■ B
本当にわからない。彼が今何を考えているのかもあの時どうして私を抱いたのかも付き合おうと言ったのかも何にもわからない........。
それでも先日清田から聞いた。たまたま街中で流川くんに会った時、清田は思わず口にしてしまったらしい。
「俺わかりきってること聞いちゃったんすよ。なまえさんと付き合ってんの本当なのかよって....。別に変な意味じゃないっすよ!ただなまえさんは牧さんと..........あ、いや、なんでもねーっす。」
『それで?流川くんは.......?』
「あぁ...何も言わずにコクッて頷いて...俺に向かって言ってきたんすよ。」
『え...なんて.........?!』
それを聞いた時私は涙が出そうだった。
「”なまえセンパイに近寄るんじゃねー”って...。」
彼の考えていることは結局わからないけれど、とりあえず私が彼女であることは間違い無いらしい。清田からそれを聞いた時、正直すごく嬉しかった。嬉しかったし安心した。でもやっぱり顔を見たいなと思うし話をしたいとも思う。どこか寂しさが埋まらないまま時間だけがすぎて行った。
「なまえ、帰るぞー。」
『紳一着替えるの早いね....』
「どんどん冷え込むからな。ほら行くぞ。」
部活終わりにさっさと着替えて出てきた紳一と並んで歩く。
この人はちっとも変わらなかった。私に彼氏が出来ようがいつも通り寝坊したら起こしにくるし帰りは一緒に帰る。流川くんと帰る日やデートする日が無いからもはや彼氏ができたことが嘘なんじゃ無いかと思うくらいに日常は変わらなかった。
それがなんだか余計にモヤモヤしてしまう。
彼氏ができた、流川くんの彼女になった。それなのに日常が変わらずに刺激がないことへの寂しさと、紳一は変わらずに私にいつも通り接してくれることへの安堵感。正反対のそれに挟まれて心が押し潰されそうでスッキリしない。
隣にいてくれるのが流川くんだったらいいなと思う反面、紳一が私から離れていき距離ができてしまったらと思うと怖くなったり。
「なまえ」
『ん?どうしたの紳一...』
門を出たあたりでピタッと止まった紳一。何かあったのかと彼の視線の先を追えばこちらを見て立っているひとりの男がいた。
『......る、流川くん?!』
「...うす」
........な、何が起こったんだ.......。
ここは海南だよね?門を出たらなんで流川くんが立ってるんだ.....?!
「流川、久しぶりだな。なまえと付き合い始めたと聞いた。」
「...うす」
「俺の大切な幼馴染だ。よろしく頼んだ。」
私が理解に追いつかずぼうっとしているうちに紳一は流川くんの肩をポンッと叩いて先に帰っていった。
えっ........、どうしよう.......。目の前に流川くんが...........。
こうなることを望んでいたはずなのにいざ目の前にいられるとどうしていいかわからなくて何も言い出せない私。
「......家、くる?」
小さな声が聞こえてハッと顔を上げれば流川くんはそう私に言って返事を待っているようだった。
『........う、うん........』
何がどうなっているのかわからないけれどとりあえず断る理由もなくて頷けば流川くんはスタスタと歩き始めた。慌てて彼の背中を追う。
「親いねーから」
『あ、そうなんだ......お邪魔します.......。』
この前来た時も流川くんの両親は不在であった。シンと静まり返った家にそう告げて上がれば彼の自室に案内された。遠慮気味に床に座っていたらポンポンとベッドの上に座るよう合図が出た。
この展開は.......まさか.......また.......?
さっきからうるさい心臓がいよいよ本格的に騒がしくなり始めながらも流川くんの隣に腰掛ける。フワッと沈んだベッドはこの間流川くんとそういうことをした場所であって......。
でも待った。そもそもなんで急に海南に来たのかとか.....色々話したり聞いたりしたいことがたくさんあるんだけれど.........。
「なまえセンパイ」
『えっ......あ、うん......?』
清田から聞いた時彼は私の名前を知っていたんだなぁ、なんて思ってたけど実際呼ばれるとあまりにも嬉しくて胸がキュンとなった。
センパイってのが、またいい........
