後編







『なのにどうして?!なんでそんなこと言われなきゃいけないの?!』


彼女の言葉が永遠と頭をリピートする。去っていく後ろ姿に向かって手を伸ばすのに必死で掴めないくせに伸ばしたまま下ろすこともできない。


「…神さん?どうしたんすか?」

「……あ、あぁ、信長……」


お疲れ様という言葉が出てくる前に信長は俺に向かって「この後雨降るらしいっすよ」と困ったように言ってくる。「俺傘忘れたんすよね」と笑う信長が俺に共に帰ろうと声をかけてきて、何かを答える前に自然と足が動いていた。この場に立ち止まったままではいけないととにかく体を前へと進めてみた。門を出たところで彼女の姿はなく追っかけなくていいのか?という疑問とそんなことしなくたって別に…という自分のただの強がりな部分がぶつかって結局信長の話に適当に相槌を打つ自分がいる。


「うわっ、降ってきましたね…!」

「…本当だ…」


あの時走って帰ったなまえが家に着くには早すぎる。彼女はどこかでこの雨に打たれているのだろうか。そう思うといてもたってもいられない自分がいるけれど、散々彼女に意地悪なことや気を引くためにキツいことを言ってきた自分が今更そんな素直に優しい男になれるわけもなくて、「走って帰りましょう」と言って去っていった信長の声と同時に俺は一人ぼっちになった。


怒らせるようなことをした自覚はもちろんある。けれども昔から好きな子をいじめてしまうタイプの自分をどうしても変えることができなくて…高校生になったのだからもっと大人っぽい関係でいたいとそう願う気持ちはありつつ、いざなまえという可愛い俺だけの女の子を前にするとどうしても自分の大人になりきれない部分が顕著に現れて、やれ気を引きたいだの、やれ自分だけ見てて欲しいだの、そんな欲望にやられた結果がこうなってしまった。


「用事があったんなら、帰ればよかったのに…」


それでも「早く終わる」と言った俺の言葉を信じて、何よりも俺を優先して、彼女は待っていてくれたのだろうか。それを出てきた瞬間の俺にあんなことを言われたら、怒る気持ちもわかるような気がした。


素直に「ごめん」と言えたらいい。今から彼女の家に足を運ぼうか…でも、こんな遅い時間にこんなびしょ濡れの俺が押し掛けたら、きっと家の人にも迷惑をかけるだろうし…そもそもなまえを前にして今更どんな顔で「ごめん」と切り出せばいいのだろう。


何に対してのごめんなのか、そもそも自分でもわからない。今までの暴言に対しての謝罪か、はたまた今日の出来事だけへの謝罪か…


そう思うと今まで交際を続けてきていた間も、俺は常に彼女に謝らなければならないことばかりしていたことになる。未熟な俺の子供な部分を、あぁ見えて大人っぽいなまえがカバーするように受け入れてくれていた、そう思うと、自分が情けなくて怖くなる。


「……寒い……」


髪の毛から滴れる水滴、肌に張り付くワイシャツ、歩いても進まない帰路、ぽっかりと穴があいた心。


あんな風に怒るなんて思いもしなかった。俺は甘えてたんだ…いつも文句言いながらも俺だけを見てくれる優しいなまえに、ベッタリと甘え過ぎてたんだ。


「とうとう、見捨てられたってか……?」


そんなこと、あっていいわけがない。どうにかして元の関係に戻さなきゃ……














「神さん、卒業おめでとうございます……」

「お願い、信長……泣かないでくれないかな……」


桜が咲くような季節を迎えて、目の前には俺に抱きつきながらピーピー泣く後輩がいる。胸のコサージュとブレザーのボタンは名前も知らない女の子たちにあげてしまった。すっからかんとなっただらしない俺の格好を見て高頭監督は「神、お前は予想以上にモテるんだな」と褒め言葉かどうかわからないものを投げかけてくる。


視界の端には友達と楽しそうに語りながら写真を撮ったりなんなり、はしゃいでいるなまえがいて、その楽しそうな姿をこんな複雑な気持ちで眺めるのはこれで何度目だろうか。でももう、それもなくなると思うと…なんだかな……


あれ以来俺が彼女と話をしたのはたったの一度だけだった。喧嘩の翌日はタイミングが無く話せなくて…なんだかんだ数日後、廊下を歩くなまえに声をかけた瞬間、「どうしたの?」と笑って返されて、俺は「なんでもない」と首を振った。


ピシャッとシャッターを下ろされたような感覚だった。


「何?」や「話すことないから」など、そんな返答を期待していた。怒っているということはまだ俺を意識しているということだからだ。けれども予想外に、彼女の口からはまるでたまにしか話さないクラスメイトに声をかけられた時の返事のような、そんなものが返ってきて、一瞬で距離を感じた俺は怖くてそれ以上、なまえに話しかけることなんて出来やしなかった。


過去の人となり、すっきりと区切りをつけられて、彼女の中でもう「終わったこと」として処理された自分の存在を感じて、あぁ…もうダメなのか…と納得せざるを得ない状況だった。


以降今日の卒業式まで俺となまえが会話を交わしたことはなく、ただひたすら俺の中に後悔が募るだけであった。


「神さんのいない生活なんて…俺耐えられないっすよー……」

「また海南大で一緒になれるでしょ、そんな泣くなって…」

「そっか、一年の辛抱だ……」


立ち直りが早い信長は鼻水を吸いながら「待っててくださいね」と意気込んでいる。保護者も集まり高頭監督が卒業生とその親に向かって話を始めた時、俺の視界の端にいた彼女が友達と共に歩き出した。監督を見ながらもその行動から意識を手放せず、再びチラッと視線を戻した時にはもうなまえの姿はこの学校内には無かった。


「………」


これでいいのかと何度も自問自答しては「よくない」という答えを出して、それでも何もできない自分と、そんな自分をもう「過去」にした彼女との間で押し潰されそうになりながら生きてきた。この生活がやっと終わるのかという思いと、最後くらい声をかけさせて欲しいという思いがぶつかって……


「宗一郎…?!どこ行くの…!」

「ごめん、行かなきゃ……」


監督、ごめんなさい。母さん、ごめんなさい。


どれだけ欲しいとせがまれても絶対に渡さないと決めていたボタンを右手に握りしめ、その持ち主になってほしい相手へと俺は走り出した。


人生何においたって、後悔先に立たず…なのだから。







せめて僕の思いを聞いてくれないか


(…待って、なまえ…!!)
(……?)









椎名様


この度はリクエストありがとうございました!悲恋ということだったのですが…これは悲恋に認定されるのでしょうか…とても不安です( ; ; )!よくこういうタイプの神くんを書くのでリクエストをもらえた時は本当に嬉しかったですし、書いていてドキドキしました(^^)好きな子をからかいたくなる心情を書くのが難しいですね…( ; ; )!男心…なのかな…!最後はどうなったかご想像にお任せですが、私的には復縁はないかなっていう感じでした…( ; ; )!
いつもありがとうございます。今後ともよろしくお願いします☆











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