののいつものように部活を観に行く気にはなれない。だって今日もまたあの二人は仲良く話すだろうしそんなのもう見たくないんだよ。


好きになればなるほどなんだかつらくてたまらなくて。片思いしている時は本当に些細なことにすら幸せを感じていてすっごく楽しかったのになぁ...。人間っていうのは欲まみれで、手に入った途端もっともっとって周りが見えなくなる。あんなになりたかった「宗一郎の彼女」。でも今私全然楽しくない。毎日イライラしてばっかりでつまんない。


宗一郎の彼女、多分向いてない。







だからといって別れるのかと言われてもそれは嫌だし好きだからこそ隣にいたいとも思う。


そんなことを考えているうちに辺りは暗くなりあっという間に部活が終わる時間になってしまったのだ。


『結局観にいかなかったな...部活...』


けれども宗一郎は部活の後にスリーの練習がある。そこには今行けば間に合うだろうと思い座っていた席を立った。とりあえず、気持ちを切り替えて....。ボール拾いがいなきゃ宗一郎だって困るだろうし....





体育館へと向かう途中玄関のあたりで制服に着替えた清田を見かけた。やっぱりもう練習終わってるなぁ...宗一郎困ってるかも...と自然に駆け足になる私の足はある人を目にしてピタリと止まった。


『(...宗一郎?もう500本終わったの...?)』


清田の近くで制服の宗一郎が鞄を持って歩いている。完全に帰る格好だった。あれ?もうこの時間に終わってるの....?早いなぁ、と思いながら声をかけようとした時だった。










「あれ、ひとりで帰るの?」
「神くん...うん、そうだよ。」
「だったら俺送るよ。駅までだっけ?」


宗一郎が駆け足で向かった先にはあのマネージャーがいて。そんなこと言う宗一郎に「じゃあお言葉に甘えて」なんて笑いかけた。


「今日は自主練お休みなの?」
「ううん、昼休みに終わらせてたんだ」
「あーそうだったんだね。いつも偉いね、神くん」







なんだかとっても雰囲気良いし...二人とも背高くてお似合いだし...何より美男美女で...クラスも部活も同じで...


「....神さん!!」


ぼうっと二人の後ろ姿を見つめていたら清田の大きな声が聞こえて彼に視線を向ければ私と目が合いビックリした顔で震えていた。


「どうしたの?信長」
「...か、彼女さんが...!」


....わざわざ言わなくていいのに、このお節介め。


「...なまえ!どこに居たの?今日練習観に来なかったから帰っちゃったのかと........」


宗一郎は悪気もなく笑ってそう言う。


「...あれ、どうかした?大丈夫?」


私の様子がおかしいのにもちゃんと気が付いてくれる。


「なんかあった?話聞くよ。もう遅いし帰りながらでも...」


そっと差し出された手を私は叩いた。


「...えっ、」

『...マネージャー送ってあげなよ。』

「...それは信長に任せるから、帰ろう。」


今度は強引に繋がれた手を無理矢理振り解く。


「.......なまえ、なんで......」


宗一郎の彼女は片思いより楽しくない。
自分が自分じゃなくなりそうで本当に怖い。

その目に映るのが私だけになればいいのに...


『...宗一郎のこと、大嫌い。』
















思ってもない言葉が出てきてしまうのはどうして


(...もう本当に嫌だ...)




後編 →




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