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◎シーズン「2019 Christmas」にある「ラブトライアングル(南 沢北)」の 南 ver .








学内で顔を合わせても私と南に挨拶以外の会話は無い。ごくたまに友達を介して話をすることはあっても、二人きりで何かを話したり笑い合ったりなんてことは断じて無かった。


…そう、学内では。


「なぁ、これほんっまに美味いわ。」

『ありがとう…南いっつも褒めてくれるから、作り甲斐があるよ。』

「美味いもんには美味いって言う、普通のことやねんけど。」


なんら特別なことではない、美味しいから美味しいと言う、ただそれだけだと、南なら言いそうなことをやっぱりあっけらかんと言い放つ。その南にとっての「普通」が私には随分と輝いて見えて…


南はいつだって本当に眩しい。


「…ご馳走様でした。」

『綺麗に食べてくれてありがとう。』


パチッと手を合わせ長さを揃えて箸を箸置きに戻す南のそのひとつひとつの動きが、私にはやっぱり美しく見えた。


ダメだ…好きだ…


南には彼女がいる。そしてそれは私ではない。だからこうして「二人きりで」会うこと自体がおかしいんだって、そんなのはわかってる。それでももうこんな関係になって丸二年半。どうにもこうにも進めないこの位置、それでもここから動くことなど私には出来なかった。


だって、南が好きだ。会いたい、隣にいたい。


それが叶うのなら、例え南の心が私の元になくとも平気だってそう思ってしまうのだ。時間を作ってはこうやって会いに来てくれる南をいつもずっと待ち続けて、極力家から出ないようにしているなんて健気過ぎて笑えてくるけれど、それでも私は毎日幸せだとそう思っている。どんな形であれ、南烈が私の隣にいる。私が作ったご飯を食べて、私に向かって笑いかける。時に乱暴に時に優しく、彼の引き締まった体に抱かれ愛される。


これ以上、私には何もいらないよ…


「…あんま時間、あらへんな…」


南はつけていた腕時計を見た。そしてそう呟くなり私に視線を向ける。その瞳から…その瞳の奥の燃えるように熱いメラメラとしたものから、彼が今何を考え、何をしようとしているのかなんて一瞬でわかってしまうんだ。ボボッと全身の体温が上がるのがわかる。


「…なまえ、」


そっと南が近づき私の名前を呼んだ。掠れたその色っぽい声に体が瞬時に反応する。今から何が始まろうとしているのかなんてもちろんお見通しで、今日もまた私の心や体、私の全ては南の元にあるのだった。


「ほんまに可愛いな、なまえ…」


今日も綺麗やと告げられて何も身に纏わない裸の心がキュッと苦しくなる。同じ言葉を誰かにかけられたとしてもこれほどの威力は持たないんだろうな…とそんなことを考えた。


『南…』


「好き」と続きそうになり口を閉じる。漏れる吐息で誤魔化して、ついでに自分の心も見ないフリだ。好きだと告げて返事を求めて、南を困らせるつもりは一切ない。


そんなことしたら…私達の関係は終わってしまう。


所詮体の関係、深くを求めてはいけない。立場を弁えない不倫が一番最低だと何かで読んだこともある。これ以上の幸せを求めるな。今だって南に抱かれてそれだけで飛び上がるほど嬉しいじゃないか。


欲張りになったら負けなんだよ…








「ほんならまたな…風邪引くなよ。」

『気をつけてね…南、』

「おん…また来る。」


だからこそ今日もまた朝を迎えず去って行くその姿に強がって笑いかけてみる。心の奥から湧き出る「行かないで」という言葉を、行き場のないこの思いを、かき消すかのようにベッドに倒れ込んだ。


『南の匂いがする…』


シャワーを浴びる気力も無い。くたくたになった体でただ南の残像と残り香、微かに残る温もりを感じて目を閉じる。いい夢が見られそうかも…と次目を開けたときには朝を迎えていた。












『…誰、こんな朝早くから…』


アルバイトの無い土曜日の朝。南に抱かれてそのまま眠った昨晩。朝からシャワーを浴びさっぱりとしたところで早朝と呼べる時間にも関わらずインターホンが鳴った。南が忘れ物をしたとか…?なんて淡い期待を胸に抱いて確認もせずに扉を開けた先に立っていたのは「よう」なんて楽しそうに右手を上げる幼馴染だった。


