■ A





『ごめんね、送ってもらっちゃって....』
「別に」


雨は小雨。随分と暗くなった夜道を流川くんと並んで歩く。私と彼の上にさされた傘はひとつで私の肩は流川くんの腕に時たま触れてしまう距離だ。


散々激しく抱かれた後、そんな行為とは対称的なほど優しくて溶けてしまいそうなキスをしてきた流川くん。それはとっても甘くて....でも切なくて。すべてをドロドロに溶かしてしまいそうな程だった。一通り満足したのか流川くんは私の上から無言で退くとそのまま口を開かなかった。雨が止んだと思った私が帰ることを告げればそれに同意してくれた。結局またパラパラと小雨が降ってきたのだけれど。


このまま.....家に帰ってしまったら.....。


もう流川くんには会えないのだろうか。


こんなことしておきながら何の関係もない私達。元に戻って何もなかったようにまた日常を過ごすのだろうか。なんだかそれは........







『流川くん、あのさ、........』
「...付き合おう」
『えっ......?』


なんとかしなきゃなんて思って出た私の言葉は流川くんに遮られて彼は確かに「付き合おう」と言ったわけだ。


『うそ.....いいの.....?』


もはやなにが「いいの?」なのか自分でもわかりかねる。それでも出たのは紛れもなく本心であってそう確認するように隣を見上げれば「ん」なんて頷いてくれた。


流川くんの.......彼女...........。


「よろしく」
『あ....うっ、うん....こちらこそ........!』


私がそう言って彼を見れば一瞬だけこっちを向いて「うす」と言ってくれた。


心臓の音が....すごくすごくうるさい....。


ドキドキドキ....と深呼吸をしても騒がしくなる一方だ。どうしよう。私....流川くんと付き合うの....?今更だけど、でもなんだか、すごい胸の高鳴りが.......


『あ、家ここだから......』
「ん、おやすみ」
『うっ...うん......おやすみ......』


家の前で立ち止まると流川くんは私の頭を優しく撫でてそう言ってくれた。流川くんの口から出る言葉ひとつひとつに無性に胸が高鳴って熱くなってしまって、これ以上隣にいるのは危険だと後ろ振り返らずに家へと入った。


「なまえ〜?帰ったの〜?雨大丈夫だった〜?」


.......やばいよ、これ.......。
流川くんの彼女になるだなんて誰が予想した?こんなことになるなんて........。


お母さんにこの格好がバレたらややこしくなりそうなのでとりあえず「うんー」なんて返して急いで自室へと階段を駆け上がった。部屋で自分の部屋着に着替えて手に持っていた濡れた服を持ってリビングへと入ればお母さんはそんな私を怪しんだりせずに「災難だったわね〜」なんて同情してくれた。


災難......そんなはずない。雨に打たれたおかげで私は..........。















「なまえさん最近何かありました?」
『えっ........な、なんで.........?』


神くんって本当に鋭くて隙がない人だ。普段通り生活して普段通り部活に参加していたのに....それなのに何もかもお見通しといった顔で平然とそう聞いてくる。もしかして普段通りに生活できてなかったとか...?うそ、顔に出てた....?


「なんだか雰囲気変わりましたよね。いいことありました?」
『いや、別にそんなことは.........。』
「ふぅん?俺ってそんなに頼りない後輩だったかな。なまえさんとは隠し事なんてない仲だと思ってたのに。」
『うっ......そんなこと言われても........。』


神くん....確かに私にとっても神くんはとってもいい後輩だし信頼もしているけれど......でも.......。


「じゃあズバリ当ててあげますよ。」
『えっ.......?』
「彼氏、出来ましたよね。」


ゲッ.......!!なんでそれを.......!!


「やっぱりな〜。大正解ってとこでしょう。」


もう抜群に顔に出ていたらしく神くんは私を見てクスクスと笑っていた。そしてふと真顔に戻ると「ですって」と言いながら後ろを振り向いた。


「予想当たりましたね、牧さん。」
『えっ...?.......し、紳一........。』


神くんの言葉につられて私も後ろを振り向けばそこにはいつも通りの穏やかな表情で私を見つめる紳一が立っていた。隣の清田は何故だか慌てていて「なまえさんに彼氏....」と呟いてはソワソワしていた。


「様子がおかしいと思ったんだ。」
『あ、そうだったんだ.....ごめんね、なんだか.....』


理由を知れてよかったと呟いた紳一にそっと頭を撫でられる。


「いや、いい。それで?どこの奴なんだ?」
『あー...いや、その...紳一の知らない人だから....』
「だったら今度会わせてくれ。挨拶のひとつでもしておかないと。」
『えっ?!いやいいよそんなの!!』


なんだそれ保護者か!ていうか会わせられるわけないじゃんかぁ.....だって知ってるどころか最強のライバルだし清田にとっては普段から「流川流川」って意識ばっかりしてる人であって........