「また、抱きたい」
『えっ...........う、うん...........』
その言葉はあまりにも破壊力がありすぎてなんだか怖いくらい胸が苦しくなる。聞きたいことも話したいこともたくさんあるのに、なにひとつ口にできないまま、私はゆっくりとその場に押し倒されたのだ。
『どうして私なのかなって、それだけ聞きたかったんだよね....。』
行為後のベッドの上で制服を着ながら私が口を開けば流川くんは部屋着を着ながら手を止めた。
「なんで」
『だって.....』
先ほど抱かれながら私はふと思った。もしかして他の誰かでもよかったんじゃないかなって。もし雨の日に出会ったのが他の子だったとしても、やっぱり流川くんはその子を雨宿りするために助けたと思うし、流れで抱いたりしたのかもしれないって。
私だから、じゃなくて、たまたま私だったのかもって。今だって欲求を満たす為の道具としか思われてないのかもって。抱きたい時に家に誘われるだけの関係......?
そう思うと幸せだったそれも途端に気持ちが冷めていって流川くんに求められている最中も涙を堪えるのに必死だった。
「なまえセンパイいつでも笑ってるから」
『...........えっ?』
流川くんは一度止めた手をまた動かして服を着ながらそう言った。
「俺が見る時いつも笑ってる」
『....えっ........そう...だった......?』
「センパイの笑顔の先に俺がいたらいいと思った」
流川くんはそう言って私の頭を撫でた。その表情はあまりにも穏やかで優しくて。
なにそれ..........。
流川くんに会ったことなんてそう回数多くないのになんでそんなこと言うんだろ.....。でも、なんだか.........
「なに笑ってる」
『いや、別に...........』
嬉しくて、もうなんかわかんないや。
「お、なまえおかえり。」
『ビックリした......紳一...何してるの?』
「勉強に息詰まったんだ。星が綺麗だなと思ってさ。」
流川くんが家の前まで送ってくれて、とりあえず体だけの関係ではなさそうだと、彼の気持ちが少しだけ知れて安心した。部屋から見える星がやけに綺麗でベランダを開けて顔を出せば紳一の声がしたわけだ。
同じようにベランダで空を見上げながら白い息を吐いている。一応一軒挟んでいる為行き来は出来ない距離だけど十分会話は成立する。
『そっか。私も星綺麗と思ってさ......。』
「寒いから風邪ひくぞ。もっと厚着してから出るようにしろ。」
『少しだから平気だよ。紳一こそ寒そうじゃん。』
お風呂上がりなのかゆるいスウェットを着た紳一は相変わらず高校生には見えない容姿で。元々小さい頃から老け顔ではあったけど何着たって年相応にならないなぁ、この人は....。
「代謝がいいから平気だ。ほら、これやるから着ろ。」
『うわっ?!まさか投げる気?!』
私の言葉も虚しく紳一は何故だか自分のパーカーをぶん投げてきた。いくら近いとはいえ一応一軒分開いているしそう真っ直ぐ狙い通りに届くわけもない。案の定紳一が放ったパーカーはバサッと音がして私の家の庭へと落下した。
「あれ......届くと思ったんだがな.....。」
『もう!なんで投げるのさ!』
「俺が取りに行くからそこで待ってろよ。」
私の家だから私が.....と言った時には紳一はもうベランダにはいなかった。慌てて部屋に戻り玄関を出て庭へ向かえば既に紳一はパーカーを拾っているところだった。動きが早すぎる.....。
「ほら、これ着ておけよ。そんな薄着じゃ風邪引くだろ。」
『ありがとう....でもそもそも風邪ひいたって平気だよ。もう受験も終わってるし。』
「俺が平気じゃないんだよ。」
私がパーカーを着れば紳一は満足そうに笑って頭を撫でてくれた。
「せっかくだから一緒に見るか。」
『そうだね。私の部屋のベランダから見ようよ。何かあったかいもの飲みながらさ〜!』
私の提案に紳一は「そうだな」と同意して後ろをついてくる。いつだって何かを言えば受け入れてくれるこの関係性。いつまでも変わらずにいてくれたらいいな、なんて心のどこかで変化を恐れている自分がいた。
流川くんはごくたまに海南へと迎えに来てくれた。そんな日はやっぱり流川くんの家に直行で......そんなことが数回起こったうちにあっという間に3月になった。
「卒業おめでとうございます.......あぁもう......泣かないって決めてたのに.........っ、」
『ありがとうね清田。本当にいい子だなぁ.....。』
涙が止まらずに鼻水すら出てきそうな勢いの清田の頭を少し手を伸ばして撫でてあげたら余計に声を出して泣き始めた。そんな様子を見て穏やかな顔で笑った紳一が近づいてくる。
「清田、そんなに泣くんじゃない。」
「だって.......牧さぁぁん..........、」
今度は紳一に頭を撫でられて号泣する清田。横からスッと出てきた神くんに腕を引かれてどこかへと消えていった。
卒業....。
高校生でいられなくなることはもちろん、もうみんなのバッシュの音や先生の怒鳴り声を聞くこともなくなるわけで。寂しいなんて言葉じゃ表せられない程に喪失感が大きくて.....。
もう紳一と一緒に登校したり朝起こしてもらったりすることもなくなるんだなぁ、なんて......。
別々の大学とはいえお互い実家から通うわけだからこれからも変わらないだなんて、そんなの嘘だ。強がりも大概にしなきゃ。......寂しいよ。だって、当たり前だったものが過去になってしまうなんてそんなの......