『…なに?』

「第一声が何ってこっちが何って言いたいんだけど?」

『意味わかんないこと言ってないで用件は?無いならサヨウナラ。』

「待っ…、会いに来た!用件はそれ!」


閉めかけた扉を足で受け止めて無理矢理中に入ってきたのは幼馴染の栄治だった。小さい頃から常に私の後ろをちょこまかとついてきていた四個下のこの幼馴染は高校生の分際でしょっちゅう私の部屋に遊び来ては入り浸り泊まるだのなんだの騒いでいく調子のいい奴なのだ。


『ちょっと、何ベッドで寝てるの?』

「だってー…なまえのいい匂いがするんだもん…」


スーハーと息を吸っては吐いてを繰り返す思春期小僧こと栄治の最近の私への懐き方は異常で、それが単なる幼馴染としての感情じゃないことくらい一応わかってはいた。それでも幼馴染として過ごしてきた時間もあって邪険に扱ったり、あからさまに拒絶したりなんてことは私には出来なかった。この子がまだこんなに小さくて本当に女の子みたいに可愛かった頃から知ってるんだ。栄治のそのまっすぐな想いからあからさまに逃げるわけにはいかない。


「うわぁ…やべぇ…」

『…ちょっ、馬鹿!トイレ行け!』

「えぇっ…トイレー…?一緒に来てくれんの?」

『行くわけないでしょ!自分でなんとかしろ!』


バシッと背中を叩けば「痛いんだけど」と不満そうな声が返ってくる。ついでに「責任取ってくれない?」と微笑まれた為何かが起こる前に無理矢理トイレに押し込んでおいた。人のベッドに寝転がるなり勢いよく匂いを嗅いだ後、下半身を隠すようにして「ヤバイ」と言われる日が来るだなんて…一体誰が予想したんだ…あの頃は可愛かったんだよ、栄治こんなにちっちゃくてね…あぁ…懐かしき思い出…


「…ったくー、相手してくれたっていいじゃん。」

『何言ってんの、この変態。』

「痛っ…」


心無しかスッキリしたような顔の栄治がトイレから出てきて、いつからこんな風になってしまったんだと呆れながら朝食を作る。南に振る舞うようになってから熱を入れ始めた料理の腕前を栄治にもまた「美味そうだな!」と褒められる。まぁ、悪い気はしなかった。


『朝ご飯くらい食べてきなよ、ちゃんとおばさんに連絡したの?』

「したよ、今日はなまえん家泊まるって言った。」

『…何勝手なこと言ってんの…?』


イテテテテ…!と連呼した栄治が「ギブ!離せ!」と叫んでも私は彼の頬を引っ張ることをやめなかった。何を勝手に決めてんだこの馬鹿…


「いいだろ、どうせ彼氏もいないんだし?」

『…洗濯物と一緒にベランダに干してやろうか…』

「嘘だって!悪かったよ!なまえ!」


独立に憧れて大学に入るタイミングで実家から近い場所で一人暮らしを始めた私の部屋は、高校二年の冬を迎えた最近の栄治にとって都合よく使われる逃げ場になっている。進路の話で栄治とテツさんがぶつかっているという話は相変わらず栄治のお母さんと仲が良いうちの母親から聞いていたし、栄治本人も「進路がな…」とたまに漏らすからわかってはいる。こういった逃げ場が「外」ではなく私の家だということはおばさんもテツさんも安心していることではあるし…夜遊びなんかされたらたまったもんじゃないしね…


ただ、問題は二つ。


「ん〜…美味い、マジで嫁ぐ気満々だな。」

『意味わかんない、黙って食べて。こぼれてる。』

「照れんなよ〜…」


いつか逃げることも立ち止まることも見ないフリをすることも許されないくらいに、栄治の想いに向き合わなきゃいけない日が来るんじゃないか…ということと…


栄治がいるこのタイミングで、南の訪問があったらどうしよう…と、私の頭の中は結局南でいっぱいなのだった。








Non Stop Love !


(ねぇ、今日デートしようぜ!)
(勉強しなさい、もうすぐ受験生でしょ)
(いいから!もうすぐクリスマスだろ!)









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