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「…なまえ、」

『…っ、離して…』

「いい加減俺と付き合え。」


思い返せばあの告白はなんだったんだろう…少女漫画の世界に引き込まれた…とか?いやでもあれは紛れもなく現実だ。だってあれがもし夢の中だったとしたら…


「何ぼうっとしてんだ。」

『…あ、流川くん。』


流川楓くんという顔面偏差値が高すぎる上に高身長、抜群のスタイル、バスケットにおいては異次元のプレイヤーである男の子が私の目の前に立っている今だって夢の中の続きだろうから。でもこれは紛れもない今という現実だからなぁ…今更ながらなんだか怖くなるよ…


大安吉日…まさに今日、湘北高校を卒業した。思い返せば私の三年間はその半分以上が流川楓くんという男の子に染まっていたと思う。目立つわけでも特段可愛いわけでもない私にちょっかいを出し始めた時は頼むからやめてくださいと何度も土下座しようと思ったけれど、流川くんの「本気」を見るたびに心は簡単に彼に惹かれていった。無理だよ、あんなの断られる人なんて世の中に存在しないよ。


なんだかんだお付き合いが続いてあっという間に卒業…クラス会という名の打ち上げパーティーに参加し騒がしいクラスメイトを遠目に見ながら流川くんは私の隣で持っていたグラスに口づけていた。ゴクッと喉を鳴らすだけで絵になるし、ジュースのCMを見てるようでドキドキする。


『…卒業、したね。』

「…おう。」


大学やプロのリーグから誘いが絶えなかったけれど流川くんはずっと憧れていたアメリカ留学を決め、数日後ついに憧れの舞台へと旅立つことになっている。こうして隣にいられるのも今だけだなぁ…なんて、残り数日後に控えた「別れ」に今もなお実感がわかない。いて当たり前の存在…


流川くんがいない毎日…


「…なまえ、」

『うん?』

「…好きだ。」


流川くんはそう言ってぽんっと私の頭を撫でた。鈍感で鈍いように見えてこの人はよく私の心を見抜いてくる。顔に出ていたのだろうか。心配するな、また会える…それら全てを含めたたった一言、「好きだ」は私の涙腺を刺激するのに充分だった。


『…ハハッ、大丈夫。私はずっと流川くんの味方だもん。』


泣いてたまるか…別れを惜しむものか。私は流川くんの背中を押すんだ。わがままになって感情をさらけ出して「寂しい」「行かないで」だなんて彼を困らせる気はさらさらない。行くんだ、流川くん。きっとあなたに相応しい舞台が、そこにはあると思うから。


「…サンキュ。」


穏やかな時間が流れる。止まるわけでも足早に過ぎていくわけでもない。ただただのんびりと、それでも止まってはくれない今という時が流れていく。


彼のいない生活、やっぱり何度考えても想像ができない。大丈夫だと気を張って生きていく自分は想像がつくけれど。ふとした瞬間に彼の存在の大きさを感じては寂しさに打ちのめされるのだろうか。でもそれよりも、これから先、流川くんを待ち受けているであろう「未来」が一体どんなものなのか、そっちの方が楽しみだったりするんだ。


「帰ってくるから。」

『無理しなくていいからね。倒れちゃったら困るし。』

「へーきだ、顔見りゃ余計力出る。」


…まったく。流川くんはこうやってサラッとドキッとするようなことを言ってのけるんだから。さすがに慣れたけど。初めの頃はそのストレートさにどれだけダメージをくらったか…まぁ、私のそばをうろつく親衛隊の方がダメージくらってたけどね…


『流川くん。』

「…ん、」

『…誰よりも一番、応援してるから。』


私はここから彼を応援する。それが自分に出来る最大限のことだと思うから。私の思いを受け取ってくれた流川くんは「うす」と小さな返事をする。聞き慣れたその返事も今では特別なものになってしまったなぁ。


『桑田くんとは話さなくていいの?』

「…別に、部活ん時話したし。」

『でも…こっち見てるけど…』


同じ学年のバスケ部で同じクラスの桑田くんは先程からチラチラとこちらを見ている。目当てが流川くんだということは百も承知だし数日後にアメリカへ旅立つチームメイトがいるのならゆっくりと話をしたいところだと思う。まぁこの流川くんが誰かとゆっくり話すなんてことが出来るのかどうかは別として。


『私向こう行ってくるから少し話してきたら?』


そうでもしなきゃ彼はここから動かないだろうから。サッとその場を去り友達の元へ動こうとする私の腕はグッと掴まれる。紛れもなく流川くんだと顔を見ずともわかった。


「…なまえ、」

『…うん、?』

「…これ…」


ガソゴソと制服のポケットを漁る流川くん。親衛隊にもみくちゃにされ私の手元にある第二ボタン以外何かもなくなった少し寂しい格好だけれど相変わらず顔の良さで何もかもをカバーしている。スッと差し出されたのは小さな箱だった。


『…これは…?』

「毎日つけろ。」


強引に押し付けられ慌てて受け取る。中を見ろと顔に書いてあるからそっと開けてみた。


『…わっ、可愛い…!』


現れた指輪。キラキラと光るもののどこか控えめなそれ。上品で可憐で…なんか、すごく綺麗…


「絶対つけてろよ。」

『わかった…本当にありがとう…!』

「寂しかったら見て思い出せ。」


不意に涙腺が緩む。うっと涙を堪えたら再びポンッと頭の上に手を置かれた。優しくフワフワと二、三度撫でられる。


「俺はずっとそばにいる。」


ゆっくりと手が離れた。私に背を向けてその場を離れていく。流川くんの大きな後ろ姿。あぁ、あなたは夢に向かって突き進んでいくんだね…だなんて、彼が遠い存在のように思えてしまう。


それでも…


『これがあるから…大丈夫だね…』


私はきっと大丈夫だ。指輪を箱ごと優しく包み込むように胸に当ててみる。心から微笑んだはずなのにそのタイミングで綺麗に涙がこぼれ落ちた。


遠くで必死に話しかける桑田くんとそれに適当に頷く流川くんがいる。


あぁ、頑張れ…どんなことがあろうと、流川くんなら絶対に大丈夫だから…


そっと右手の薬指にはめてみる。驚くべきことにとても好みなデザインの上、サイズまでぴったりであった。いつかまたあなたに会えた時、私もここで頑張っていたんだと胸を張ってそう言えるよう、毎日この指輪と共に成長していこうとそう胸に誓った。










これは永遠の別れではない


(一歩前へと進む彼を応援しよう)
(流川くん、大好きだよ…!)














Modoru Main Susumu
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