牧ver







「今日から転校生が来たからなー。」

『…はじめまして、みょうじなまえです。』


教壇に立つ女子生徒がそう言うと同時に教室からは拍手が起きた。照れ臭そうに下を向きながら頭を下げる転校生、なまえは担任の指示通り一番後ろの席へと歩いていく。


「…牧紳一。よろしく。」

『あっ…ま、牧くん…よろしくお願いします。』


席に座る前に隣の席に座る眼鏡をかけた男子生徒にそう声をかけられた。なまえは戸惑いながらも照れ臭そうにそう返事を返す。よく見てみれば同い年にしては随分と大人っぽく落ち着いた見た目をしているではないか。


そしてなんだか…色が、黒い…?


運動部かな…?日焼けするような運動といえば…サッカー部とか…?坊主じゃないから野球部じゃないとして…うーん…


担任の話を聞き流しながらなまえはそんなことを考える。休み時間になるなり品の良さそうなクラスメイト達に声をかけられ続け、時間が経つにつれどんどんと友達が増えていくのであった。


「牧くんどう?優しい?」

『えっ…あ、あぁ…うん…落ち着いてる…よね…?』

「もうそう思った?牧くんはね、バスケ部のキャプテンなんだよ。」


仲良くなった女の子達がお昼ご飯を食べながらそう教えてくれた。高二の秋を迎えた今、先輩達が引退してから新キャプテンに就任したらしく…なんでも一年生の頃からずっとスタメンを張るモンスターらしく怪物やら帝王やら双璧やら…そんな呼び名もあるんだとか…


もしかして、超有名人…?そんな人と隣の席に…?


なまえはそんなことを考えながらもぐもぐと箸を進めていく。偏差値も高い海南大学への進学も視野に入れてこの海南大附属高校を選び後押ししてくれた両親には感謝の気持ちでいっぱいだ。編入試験は難しかったけれど…


お母さん、なんだか凄い人と隣の席になった…


心の中でそう呟く。転校前ずっと田舎町で暮らしてきたなまえにとって何もかもが輝いて見える上にみんなの普通が彼女には普通ではないのだ。この煌びやかな校舎も膨大な敷地も…凄い…











牧紳一は面倒見の良い男だと転校して数週間、なまえはそう感じていた。わからないことは事細かく教えてくれる上に気を遣ってくれているのか、こちらが質問する前にそっとさりげなく教えてくれる気も利いた男なのだ。眼鏡をかけるのは授業中だけだということも知った。バスケットが関連し牧のことを特別視してしまうなまえではあったが、本人にそんなことを言っては軽蔑されるかもと普通のクラスメイトとして接してきている。おかげで随分と仲良くなったなと感じていた。


「それじゃ、みょうじ、また明日。」

『また明日ね。牧くん部活頑張ってね。』

「あぁ。ありがとう。」


いつもの通りホームルームを終えるなり大きな鞄を持って教室を出ていく牧。その後ろ姿を眺めてから自分も教室を後にする。ここ数日、この街をふらふらと散歩しながら帰っているなまえは今日はどこに行こうかとそんなことを考えていた。


昨日はわりと街中の方を探索したから…今日は…


『…海の方にしようかな…!』


田舎町で暮らしていた頃全く縁のなかった海。湘南の綺麗な海…見てみたい…と心が高鳴りワクワクしてくる。玄関先で正門へと向かう途中なまえは何故だか先生に呼ばれてしまったのだ。


『えっ…書類の不備…?今じゃなきゃダメですか…?』


えぇ〜…と落ち込みながらも職員室へとついていく。今出たはがりの玄関から校内へと入り廊下の奥にある職員室へと向かう。今まで縁のなかった職員室の広さに驚くのだが…












『って、何なのもう…すっかり遅くなった…』


辺りは薄暗くなる頃だった。急いで正門を出たなまえは一目でも良いからこの目で海を…と海岸に向かって走った。目で見ては近く感じても、実際に歩くとなると距離があるもんだな…とそんなことを感じながら。


『…っ、着いた…』


目の前に切り開かれた壮大な景色。


『…う、…うわぁ……!』


それ以外言葉が出なかった。夕暮れの海…なんと美しいことか…転校してからずっとバタバタと毎日を過ごし新しい環境に慣れようと必死だったなまえの心をスッと穏やかに宥めてくれる。頑張ってるよ、とそんなことを言われたような気がしてなんだか泣きたくなった。