「なまえ、少しいいか?」
『うん?』
「話したいことがあるんだ。」
残された私と紳一は彼のそんな言葉により人がいない体育館の裏へとやってきた。私の方を向くと相変わらず穏やかで優しい顔の紳一が笑ってくる。ブレザーのボタンは全部無くなっていてネクタイもベルトも行方不明だ。
「.....もうこのまま言わずにいようかと思ってたんだが、」
『........うん.........』
「やっぱりこのタイミングで言わせてもらう。」
なかなか会うことも少なくなるだろうから。と紳一は続けた。私が何の話なのかわからずとも頷けばそれに答えるように少しだけ頷いた紳一が口を開く。
「なまえのこと、ずっと好きだった。」
『えっ..........、』
「わからなかったよな。近くにいすぎてなまえにとっては俺はただの幼馴染だってわかってる。」
『紳一.......あの、..........』
「別に返事が欲しいわけじゃない。流川とのこともわかっているし...。これからもなまえが幸せでいられるように俺は願っているからな。」
紳一はそう言うと私の頭を優しく撫でて「マネージャーお疲れ様、3年間ありがとう」そう言ってバスケ部の輪の中へと戻っていった。
『な、に....それ.............』
....わからなかったとかじゃなくって....。そもそも幼馴染とかそういう言葉じゃ表せないくらいの存在だったから、なんかもう.......
だって流川くんと付き合い始めた時だって......紳一はいつでも私に寄り添ってくれてたのに........、
「なまえさんと牧さんがいない部活なんて行きたく無くなるなぁ....」
『わっ、神くん.......。』
「卒業おめでとうございます。ついにこの日が来ましたね。」
どこからともなく現れた神くんが私の隣で悲しげに笑った。
『卒業.....しちゃった......』
紳一の言葉が離れなくってぼうっとした私がそう漏らせば神くんは私の目の前に立ち「覚えてます?」と問う。
「少し前に言ったじゃないですか。世の中で大切なものは何でしょうって話。」
『あ、そういえば......あったね、そんな話......。』
いつかのそんな話を思い出していれば神くんは私とまっすぐ目を合わせたまま口を開いた。
「人によって感じ方は様々でしょうけどね。意外だと思われるかもしれませんが、牧さんとなまえさんの卒業式が永遠に来ませんように、なんて願ってたんですよ、俺。」
『そうなの......?確かに神くんがそんなこと言うなんて.....意外かも。』
私の返答に彼はにっこり笑う。
「それでも今日はやって来た。時間の流れは止められない。例えどんなに願ったとしても。こうやってどんどん時は流れて環境は変わっていきますよね。」
『そうだね........』
「でもその中に変わらないものがあるんだとしたら俺はそれがすごく大切なものに見えるんです。」
変わらない、もの.......。
彼の言葉に少しだけ考えさせられてしまう。変わらないものか......。
「目まぐるしく変わる時代で変わらずに居続けられること。変わらずにいていいんだっていう安心感。自分が自分でいていいんだっていう安心感みたいな、そんなものが大切だなって思います、俺は。」
『安心感.......?』
「はい。時に刺激を求める時もあるけれど、結局は安定や安心が一番心が落ち着く場所であって。なまえさんはどうですか?一番大切なものって、何だと思います?」
一番大切なもの............。
「18時から卒業パーティーだから、それまで時間潰しに俺と信長と牧さんで遊びに行きませんか?」
『ごめん神くん.....!私行かなきゃいけないとこがあるの!!!』
早く、行かなきゃ.......。
「あれっ、なまえさんすごい勢いで門出て行ったんすけど....神さん何か知ってます?」
「わかんない。でも...........大丈夫だよ。」
「大丈夫....?何がっすか?」
無我夢中で走った。後ろは振り返らない。
(行かなきゃ.......!)
完結編に続く →→
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