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『いつからここにいたの…?』
「バイト先に行ったけど今日は来てないって言うから。」
栄治はそれからずっとここにいたとあっけらかんと言い放った。
「なまえは俺に断りもなく約束を破るような人じゃない。」
私の目を見てそう言う栄治。何もかもお見通しだといったその表情に何か揺るぎないものを感じ目を逸らしたくなった。私の知ってる栄治じゃない…
「何か理由があるんじゃないかと思ったら…やっぱりね。」
そう言って隣に立つ南を見る。栄治の方が少しだけ背が高いような気もするけれどほぼ対等の視線。南もまた真っ直ぐ栄治を見つめていた。
『ごめん…その、約束は覚えてたんだけど…』
「別にいい、問題はもうそこじゃないから。」
栄治はそう言うと一歩南に近付いた。
「なまえの彼氏ですか?」
簡易的にそう問うと真っ直ぐ見つめたまま南の返事を待っている。よく見れば手は赤くとても冷たそうだった。何もかも心が痛くなる。
「…おう。」
「なんで嘘を?あなたが彼氏じゃないことはよくわかっています。」
目を丸くする私に栄治は「見た」と一言そう言う。
「なまえの部屋に頻繁に出入りしてる所も、街で他の女と歩いてる所も。高校の先輩になまえと同じ大学に行った人がいるけど、聞くところによるとミスコン準優勝の女と付き合ってるらしいですね。」
それも随分と長く
私の知ってる栄治はどこにもいなかった。南との関係に勘付きながらも私に会いに来てはヘラヘラと笑っていたということだ。まさかこんなに大人っぽく、そして落ち着いた冷静な一面を持っていたなんて…
「俺の大切な人です。なまえに手を出さないでください。」
栄治はそう言って私を引き寄せた。南と距離が出来てそっと背中に隠される。隙間から覗けば南は黙って下を向いていた。せっかくなんとかなりそうなところまでいっておいて、こんな形で南と離れ離れになるのは嫌だとそう思いながらも、やっぱり何かの夢だったのかな…と結局は結ばれない運命なんじゃないかとそんなことを考える自分もいた。
「…それはできん。」
ポツリと沈黙を破ったのは南だった。今度は前を向き真っ直ぐ栄治を見つめている。その顔に迷いはないように見えた。
「確かに言う通り、彼女は居った。大切な人を傷付けて君にも申し訳ないと思う。それでも俺はなまえが好きや。」
好きだ…好きだ…好き…
初めてかけられたその言葉が何度も何度もこだまする。頭の中で響いて心の中でも響いてじわじわと涙さえも浮かんでくる。南から「好き」という言葉をもらえるなんて…そんな日が来るなんて…
「なまえだけを見てくれない男にそう簡単に渡すわけにはいかないんです。」
「…俺かて他の男に渡すわけにいかんねん。」
「好き」ももちろんそうだけど、南が一歩も引き下がらずに、なおかつ栄治のことを邪険に扱わず丁寧に対峙してくれたことがなんだか嬉しかった。私がそっと栄治の手に触れれば彼はビックリしたように後ろを振り向いた。私の知ってる栄治の顔だった。
『栄治、心配かけてごめん。それと今日は本当にごめん。』
「…なまえ、ダメだよそんな男と関係を持ったら。一度やる男は何度でもやる。なまえが苦しむところなんて俺見たくないよ。」
しっかりと年下男子の顔をした栄治がそう私に投げかける。だからやめようとそう言われ本来ならわかったとそう告げて安心させてあげたい。幼馴染として、年上の女として。
それでもやっぱり私にも譲れないものがあった。
『ありがとう、栄治。でもごめん。私南のことが好きなんだ。だから離れるつもりはないしこれからは恋人としてそばにいたいと思ってる。』
「…じゃあ、付き合うんだ…?」
その問いにコクリと頷く。私の眼の色を見て栄治は観念したように「頑固だからな、なまえ」と呆れたように笑う。その表情がまさに大人っぽくていつのまにこんなに成長していたのかと何故だかそこに感動して泣きそうになった。
「いいのか、浮気男だぞ?」
『大丈夫、もし大丈夫じゃなかったら…その時はたくさん話聞いてね。』
「…しょうがない、俺が代わりに殴りに来るよ。」