『……うみ……、』


綺麗だな…なまえは涙目でそんなことを思った。疲れた心に染みるなぁ…って、気づけばその場に座り込み足をぶらぶらさせながら海を眺めている自分がいた。


どのくらい時間が経っただろう。そろそろ本当に帰らないと…となまえがその場を立った時だ。少し離れたところにぼうっと立ち尽くし海を眺めている男がいた。


『海南の…制服…』


大きな鞄を持ちその場から動かない海南の制服を着た男子生徒。背が高く夕陽のせいかやけにシルエットが暗く見える。


『まさか……牧くん……?』


バレないようにそっと近づく。そうかも…とは思いながらもしっかりとした確信は持てなかった。ちょうど背後に回り込みその背格好が牧だと確信する。どこか寂しげなその背中に「牧くん…?」となまえは優しく声をかけた。


「…ビックリした…みょうじ…」

『ごめん、牧くんかなって思ったから…』

「どうしたんだ?こんなところで…もう暗いのに…」


海、綺麗だなって思ってたの


なまえがそう答えれば牧は少し間を開けて「そうだな」と言った。その目は真っ直ぐ海を捉えている。隣に並んで立ち二人して海を見る。しばらく無言が続いた二人だったが先に口を開いたのは牧だった。


「何も聞かないんだな、みょうじは…」

『心ではいろいろ思ってるよ。牧くんのような凄い人も、私みたいに海に癒しを求めることがあるのかな…とか。』

「俺は何にも、凄くはない。」


牧がそう思われるのが嫌かもしれないとなまえはそう思い、クラスメイトとして彼と向き合ってきた。それでも今出たのは真実。牧はそれをわかっていた為素直になまえに心の内を漏らしたのだった。


「周りからどう思われてるかはよくわかっている。それでも俺は…特に何の取り柄もない普通の生徒だ。」


牧は自分のことをそう言った。その横顔はどこか寂しげで普段きっと他の誰にも見せない顔なのだろうと容易に想像がついた。


「プレッシャーに押し潰されそうになる時もある。そういう時は、ここに来るんだ。」


そう言って少し顔を上げる。海を見る眼差しはとても優しく温かく、そしてもう…寂しそうではなかった。


『…牧くん、よく頑張ってるんだね。』

「…みょうじもな。」


互いに褒め合い互いに心を落ち着かせる。牧くんも普通の高校生なんだなぁ…となまえは勝手に親近感を覚えた。普段から落ち着いた雰囲気とバスケットに関しては類稀なる素質を持つこの牧紳一。その飾らない自然体の彼に触れられたような気がして…そしてそれはなまえを喜ばせるのだった。


『あの波に乗れたら…気持ち良いんだろうなぁ…』

「…今度、サーフィンするか?」

『牧くんサーフィンやるの…?』

「あぁ。幼い頃からずっと…な。」


牧くんがサーフィン…?あ、でもなんだか似合う…かも…やっぱり海の近くに暮らすとマリンスポーツも当たり前なんだろうな…


なまえはそんなことを思いながら牧を見つめた。「どうだ?教えてやるぞ」と言われて「うん」と頷く。そして牧の色の黒さとサーフィンが結びつき「だからか…」と呟くのだった。


「今もしや…肌の色のことを…考えてたな…?」

『あれっ、何でバレたの?!』

「言われ慣れている。」


牧はそう言って困ったように眉を下げなまえはそんな彼を見てクスクスと笑った。


「波に乗るのは楽しいぞ、コツを教えよう。」

『すぐ乗れるかな…難しそう…』

「だったら乗れるまで指導するよ。」

『っていうか、夏以外にもやれるんだ…?』


寒さ対策をすれば平気だと牧くんはそう言った。それでも大会前は怪我防止の為なるべく控えているんだと呟き「本格的に冬になる前に試してみる」という約束を交わすのだった。


『牧くん…、私、ここに引っ越してきて良かった。』

「この海は…とても魅力的だよな。」

『それもあるけど…他にも理由があるの。』

「…?」


不思議そうな顔をする牧くんが私のその理由に気付くのはもっともっと後のことだった。











弱さを見せ合う関係性


(それは幸せな関係を築くスタートライン)








ゆかりん様

この度はリクエストありがとうございました!宗ちゃんとの関係をずっと考えていたら十年愛を貫く大物語になりました(*_*)!転校から始まる恋…ということでお納め頂けると嬉しいです( ; ; )仙道、牧verも書かせていただきました。全部読んでもらえたら嬉しいです。いつも本当にありがとうございます。毎日大変だと思いますがお体に気をつけて、今後とも仲良くしてもらえたら嬉しいです(^^)よろしくお願いします。リクエストありがとうございました!








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