仙道ver
「今日から転校生が来たからなー。」
『…はじめまして、みょうじなまえです。』
教壇に立つ女子生徒がそう言うと同時に教室からは拍手が起きた。照れ臭そうに下を向きながら頭を下げる転校生、なまえは担任の指示通り一番後ろの席へと歩いていく。
『…よ、よろしく…お願いします…』
凄いツンツン頭だ…と恐る恐るそう声をかけるも返事はなかった。頬杖をついているせいで表情が見えなかったが耳をすませば静かな寝息が聞こえてくるではないか。なんだ…寝てるのか…となまえは気にせず前を向く。前の席の男子生徒が後ろを振り向くなり「よろしく」と声をかけてくれた。
「ソイツ仙道って言うんだけど、よく寝てるから気にしなくていいよ。」
『そうなんだ…』
「バスケ部のエースでめちゃくちゃすげぇ奴なんだけどね。」
バスケ部のエース…なまえは「凄い人なのでは…」と瞬時にそう思った。高校二年の夏前にエースを張れる実力に加えて、転校にあたり陵南高校について念入りに下調べをしてきたなまえは男子のバスケットボール部がかなり強いことをわかっていたからだった。仙道という覚えやすい響きと座っていてもわかる長身、チラッと一瞬見ただけではあったが、綺麗な寝顔だった気がする。
『すごい人と…隣の席に…』
いつか起きたら挨拶だけでもさせてもらおうと、なまえはそう誓い前を向く。初っ端から授業に遅れをとるまいと必死に食らいつくのだった。
「みょうじ、隣の奴を起こしてくれ。」
『あ、はい……』
バスケ部の副部長らしい先生がそう言って「まったく…」とため息をついた。寝てばかりどころか一瞬たりとも起きない仙道の背中をなまえはトントンと叩くも何も効果はない。前を向けばかなり怒っているような先生の雰囲気を感じ取ったため、慌てて体全体を揺さぶった。頼むから起きて欲しい…なんだか…怖いんだよ…
『仙道くん、仙道くんっ…』
「…んぁっ、」
課題が増やされたり、連帯責任になったりしたら…と慌てるなまえの願いが通じたのか仙道はムクッと体を起こしぼうっとした顔で一点集中、どこかを見つめていた。その綺麗で整った容姿に度肝を抜かれたなまえの頭には一瞬で「この見た目で、バスケ部のエース?!」とそんな言葉がぐるぐると駆け回った。天は二物を与えないんじゃなかったのか…?!
仙道はぼうっとした後、ガミガミ言う教師の言葉に耳も傾けず隣の席をジッと見つめた。望んでもいないのに視線の的になってしまったなまえ。隣から感じる視線に横を向けば吸い込まれそうな綺麗な瞳と目が合った。ぼやぼやとしていたはずの瞳はパッチリと開いていた。
『あ、あの…起きてて…ください…』
仙道にジッと見られ、教室中の視線も感じたなまえは恥ずかしそうにそう呟く。するとあろうことか次の瞬間、スッと手を握られてしまった。隣に座る仙道から伸びてきたものだ。
『えっ…?!』
「ごめん、越野…いつも迷惑かけて…」
越野…?誰…?となまえが顔を真っ赤にして固まる中仙道はそう言うと「でもごめん、眠い」と呟き再びバタンと机に伏せた。ポロッと外れた手のおかげでなまえは解放されたのだが…
「こら仙道!寝るな!田岡先生に報告するからな!」
「…ひどいなぁ、越野…」
『…?!』
ぼやぼやとそんなことを呟きながら再びなまえの手をキュッと掴む仙道。それでも体は伏せたままで目も閉じている。
『あのっ、手を……』
「越野ぉ…ごめんって……」
もはや越野って誰なの?!私はみょうじだよ?!と心の中でツッコミが止まらないなまえ。教壇に立つ教師には繋がれた手が見えないのか「ハァ…」と呆れ「越野は隣のクラスだ、寝ぼけやがって」とそんなことを言うのみだった。
越野…彼女さんの名前…?寝ぼけて私と間違えたとか…?手も繋ぐくらいだから…
「…田岡先生に報告な。授業再開するー。」
あぁもう…いいのかな…とそんなことを思いながら授業を必死に受けるなまえの手は一向に解放されそうになかった。
「おい仙道ー…って、オメェはいつまで寝てんだよ!」
「痛っ…、」
休み時間に入ってもなお起きない仙道くん。ふとしたタイミングで手は離してもらえたけれど…とそんなことを思ううちにバタバタとやってきた男の子。プリプリと怒っておりそのまま仙道くんの後頭部をぶっ叩いた。
えっ…そんな荒技…すごい…お主、何者…
「…あっ、越野。」
『こっ、こし……』
この人が、越野…?!とついつい慌てる私にジッと視線を向ける越野くん。どうしようと慌てて「転校してきた者です」と名乗れば、案外礼儀正しい彼は「越野宏明です」と頭を下げてくれるではないか。越野って…まさかの男の子だったとは…
えっ、手を繋ぐ…関係…?!
