前編








いつからか目で追っていた。その温厚な人柄、可愛い笑顔、仲間想いの優しい性格…


『水戸くん、おはよう。』

「おう、おはよう。」


和光中三年、みょうじなまえ。同じクラスの水戸洋平くんが好きです。彼に恋をして早一年が経ちました。特に進展はなくただの友達です。だけど…


『今日もバッチリだね、リーゼント。』

「そう?上手く纏まらなくて朝から困ってたんだ。」


とってもとっても幸せな毎日を過ごしています。去年まではクラスも違くて遠目で見てることしか出来なかったんだけど、それでもやっぱり彼のことが大好きで。今年は同じクラスになったのをいいことにさりげない話題から近づいて、ついに「友達」の地位まで登り詰めたわけです。だから今この瞬間が、私には信じられないほどに輝いていて…彼女や恋人なんてそんな響きに騙されません。声を大にして言いたい。


とってもとっても、幸せ…


「みょうじさん、シャンプー変えた?」

『へっ…あ、なんで…わかったの…?』

「あ、いや…変な意味じゃなくて…なんか香りが違うなって…」


あ、いや、なんでもない、忘れて


水戸くんはそう言って入ってきたばかりの教室を出て行った。残された私の心拍数…どうしてくれるんだ…


『なにそれ…なんか、ずるいよ…』


匂いってやっぱりわかるものかな?そりゃ隣の席だし動くたびに私だって水戸くんの匂いに包まれて幸せを感じてるけど…まさかシャンプー変えたことに気付いてもらえるなんて、そんなことあると思わないじゃん…だって、私の香りがいつもと違うってそう思ったわけだよね…?そんな…そんなこと、ある…?


『うわぁぁ…もう…』


顔を手で覆う。絶対に赤くなってる。この場に水戸くんがいなくてよかった…って、そう思おう…


『…好き…』


今日も私は水戸くんが好きで、本当におかしくなりそうなんだよ。












「…馬鹿だ…絶対やべぇ奴だと思われただろ…」


駆け抜けた廊下、たどり着いた裏庭、座り込む午前八時過ぎ…


隣の席になってから心臓に悪いなとずっと思ってた。そりゃもちろん話せる機会も多いし近くにいられるっていうのは素直に嬉しいんだけど…やっぱり、少し動いただけで香るいい匂いとか、近くで見る笑った時の笑顔の破壊力とか、髪を束ねてきた日は少しの振動で揺れるポニーテールとか…俺をどうしたいんだ…と思うことばかりで、所謂好きすぎて困るってやつだよ…


「変態だとか、思われてっかな…」


思ったことをすぐ口に出してしまう。普段ならそんなことはないんだけど、みょうじさんのこととなるとどうにもこうにも考えるより先に言葉にしてしまって。口から出た後にハッと後悔したってもう遅いのに…あぁ、どう思われたかな…気持ち悪いと思われてなきゃいいけど…にしても今日のもまたいい匂いだったな…


「あぁぁ…サボるか…」


裏庭にゴロンと横になってみる。みょうじさんと隣の席になってから遅刻は多分ゼロだ。会いたいというただその思いが俺を奮い立たせ苦手な朝ですら克服出来るのだから恋とは素晴らしい感情だよ。きっと今の俺ならある程度のことは頑張れちゃうんだろうよ…うわぁ、なんかかっこ悪いけど…


目を閉じれば何故だか先ほどのふわっと香るいい匂いが蘇る。女子特有の甘い匂い…あまり好きだと思ったことはなかったけれど…みょうじさんから香ってるんだと思うと途端に耳まで赤くなるわ、俺…


「ねみぃ…」


空を見上げて横になれば暖かな陽気も俺を眠りに誘ってくる。あぁもう…朝から何してんだ…とそんなことを考えながら俺は目を閉じた。













『…と、くん…水戸くん、』

「……」

『水戸くん!』

「…おわっ、……あ、みょうじ…さん…?」


やべぇ、わかんねぇけど、やべぇ…!


そう思いガッと体を起こした。夢…?俺の隣に俺を呼ぶみょうじさんがー…


『こんなとこで寝てたんだね、おはよう。』

「…お、おはよう…」


夢じゃない…!夢じゃなかった…今俺のこと起こしてくれたのみょうじさん…?


うわぁ、なんか、やべぇ…寝起きの寝ぼけた目で見るとなんだかみょうじさんの頬が真っ赤に染まってるように見えた。うわぁ…俺の目が俺の都合を聞きすぎてる…ついに脳味噌に体が浸食されてしまったのか…俺相手にみょうじさんが頬を赤く染めるなんてことは…


『一緒に戻ろうよ、待ってたんだよ?』


待っ……


「…ん、ごめん。」


ゆっくりと立ち上がる。行こう、と俺の前を歩くみょうじさんについていく。頭の中はパンク寸前だけれどこんなとこで頭を抱えて悶えるわけには行かずにさほど深く考えないようにと頭をぶんぶん横に振る。冷静さを…保て…俺…!


『…水戸くん、進路って決まった?』

「進路…あぁ、まぁ。」

『ほんと?どこの高校?』


前を歩いていた彼女が立ち止まり真剣な顔で見つめられどうしたらいいのか分からずにとりあえず同じようにその場に立ち止まる。え、えぇっと…


可愛い…っす…


あ、いや、違くて…


「湘北…だけど。」

『湘北…あぁ、県立高校ね!なるほど!』

「みょうじさんは?」


確かに俺だって君の高校、知りたかったところなんだよ。都合よく、相手の分も聞けるチャンスだとそう思い問えば「内緒」とにっこり微笑むではないか。


可愛い…けど、知りてぇのに…


「な、なんでだよ…」

『まだ悩んでる最中だから。』


悩んでるわりには随分と楽しそうな彼女と願わくばこの先も共にいられますように…なんて、可能性が極めて低いことを神に願ってみる。こんなにもたくさん高等学校が存在するここらでたまたま同じ高校に行くなんて極めて可能性が低い…


どちらかがどちらかに、合わせたりすれば話は別だけど…


生憎俺はそんな成績を持ち合わせていなかった。


『裏庭で寝てたなんて先生には秘密だよ。』

「…わかってる、ありがとう。」

『良かった…隣いないと落ち着かなかったから。』


俺が席に座るなりニコニコと微笑むみょうじさん。この席、この瞬間…いや、中学三年よ、頼むから終わるな、終わるんじゃねぇよ…俺らを置いて先に進まないでくれ…とどんなに願っても叶うはずのないことに頭を使っては終わりが近づくことに落胆する日々だった。





すべては君色に染まっている


(なぁ、この問題どうやって解くの?)
(あぁ…これはね…)
(…やっぱみょうじさん頭いいしな…)






















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