前編





生まれてこの方、男性との絡みがほとんどない。保育園や小学生の頃は男子がいる生活っていうのが当たり前だったはずなのに、中学から女子校に入ったせいか高二になった今でも男の人と話すのにひどく緊張してしまう。今もそうだ。貧血のため定期的に通っている内科でも、お医者さん相手に緊張してしまう。それはもちろん、相手が医者だということもあり、「頭がいい人」「高学歴」という勝手な先入観もあるのだけれど…


「流川楓さーん!」


待合室で呼ばれた名前。あまり聞かない名字に珍しいなぁ…だなんて人様の名前を頭に思い浮かべながらぼやぼやと考える。それでもその名前の主、「ルカワさん」は一向に診察室へと入らずに辺りはシーンと静まり返っていた。困ったように何度か名前を呼ぶ受付の人。それでもルカワさんの反応はなかった。


「…うっ、痛ぇ…」


少し距離を開けて座っていた男の人からそう声が聞こえた。反応するようにして右を向けば座っていても大きな体の男性が縮こまるようにして頭を抱えている。どうやらひどく頭が痛むようでどことなく息も荒い。チラッと彼のそばに置いてある財布に目が行き、上に置いてあった保険証の名前を確認している自分がいた。


流川楓


そう書かれた名前を見るなりアッと思う。今まさに呼ばれた人物であり珍しい名字という理由で私の頭で何度も復唱した「ルカワさん」だからだ。気付いたら「大丈夫ですか?」と声をかけている自分がいた。


「…呼ばれた、名前…」

『、たっ…立てます…?』

「…無理、」


距離を詰めて会話を交わしてから気付く。こういう時、どうしたらいいの…?手を添えて支えて立たせてあげればいいの?それとも受付の人に言えばいいの?近寄るなり何故だか彼からは洗濯物のいい匂いが香ってきて「男の人ってこんなにいい匂いするの?」なんてパニックになる自分がいて。どうしよう…どうすれば…


『てっ、手を、貸しますから…一緒に…、』

「…っす、」


とにかく、頭がこれほどまでに痛むなら早く診てもらわなきゃダメだと本能がそう叫んだ。大きな体をなんとか支えて立ち上がらせようと試みるなり流川さんの長い腕が私の肩に回る。いわゆる、肩を組まれたような体勢になり一瞬でボッと全身が熱くなった。


や、ややや…やばい…ち、近い……


「流川楓さん?大丈夫ですか?」

『あ、頭が、相当痛むみたいで…』


様子に気付いた看護師さんが診察室から出てきて私から流川さんを受け取ってくれた。ノロノロとゆっくり診察室へと入っていく。診察が終わっていた私は直後にお会計に名前を呼ばれてお金を払い隣の薬局へと移った。私がいつもの鉄分の薬をもらっている間も彼が診察を終えて薬局へと来ることはなく、心配したところで医者がいるわけだし…まぁいいか…とあまり気にせず帰路へとついた。にしても、あんなに大きい体と長い腕…そしていい匂い…


『なんか、異次元の世界の人って感じ…』














中高一貫の女子校に通うこと五年。ここらでは一応「お嬢様学校」なんて呼ばれてて学費が高いこともわりと偏差値が高いことも知ってはいる。駅や電車を利用するたびに「あ、あの制服…」と指を差される生活に優越感を感じていたのも中学時代の数ヶ月だけで、あとはこんなのただの制服としか思えなくなった。なにがお嬢様だ、ちっともだ。


駅を出て家まで徒歩で歩く。入っている茶道部は今日は休みで物凄く厳しいわけでもない。のんびりと学べるところが良くてとても気に入っている。見慣れた公園、見慣れた看板…当たり前のように歩く日常の中に聞き慣れない音が耳へと入ってくる。


それは一定のリズムを刻みなんだか心地がいい。歩けば歩くほど近づいてきて時たま変則的にリズムが変わる。なんだろう…と自然と早歩きになる自分がいてたどり着いたのはバスケットコートだった。


コートの中にあるバスケットゴールにちょうど綺麗にシュートが決まったところで。思わずその場に立ち止まり「うわぁ…」と声を漏らす自分がいた。なんかすごく、綺麗…


背の高い男の人は肌寒くなってきたこの季節にTシャツと短パンでボールをドリブルしていて「動くと暑いのはわかるけど…」とさすがに心配になってくる。随分と背が高く、そしてわりと若そうな雰囲気だ。


