A
『あ、あ、あめりか……』
飛行機を降り空港へと降り立つ。見渡す限りどこもかしこも英語、英語、英語…キョロキョロと辺りを見渡しては別次元の世界に来たものだと改めてそう思いゴクッと息を飲む。心細くなるとついつい右手の薬指を触ってしまうくせが出来たようで指輪を撫でる左手が止まらない…
ここが、アメリカ…流川くんがいる、アメリカ…
英語がよく出来るわけでもない彼がひとりで旅立った先がここなのか…とよくわからない感情で胸がいっぱいになった。待ち合わせ場所はここらへんであっているのだろうか…とスーツケースをガラガラ引きながら柱へと寄りかかってみる。迎えに行くと言われたけれど…こんな広い空港で会えるのか今さらながら不安になってきた…
「…なまえっ、」
『…あっ、!流川くん…!』
よかった…会えた…なんて安心したのも束の間、彼がアメリカへ旅立ってから二年半が経過したものの会うのはこれで二度目…前回会ったのはおよそ一年前ということもあって久しぶりに見る流川くん…
いや、覚悟はしてたけど…ま、眩しい…
『…うわぁあ、ちょっ…?!』
「…会いたかった。」
駆け寄るなりいきなりむぎゅっと音が鳴るくらい抱きしめられ軽くパニックになる。そんな私など気にも止めず流川くんは「元気だったか?」なんて優しい声で問うのだ。
『も、もうめちゃくちゃ元気…!これがあるから…!』
そうやって見せた右手の薬指。流川くんは確認するなり少しだけ口角を上げて「おう」と言った。また背が伸びた…?前会った時より髪も短くて…なんか可愛い…!
「…?」
『ううん、会えてよかった。今更だけど…お久しぶりです。』
「…うす、久しぶり。」
ポンッと頭を撫でられ懐かしさに頬が緩む。そのまま私のスーツケースを奪うなりカラカラと引っ張っては歩いていく流川くん。大学三年になり就活やなんやら割と忙しい日常の中、こうして流川くんに会えるなんて自分史上最高のご褒美だし疲れなんて飛んでいくしなんならもうこのままずっとここにいたい…なんて、わがままはいけないや…
「バス乗りゃすぐだから。」
『わかった。お土産たくさん持ってきたよ。』
「おぉ、サンキュ。」
『うわぁ…すごい…広い…』
「座って。」
チームから支給されているとは言っていたマンション。一人暮らしにしては余るほどの広さに彼らしくあまり物がない。シンプルで寂しいくらいのこの部屋に私のスーツケースが置かれた。ただそれだけで心の奥がグッとなる。うぅ…三泊四日…お世話になります…!
ぽんぽんと叩かれたソファ。流川くんの隣にゆっくりと腰掛けてみる。アメリカに来ていること、そしてなにより久しぶりの流川くん…心はそわそわと落ち着かない。横からは何故だかジッと視線を感じ恐る恐る左を向いてみる。
『…っ、』
目が合うなりすぐさま唇を奪われた。驚いて身動きが取れない私の唇に何度も何度も角度を変えて攻めてくる流川くん。いきなりそんな…のみ込まれる…と目を瞑り覚悟を決めた時だ。
「…っ、誰だよ…」
チャイムが鳴り流川くんは私から離れた。面倒臭そうに立ち上がりのそのそと玄関へと向かっていく。
『…うぅっ…いきなりすぎる…』
バクバクとうるさい心臓。なかなか追いつかない心。そして戻ってこない流川くん。あれ…誰が来たんだろう…?
ほんの出来心だった。なんなら英語で対応している彼が見たいとかなんとか、下心もあったかもしれない。
『…えっ…、』
コソッと室内から玄関先を覗き見ればそこには流川くんの前に立つ女性がいた。綺麗な長い髪に抜群のスタイル。胸が大きく引き締まったウエスト…いかにも外国の美女というイメージにピッタリ…ニコニコと微笑みながら当然のように流暢な英語で流川くんに何かを
話している。時折相槌を打ちながら一言返しながら…そんな流川くんの表情は見えないけど…
『…おんなの、ひと…』
わざわざ休みの日に家に押しかける女の人…?チームの人?関係者?…にしては、あんな胸を強調するような服、着る…?高いヒールに生脚…?いかにも恋人の家に来たかのような…
恋人…?!
