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「なぁ、ほんまに美味くて他のもん食われへんのやけど。」
『何言ってるんだ…世の中には美味しいものがたくさんあるでしょうよ…』
クリスマスを泣いて過ごした私達はあれから毎日のように会っていた。しかし南の彼女である先輩は南からの一方的な別れに激怒したままでそれを受け入れてはくれなかったという。はなから卒業までの契約であり残り数ヶ月なのだから前倒しでもいいだろうに…もはや先輩の執念のようなものを感じてしまう。
南は毎日のように私の家にやって来ては飯がうまいだの借りてきた映画を見ようだの今までよりもずっと口数を増やし楽しそうにしていた。
「これが全部俺の為やと思うと…悪い気はせんなぁ。」
『自惚れたな…ま、否定はしませんけど。』
「わかっとるよ、ほんまにありがとう。」
チュッと唇が触れて中に食べ物を詰め動かしていた口が止まる。隣で何事もなかったかのように箸を進める南。平然としつつもその耳が少しだけ赤いことを私は知っている。本当に南が可愛くてどうしたらいいんだろう…本当に本当に実感が湧かないけれど最近毎日南がうちにいるの嘘じゃないんだよなぁ…
当たり前のような恋人同士の日常が、私にはちっとも当たり前になんてならなくて。朝起きて南が隣で寝てる幸福感といったら…
「チッ、容易に外も歩けへん。」
ぼうっと携帯を眺めながら南がそう言った。気付けば食器の中は空っぽで既に食事を終えたらしい。厳重に警戒しているモードを崩さない南は外で共に歩くことを頑なに拒んでいた。誰が何処で見て何をしてくるかわからないとそればっかりだ。
『まぁそのうちなんとかなるよ…』
なんとかしてもらわなきゃ困るんだけどね…とそう思いながら食器を片付ける。カチャンと音を立て流しにそれを重ねたところでインターホンが鳴った。キッチンのすぐ隣にあるモニターを確認するなり目を見開く。そこに立っていたのは栄治だったからだ。
『あれ……』
今日何日だったっけ…と南と共に過ごしたことで日付けと曜日の感覚を完全に失った私が電子時計を確認する。昼過ぎの時刻を表示する数字の上に今年も残りあと数日…といった日付け。そしてそれは私が栄治と共に実家へ帰ると約束した日だったことに今更気付く。
「…どないした、なんかの勧誘か?」
不思議に思った南がそう近寄ってきたのが分かり慌ててモニターを切る。なんでもない…と南を部屋の中に押し返すもその手はギュッと握られる。
「…あの男やろ。」
なんでわかったんだ…と落胆する私。南は栄治との関係を一切私に問いたださなかった。それは自分には理由はどうであれ彼女がいたという事実があるからこそ私に深く追及出来ないことが原因だとわかっていたし、私の中に存在していたらしい意地悪な心が「南も少しは私の気分を味わえばいい」なんてそんなことを思って自分から話したりもしなかったのだ。ちなみに彼氏ではないことはちゃんと話している。
なんて極悪人なんだ、私は…って、今はそれどころじゃない。
『いいから、入ってて。』
「あかん、俺が居るのに他の男と…」
『ちょっ、南…!』
スタスタと玄関まで歩き覗き穴から外を見る南。そうっと足音を立てずに忍足で歩く姿がなんとも言えないほどに可愛くて不謹慎ながら笑みが溢れる。
「やっぱりあの男や…」
姿を確認した南がそう呟く。後ろにいた私がとにかく栄治との約束をなんとかして断らなければと南を退かし部屋へ追いやる。
『いいからここにいて。約束忘れてたんだけどちゃんと帰ってもらうから。』
「約束…?なんや約束って…ちょ、おい!」
バタンとリビングに繋がる扉を閉め玄関に向かう。ドアノブに手をかけ、かけていた鍵を回そうとした瞬間だった。
『…っ?!』
その手は後ろから掴まれて動きを阻止された。靴が置いてあるタイルの上で後ろから南に抱きしめられると耳元で「あかん」と囁かれた。扉一枚挟んで外には栄治がいるというのに…
『ちょっ、みなみ…』
もはや口パクの域でそう言えば強引に後ろを向かされて唇を塞がれた。壁に追いやられると何度も何度も角度を変えてキスをされ音が出ないようゆっくりと滑らかにそれを行う南の色っぽさに心の奥がドロドロに溶けていく。すぐそこに栄治がいる…そう思えば思うほどに不謹慎ながらドキドキが加速して、いけないことをしているというスリルのようなもので胸がいっぱいになった。
「声出すなよ…アホ…」
そんなこと言われなくてもわかっている。あえて声が出そうなことをこの場でやってみせる南の方がよっぽどアホだと言ってやりたかった。首筋を噛み、鎖骨に吸い付き、服の上から胸の膨らみに触れる南の手つきが一々エロくて本当に腹が立つ。腹が立つのに…
腹が立つのに…信じられないくらい、好き…
「なまえー、寝てんのかー?」
すぐ近くで聞こえる栄治の声。ドンドンドンと扉を叩かれ二人揃って肩を上げ驚く私達。やめろ…いいとこや…と扉の向こう側に舌打ちをする南、本当にアホ…
「なまえー?……なんだよ、忘れてんのか?」
バイト入れたのかなぁ…と呟いた声を最後にトントントンと去っていく足音が聞こえた。栄治がいなくなったことを知らせるそれ。南は私の肩を掴み扉へと体を押しつけた。ドンッと音がして扉と南に挟まれる。この背後にはほんの数秒前まで栄治がいたっていうのに…
『痛い…、何すんの…』
「なんの約束やったん、ほんまにお前…」
立てへんようになるまで抱いてやるからな
そんな物騒なことを宣言され、そしてその宣言通り南は玄関で私を抱き、ベッドに移動してからも私を抱いたのだった。有言実行男…恐ろしい…
「実家に帰る?!」
『その約束。家が二軒隣だから。』
「んなことさせるかいな、アホッ。」
ペチッと額を叩かれる。案外痛い。おでこを押さえつつ南を見やれば「幼馴染か…」とそう呟いた。
「前言うてたな、そんなこと…」
確かに以前話の流れで男の幼馴染がいるということは話していたような気がする。慌てたせいで結びつかなかったらしく南は「でもあかん、幼馴染かて男は男」と言い放った。
「手も繋いどったしな…」
『幼馴染だからさ、あるじゃん。小さい頃もよく手繋いでおつかい行ったし?』
「そんなもん何年も続かへんわ、誤魔化せると思うな。」
的確なつっこみに再び額を叩かれる。南は一体私の額をどうしたいんだと睨めば「可愛いだけや」と一言で返された。
「ほんでも一日中家に居るのもあれやな…」
散々抱かれ時刻は既に夕方。話し合いの結果夕飯の買い出しに行こうとスーパーへ向かうことになった私たちは揃って靴を履き家を出た。
『ちょっ、南、待ってー…』
置いて行かれ慌てて玄関を出た時だった。
「…やっぱり。中にいた。」
そこには扉の隣に立ち私と南を交互に見る栄治がいたのだった。
この勝負、負けるわけにはいかない(…栄治、)