神ver






「今日から転校生が来たからなー。」

『はじめまして、みょうじなまえです。』


教壇に立つ女子生徒がそう言うと同時に教室からは拍手が起きた。照れ臭そうに下を向きながら頭を下げる転校生、なまえは担任の指示通り一番後ろの席へと歩いていく。


「よろしくねー!」

「よろしくお願いします!」


通りすがりにほぼ全員から声をかけられたなまえはその都度「よろしくっ…」と呟いて席へと向かった。隣の席に座る男子生徒は立たずとも背が高いことがうかがえる。机の下に収まり切らないほどの長い脚。なまえが挨拶をしようと彼の方を見ても一向に視線が交わることはなかった。


どうしよう…声かけようかな…でもなんか、怖いな…


なまえはそんなことを考えながらそっと椅子を引きとうとう無言で座ったのだ。それを確認するなり担任がホームルームを始め出席を取っていく。当たり前のように呼ばれた「みょうじ」という名前に、仲間に入れてもらえたという小さな喜びを感じるなまえ。


「神ー…」

「…はい。」


呼ばれた名前、「じん」。はいと返事を返したのはなまえの隣に座る男子生徒だった。静かに存在を知らせ再び黙り込む。なまえは無意識のうちにぼうっと左側を向いていた。


「…何?」

『えっ……あっ、いや……』


冷たく言い放たれた「何?」になまえは慌てて首を横に振り姿勢を前へと戻した。なんだか冷たい人なんだな…とそんなことを思いながら。


それにしても、「じん」とは…名字なのだろうか?いや、下の名前…?自分も含め他の生徒は皆揃って名字で呼ばれていたような気がするなまえは「じん」とは一体どっちなのか、はたまた名字だとするならどのような漢字を使うのかとても興味があった。


『…あ、あの…』


気になる…とならば、本人に直接聞くのみだ。仮に彼がクールで人とあまり話さないタイプだったとしても、転校生としてたった今このクラスに来た自分にそんなものは通用しない。なまえはそんなことを考えながら「じん」に向かってそう声をかけた。


「…?」

『じんって…名字…ですか…?』


それとも下の名前…?


ゆっくりと小さな声でそう問うなまえにそのじんは「名字」と一言のみ言い放つ。その冷たい態度に一瞬怯むもなんと珍しい名字なんだ…と感動するなまえ。響きもとても良い。気付けば「じゃあ下の名前は?」と彼に質問している自分がいた。


「…興味、あるの?」

『珍しい名字だなって思ったから。』

「…じん、そういちろう。」


「じんそういちろう」。短い名字にバランスのとれた下の名前。その響きの良さになまえは思わず「うわぁ…」と声を上げた。


「…?」

『すごい、かっこいい名前ですね。そういちろうくん…』


その時じんの表情が一瞬変わったことになまえが気付くことはなかった。何度も何度もその名を呼びやっぱり似合っていると笑っている。


「…かみって書いて、神。」

『神様の、神…?すごい、素敵な名前!』


パチパチパチとバレないよう机の下で小さな拍手を送るなまえは「改めまして、」と付け加えもう一度自分の名前を名乗った。それを神は静かに聞いていたのだった。


これが神宗一郎、みょうじなまえが初めて出会った、中学二年の秋のことであった。


『神くん、次の移動教室って、場所どこかな…?』

「…理科準備室、ついてくれば。」

『あ、ありがとう…お供させてもらいます…!』


移動教室は少し前を歩く神についていくようにして歩くなまえ。


「…こういう問題は、先生の好みらしい。」

『そっか…それじゃあ、類似問題が出そうだね。』

「実際に前回も出たから。」


テスト前には範囲を共に勉強し、傾向や対策も共に練った。


『…神くん、いつもありがとう。』

「……別に。」


二人の距離が少しずつ縮まっていくことはごく自然なことであり、なんらおかしなことではなかった。










しかし、だ。


初めこそ隣の席として会話が多かった二人。なまえは神を頼り、神もまた口数は少ないがなまえときっちり向き合っていた。しかし、席替えにより場所が離れると声を掛け合う機会はぐんと減った。なまえには男女問わずたくさんの友達が出来て、神を頼る機会は減っていく一方で。三年にあがるクラス替えによってついに二人は引き裂かれ、廊下でたまに顔を合わせる程度となる。次第に目も合わなくなり会話が生まれることなど全くもって無くなったのだ。


それでも神の胸の内に、なまえはしっかりと存在していた。


いよいよ迎えた中学校の卒業式、神は自身の学ランのボタンを握りしめなまえに駆け寄った。久しぶりに見る彼女は少しだけ大人っぽくなっていて髪も伸びていた。キャプテンでありながらバスケ部の輪の中を抜けなまえの腕を掴むなり風のようにその場を去る。体育館裏に着くなりなまえはようやく「神くん…?」と乱れた呼吸のまま声を出した。


「…これ、もらって欲しい。」


そう言って差し出したのは上から二番目のボタンだった。散々欲しいとせがまれて、これだけは絶対にダメだと意志を貫き通したその第二ボタン。なまえは受け取るなりジッとそれを眺めた。


「高校、離れるけど…、俺のこと忘れないで。」

『…うん、忘れないよ。』


なまえはずっと驚いたような顔をしていた。神とは長らく会話を交わしていなかった上に、神宗一郎はクールであっさりとしたイメージだったからだ。卒業式にグイグイと自分を引っ張りボタンを渡し「俺を忘れるな」とそんなことを言う熱い人には見えなかった。


それでもなまえは忘れないことを約束して笑った。はっきりとした理由はわからなかったけれど、何故だかとっても嬉しかったからだ。


「それと…一個、言いたいことがある。」

『…うん?』


不思議そうに神を見つめるなまえ。以前よりさらに身長差が出来た気がする。真剣に彼女を見つめた神はゆっくりと口を開いた。


「十年後、必ず迎えに行く。」

『じゅうねん、ご……?』

「うん、その時は…俺と結婚して。」


約束だから、と一方的に言い放ち神はその場を去ろうとした。ほわほわと頭の中がどこかへ飛んで行ったような感覚ではあったが、事の次第をなんとか理解したなまえの脳内には初めて神と会話を交わしたあの日から今までの思い出が順番にフラッシュバックしていく。

『…ねぇ、待って!』

「…?」


背が高くひょろっとした後ろ姿に声をかける。少し距離が空いた場所に立ち止まりこちらを見つめる神。


『絶対に、迎えに来てよ?』


そう笑ってなまえが言えば神は今まで誰にも見せた事のないような美しい綺麗な笑顔で「うん」と笑うのだった。








My heart did choose you .


(ねぇ神くん、写真撮ろうよ!)
(…やだ、俺もう行く)
(ちょっと、神くん…?!待って…!)

(…恥ずかしいんだよ…ほっとけよ…馬鹿…)


A→











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