勝手に話を進める私達に「なんやねんそれ…」と不満気に呟く南。少し口を尖らせた姿が可愛くて見惚れていたらそっと頬に手が触れて横を向かされた。目の前には栄治の顔がある。
「…なまえ、何かあったらすぐ言うこと。」
『わかってる。』
「俺に隠し事は通用しないから。いいね?」
確認するようにそう問う栄治は綺麗に笑った。それにつられて私も笑う。両頬を両手で包まれてその冷たさに心から申し訳なくなってさらにその上から私の両手で包んでみる。栄治は驚いたような顔をした後に「なまえの手、あったかいね」と笑った。
「あーあ…どうしてもう少し早く生まれて来れなかったかな…」
栄治はそう言うと南の方を見た。相変わらず頬は包まれたままだ。
「なまえのこと泣かせたら俺がもらいます。」
「わかっとる、泣かせへんけど。」
「…なんかムカつくなぁ…」
栄治は不満気にそう言って笑った。南は「なんやねんそれ」とこれまた不満気だ。そして「いい加減離さんかい」と後ろから聞こえる。南は少しくらい嫉妬しておけばいいよだなんて私の意地悪な部分がまた少し出てきてしまった。
「…これからも幼馴染だから。遊びに来るよ。」
『いつでもおいで。』
「…あんま来んなよ、少しは気を遣え。」
ゆっくりと手が離れ栄治はチラッと南を見る。
「…たったの一度くらい、許してくださいね。年上ですし。」
そう言って栄治の顔が私の目の前に近付いてきた。驚く間もなくチュッと唇に何かが触れ、離れると同時にそれが栄治の唇だったということに気付く。
『えっ……』
「ちょっ、お前…!!」
「本当なら一度くらい抱いても許されそうだけど。傷付けたくないからこれで我慢します。」
南に向けてベッと舌を出し私には「またな」と頭を撫で栄治は去っていった。
「あんの幼馴染…、覚えとけよ…!」
怒りに震える南に家の中に引きずり込まれ何度も「消毒や」と唇を重ねられ結局スーパーに行けず出前をとったことは言うまでもない。
「なまえ、遅刻や!」
『待って…今行く…!』
同じ家を出て同じ道のりを歩く。向かうのは同じ大学で「ただいま」と帰る場所も同じだ。
「今日の晩ご飯何?」
『昨日買ったお肉があるのですき焼きです。』
「おぉっ、ほんなら一日頑張ってきます。」
階段の前で別れた。何故だかピシッと敬礼をして去っていく南に笑いが溢れる。
『なんの敬礼…可愛いけど…』
あの後すぐ南は先輩と決着をつけた。生きて帰ってくると物騒な約束をしてから出かけて行き帰ってきた時には見たことないほどにスッキリとした顔つきで帰宅早々私を抱きしめた。それからすぐ同棲をすることになり、卒業に向けて互いに就職も決め卒論に勤しむ日々を送っている。
珍しく「今日は俺が弁当作る」と張り切って朝からキッチンを占領していた南。昼休みになりいつも通り友達とテーブルを囲んで包みを開く。
『うわっ…!』
色鮮やかに詰められた並んだおかずたち。あまりの綺麗さに声が漏れた。
「いつにも増して美味しそうだね、なまえの弁当!」
「本当に栄養バランス最高かよ…!」
『へへっ…』
鞄の中から携帯が光っているのが見え、なんだろうと取り出してみる。
『…こちらこそ、だよ…』
ボソッと呟いては笑みが溢れた。南からの「いつもありがとう。これからも愛し抜きます」のメッセージ。そして今朝の敬礼はその決意を示していたのかと余計に愛おしくてたまらなかった。
この恋はずっと君だけを待っていた(南、お弁当ありがとう!)
(おわっ、…危ないやろ…アホ…)
るる様
るるさん!この度はリクエストありがとうございました( ; ; )そして本当に本当に遅くなり、そして本当に本当に素敵なリクエストをありがとうございました( ; ; )いつもいつも本当にありがとうございます( ; ; )!私が書く南くんを愛してくれて本当に嬉しくて、このリクエストをいただいた時も書いた今もやっぱり幸せな気持ちでいっぱいです!思い入れのある作品だからこそどんなルートを辿るか悩みどうしようかとたくさん考えました。本当に完結できてよかった…!少し長くなりましたがお付き合いいただけると嬉しいです。いつも本当にありがとうございます。今後ともよろしくお願いします!