流川くんに限ってまさか…そんなわけはあるまい。そもそも私が来ることがわかっていながらこんな展開にはならないはず…って!別に浮気だと決めつけたわけじゃないし疑ってもない!けど…
だれ…?
「Kaede, Have a good day. 」
「…You, too. Bye. 」
雰囲気から見るなり話が終わった…?なんだか穏やかな雰囲気のまま終わったけど…と二人から目が離せずにいた私の目の前で二人はチュッと音を鳴らし頬にキスをした。
『…えっ、』
わかってる…外国にはそういう挨拶だってある。厳密には頬と頬を合わせているだけであの音だって口で鳴らしてるだけでー…
「…なまえ、どうした?」
わかってる、わかってるのに…
「…おい、」
『…帰る。』
「は?」
怖い。私の知らない世界に住む、私の知らない流川くんを知ってしまうことが怖い。これなら遠くで応援していた方がマシだったかもしれない…だってこの世界に私はいないんだもん…
「〜っ、おい、何言って…」
ダメだ、泣かないって決めてたのに…
「なまえ、どうした。どこか痛いのか?」
『…痛いよ、痛い…』
ポロポロと溢れ出る涙は止まることを知らないみたいだ。痛いよ、ここらへんが…
『胸が、苦しい…』
「そこ座れ、今医者を…」
『そうじゃない!』
思っていた何倍も大きな声が出る。殺風景な部屋に響く私の声。驚いたような顔をした流川くんが「おい…」と声を漏らした。
「なまえ…?」
『今の人は…だれ、ですか…?』
聞きたくなんてなかった。せっかく会いに来たのに自ら火に飛び込むような真似はよしたい。けれども聞かずにいられなかった。ドキドキと心臓の音がうるさい。流川くんに聞こえてしまっているのではと心配になるくらいだった。一秒がまるで何十分のように長く感じられる。
「…今の、女のひと?」
『う、うん…』
「チームのアシスタントマネージャーだけど。」
あ、アシスタント…マネージャー…?
「今度の遠征に変更点があったとか。」
『…それを、知らせに…?休みの日に…?』
「電話したって言ってた。俺空港にいたから…」
そう言って流川くんは置いてあった携帯電話を手に取る。「あ、電話がすげぇ…」とぼやいてガタッと再びそれをテーブルに置く。チラッと見えたロック画面は以前会った時二人で出かけた先で撮った写真だった。
『そ、そっか…』
「…まさか、」
『あ、いや…別に疑ったわけじゃ…!』
「…ヤキモチ?」
…そうだ、妬いた。どうして家に女の人が来るんだと、どうしてそんな綺麗な人と知り合いなのだと。ここでの「普通」であるその挨拶も私には全て嫉妬の対象だった。チームのマネージャーさんに嫉妬するなんて…ただ仕事で…それも電話に出ないからわざわざ直接伝えにきてくれたっていうのに…私ったら…
『…なっ、なんでそんな、笑うの…?』
「…別に。」
『だ、だって…好きだから…流川くんのこと大好きだから…私だけ見てて欲しいんだもん…!』
隠しきれないのならいっそのことぶちまけろ…!と意を決して伝えた瞬間私はドサッとその場に倒れ込んだ。
『…えっ、?』
「…どあほ、」
目の前には流川くんの顔。見たことないほど嬉しそうで幸せそうで…頬を少し赤く染めた流川くんがいる。
『…喜んでる、の…?』
「あぁ、そりゃな。」
『………』
「なまえが可愛くて仕方ねぇ。」
ふにゃっと柔らかい感覚が唇に押し当てられる。全てを溶かしてしまうほど甘く優しいそれに自然と声が漏れる。その全てに応えようとさらに甘いキスをくれる流川くん。次第に彼の唇は私の首筋へと移動しチクリと何度も何度も幸せな痛みが私を襲う。
「…安心しろっ、」
『…はぁっ、…』
「俺にはお前だけだ…」
ありとあらゆる箇所にキスを落とされ赤い痕をつけられる。目が覚めた時その多さに驚愕する羽目になるのは言うまでもない。いつにも増して機嫌も良く止まることを知らない流川くんに散々求められ愛される。私の頭の中から嫉妬なんて文字はすっかり消えていたのだった。
愛しい君にはお仕置きを(ちょっ、流川くん!吸い過ぎ!つけすぎ!)
(可愛いからだろ、自分のせいだ)
(えぇっ、そんな…)
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