「オメェしっかりしろよ!すみません、コイツの隣の席なんて転校早々嫌な思いさせてますよね…」
『あ、いえっ…そんなことは…』
どこまでもしっかりしてるらしい越野くんに代わりに謝られていやいや!と手を横に振る。そして隣からジッと感じる視線…そういえば、ちゃんとまだ仙道くんに挨拶…
『おわっ、?!』
「ふふっ、ごめんね、いい匂いするなぁって。」
不意に横を向けばすぐ隣にいつのまに仙道くんの顔があって。慌てる私の隣で越野くんが「何してんだよ!転校生を困らせんな!」と怒鳴ってくれる。
「困らせてないよ、ねぇ、なまえちゃん。」
『あ、えぇっと………あ、あれ?!』
そういえば…どうして私の名前を…
仙道くんはニコニコと笑っているが、自己紹介の時にはぐっすり眠っていたはずだし…どうして?いつのまに覚えた…?と考え込む私に向かって「ちゃんと聞いてたよ」と笑う。とっても綺麗で輝いた顔で…
うわっ、すごい吸引力だ…
『寝ながら、聞けるの…?』
「必要だと脳が判断したことなら、ね。」
そんなことを言って笑う仙道くんと「はぁ?」と声が漏れる越野くん。そしてその場に「おーい、仙道」と誰かが駆け寄ってきた。周りに人が集まる仙道くんはやっぱりモテるし人気者なんだなぁ…とつくづくそう思う。
「何があったの?」
「植草…何って?」
「すごい噂になってるよ。仙道が寝ぼけながら越野と間違えて転校生口説こうとしたって。」
「…ハァ?!」
越野くんの大きな声が響いた。そしてふるふると震え出し「何してんだよ、オメェは!」と怒り狂って叫ぶのだが…仙道くんはヘラヘラと笑ったままだった。
「突っ込みどころが多すぎて意味わかんねぇよ!俺を休ませろ!なんなんだよ!俺も転校生も巻き込むな!」
「ハハッ…植草、それ間違ってるわ。」
仙道くんはそう言うと「寝ぼけながら…の後に、抜けてる文字がある」と言うのだ。
『…?』
「寝ぼけながら…、わざと、越野と間違えて転校生を口説いた…ってことかな?」
植草と呼ばれた男の子は越野くんと違い特に慌てたり取り乱したりするような様子もなく淡々とそう言った。わざと…?と首を傾げるのは私で、それを聞くなり再び「ハァ?」と声出すのは越野くんだ。
「さすが植草。ご名答。」
仙道くんはそう笑うとふと私の方を見た。バッチリと目が合い少し首を傾げながらニコッと微笑みかけてくる。ドキドキとうるさい心を抑えながら、本能がこの人は危険だとそう感知する。
なんだか、怪しい雰囲気……
「オメェが特定の女子を…やり方は気にいらねぇしとばっちりはムカつくけど…」
「だって、そっちの方がインパクトあるだろ?」
少し落ち着いた越野くんにそう言って仙道くんは椅子に座り直した。姿勢を正して私の方を向く。その顔は先ほどまでと違いとても真剣だった。
「仙道彰です。みょうじなまえちゃん、よろしくね。」
『…あっ、あぁ…はい…よ、よろしく…』
「早速だけど俺バスケ部なんだ。よかったら練習見て行かない?」
その言葉に植草くんが「よかったら、どうぞ」と続けてくれる。先程から心なしか女子生徒からの視線も感じる。その理由がこの仙道くんであることは間違いないだろう。騒がしい日常が私を待っていることなど…もはや言うまでもない。
はじめまして、可愛いキミ(つーか!早く誤解を解け!俺とお前の仲が疑われてんだよ!)
(もうー…越野はほんっとうにうるさいなぁ…)
(女子から追っかけられんだよ!なんとかしろ!)
(そのうちわかるでしょ…俺なまえちゃんのとこ行くから)
(あっ、おい待て!仙道!!)