『…!』


ジッと見つめる私の視線に気付いたのかその人はチラッとこちらを見る。けれどもあまり気にしない様子で再びボールをドリブルし始めた。今度は少し離れたところから綺麗な弧を描き放つボール。スパッと音を立ててリングに吸い込まれた瞬間ボワッと鳥肌が立った。


とぼとぼとこちらへ歩いてくる男性。なんか、言われるかも…と慌てる私をよそに近くに止めてあった自転車へと向かい置いてあったドリンクに口をつけていた。先ほどよりも縮まった距離のおかげで顔がよく見える。その横顔にはなんだか見覚えがあった。


『…もしかして、流川さんですか…?』


口にしてハッとする。何を言ってるんだと慌てたところで時すでに遅し。彼はこちらを凝視して無表情で固まった。やばい、何だこいつと思われた…?!


「…そうすけど、」

『あ…、やっぱり…ですか…?』


返事がもらえ、そして当たっていたことに何故だか喜びを感じる自分がいた。うわぁ、当たった…!って、そうじゃない!


『あのっ、もう、お体は平気なんですか?』

「…?」

『頭、あんなに痛がってたじゃないですか、つい三日前…病院で…』


あんな頭痛を乗り越えもうケロッとしていることもそうだし、激しい運動であるバスケをして、極め付けに半袖半ズボンだなんて…回復能力凄いな?


私の言葉に流川さんはギョッと目を見開いた。何で知ってると言いたそうな顔だ。しかしまぁ…良く見てみればなんと整った綺麗なお顔…そう思うなり男性に面識のない自分の素の部分がブワッと出てきてしまい途端に心拍数が上がりまくる。さっきまで彼を心配していたはずなのに…!


こうなればもう距離感も声の大きさも何が最適なのか分からなくなった私に流川さんは「会ったのか、あの日」とよくわかっていない雰囲気でそう呟いた。


『あ、待合室で…名前呼ばれて、立てなそうだったから…声かけたの、私で…』

「…最初に声かけてくれた、ヒト…?」

『そうです…、なんとか診察室まで運ばなきゃって思って…』


どうやらそこらへんの記憶はあるらしく流川さんは途端にペコッと私に向かって頭を下げた。慌ててそれに下げ返す自分がいる。


「助かりました、ありがとう…」

『い、いえっ…大丈夫だったみたいで、よかった…』


随分と高い位置から発せられた「ありがとう」の破壊力が凄まじく地面に穴があいているのなら入り込みたい気分だった。これが俗に言うイケメンなんだな…きっと…見てるだけで照れるわ…


「ただの風邪で、一週間寝てろって。」

『風邪…ならよかった…って、え?!』


まだ三日しか経ってない…?!一週間、経ってない…!寝てろって、寝てない…


『むしろめちゃくちゃ動いてる…!』

「…学校は休んでる、親がうるせーから。」

『でも、バスケはしてる…』

「一日休むと取り返すのに三日。」


流川さんはそう言うと「チクるなよ」と私に釘を刺した。ひえぇ…とおったまげる自分がいるがそもそも誰にチクるって言うんだ、何も知らないのに…!


『でも、大丈夫なんですか…?体は…』

「薬、飲んでるから。」

『うーん…ちなみに…大学生…?』


私の問いに一瞬間を置いた流川さんは「いや、高校」と言った。こ、高校生…!にしてはすごく大きいし大人っぽい…あ、でも…肌がツルツルだ…すごい、男の人に思えないくらい…綺麗…


「…何?」

『えっ、……あぁ!す、すみません…』


ジッと見つめていたことが不快だったらしく流川さんは眉間にシワを寄せた。慌てて謝る私に「アンタは?」と問う。


「それ、どこの制服?」

『女子校です…』


高校名を告げれば「何年?」と問われ「二年」と言う。「ふーん」と興味無さげな返事が返ってきて流川さんは再びコートへと戻っていった。


『…ちゃんと、休んでくださいね…』


そう呟いてその場を去る。あんなに綺麗な顔をした男の人が存在する世の中ってなんだか不思議だとそんなことで頭がいっぱいだった。









綺麗な男の子


(バスケット選手かと思ったら高校生かぁ…)











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