「そういえばなまえ、この間流川といなかった?雨がすごく降った日に...........」


どうにかしてこの場を切り抜けなければと必死になっていたら後ろから聞こえたそんな声に私は一瞬で凍りついた。この声は.....宮益.....、なんでそれを......!!


「宮さんそれ詳しく聞かせてもらえます?」
「あ、うん。土曜日だったかな。すごい雨降ってる時さ、僕は親の車に乗ってたんだけど....」


宮益、やめて。お願い、言わないで......!!


「見たんだよ。雨宿りしてる流川となまえ。流川に手引かれて雨の中走って行ってたんだ。なまえ、あんなに濡れて風邪引かなかった?」


......違う違う違う!宮益!心配する場所が違うよ...。風邪なんてどうだっていい!それより今この場でそんなこと言ったら........。そっちを心配してよ宮益........


「.....なまえさん、説明してくださいね。」
『........神くんお願い、そんな目で見てこないで.....。』










「えぇ〜なまえさん流川と付き合い始めたなんて....どういう繋がりで?!いやもうわかんねぇ........」


清田の声が体育館に響いた。隣の神くんは別になんてことないって顔して聞いてたし紳一は私が何か言うたびにコクリ、コクリと頷いて話を聞いてくれた。


「流川とは...想像がつかなかったな。」
『そうだよね、私も.......。』


付き合うことになった経緯は少し話を変えておいた(まさか事を済ませてから付き合い始めたなんて言えない)けれどとりあえずお互い惹かれあってたんだよ、そういうことにしておこう、うん。


「何かあったらすぐに言うんだぞ。」
『紳一....ありがと.....。』
「さ、帰ろう。」


紳一はそう言うと神くんと清田にも「気をつけて帰れよ」なんて言っていた。


紳一、驚きもせずに....いつもと変わらないんだなぁ.....。私達どちらかに恋人ができたことなんて初めてだし、もしかしたらこれから流川くんと帰ったりすることもあるかもしれなくて...。紳一との時間が今より減る可能性もあるのに......あれ、なんだか不思議な感じだ。ずっと変わらないと思ってた私たちの関係性が、私に恋人が出来たことで変わるかもしれないんだと思うと変な感じ........。


もし紳一に彼女が出来たとしたら.......


うーん........?





「なまえ、どうしたんだ?帰るぞ。」
『あ........う、うん!』

















「なまえさん流川と何かあったんですか?」
『えー......いや、何もないんだけどね.......』
「にしては随分と元気がないですね。」
『何もないことが、逆にね...........』


私のそんな呟きを聞いて神くんは「そんなパターンもあるんですね」と苦笑いしていた。

あれからしばらく時間が経ったけれど流川くんとは一度も会っていなかった。偶然道でパッタリ会うわけもなく...湘北に会いに行くことも出来なくて...。もちろん流川くんが海南へ来てくれることもなかった。


私、本当に流川くんの彼女.....だよね......。
付き合おうって言われたよね。うん、そうだよね...。


今日こそ会いに行こうと決心しても、放課後練習が終わる頃には、本当に会いに行ってもいいのだろうか、迷惑じゃないだろうか。もし彼が私の訪問を”彼女”として迎えてくれなかったら....。そんな気持ちが勝ってしまい結局湘北へ行くことなんて出来なかった。






「なまえさん、世の中で一番大切なものって何だと思いますか?」
『神くんそんな...いきなりだね...難しい......』
「そうですか?意外とすぐ近くにあったりするんですよ。」


ふふっと笑った神くんが言わんとしていることもその笑顔の意味も私にはさっぱりわからなかった。


流川くんの気持ちも、ちっともわからないまま。













それはまるで夏の嵐


(一瞬で去って行った.....みたいなね.......)









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