前編







アメリカで活躍し、日本に戻ってBリーグでプレーを始めたバスケット界のスーパースター桜木花道がトークバラエティ番組で発言した話が話題となった。


「桜木選手、バスケットを始めたのは高校生からというのは有名ですが、そのきっかけが...?」

「あー...高校入ってすぐ好きな子が出来てですね...。その子がバスケット部のマネージャーだったんすよ。」


高校までは喧嘩漬けの毎日でリーゼント頭の不良だったことで有名な桜木花道のバスケットを始めたきっかけが語られたのは初めてで、日本中はそんな純粋な彼の恋心に沸いたのだ。しかし問題はここからだ。


「そのお方とは今でも....?」

「いや、在学中は付き合ってたんすけどね...。高校卒業してから連絡もなくなって...卒業前からなんか距離が開き始めてですね...。そのまま離れて疎遠に...。」


高校を出て十年、一度も会っていないと言うのだから視聴者は大変驚いた。桜木花道のようなスターに好かれていたのならそのまま今でも付き合いがあるべきだと思うのが普通だし、なんなら結婚してくれたって構わないっていうのに。随分と寂しそうな顔をしてそう話すスーパースターの為、日本国民は立ち上がった。


「会いたいって思ったりしますか?」

「そりゃ会いたいっすね。なんでこうなったか...理由があるなら聞きたいですし...元気にしてるのかな、とか気になります。」


きっと少し抜けてる桜木花道のことだから、なんの気なしに本心を話したのだろう。このインターネットが普及して漏れなくてもいい個人情報まで簡単に漏洩してしまう時代、ひとりの人間を探すのに「湘北高校、桜木花道と同じ学年、バスケ部のマネージャー」という条件だけで、簡単に名前くらいは分かってしまうのだ。


















バラエティ番組が放送されてすぐ、みょうじなまえは人々の目を掻い潜るようにして会社に出勤していた。


「どうしたんやなまえ。なんかあったん?」

『ううん、なんでもないの。』


コソコソと社内を泥棒のように歩くなまえに不思議に思った同僚は声をかけた。なんでもない割にはそわそわと落ち着かない様子を見せるなまえ。


普通にしていれば私がみょうじなまえだということがバレることはない。人の顔見て名前までわかるなんてそんな馬鹿な話があるわけ......なまえはそう思い不意に携帯を手に取る。ロック画面にはLINEの通知が入っており、それは唯一連絡を取っている高校の先輩「三井寿」からだった。


「ネットで名前だけじゃない。
顔写真まで載せられてる。
大阪にいたってバレるのは
時間の問題かもしんねー。」


『....なんだって....!』


恐る恐る開いたページには自分の高校時代の卒業アルバムの写真が載っているではないか。誰だよ売り込んだ奴...この野郎...なんて思いながらその続きを読めば「桜木花道が早くみょうじさんと再会できるといいな」なんてたくさんの応援メッセージが書き込まれていた。


それを読むたびに胸が痛む。私だって会いたい。会いたいけど....会えないの。


「ミッチーなんとかしてよ、怖い」そう返信すれば「むやみに外、出歩くな」とすぐさま返事が来る。いざという時頼りになる三井寿という男は意外にも口もかたいしいい男だとどうでもいいことばかりが頭をよぎる。












社内の人間さえあの記事を見ていなければいい。家と通勤の間、マスクや眼鏡をすれば素顔は誤魔化せる。あとは私の顔と名前を知っている社内の人たちが気づかないでいてくれれば他にバレる余地はない。花道には会いたくない、いや、会えない。お願いだから私を探さないで、と願ってみる。


そんなある日のことだった。


「なぁ。」

『えっ......?』


社内を歩いていたら突然誰かに腕を掴まれて。振り向けばそこには「入館許可証」と書かれたものを首から下げている男の人がいた。ジッと私を見てくる冷たい視線、背が高く見下ろされる感じ、目つきが悪いところまで、なんだか見覚えがあるような...。


『あの、何か...?』

「アンタやろ。桜木花道の.....、」


そう言い出されたところで慌ててその人の口を塞ぐ。どこかで見たことあるけれどどう見たって外部の人間だし、こんなところでそれを叫ばれちゃ困る。


『待って....話はちゃんと聞きますから、今は黙ってて。』

「お、おん.....。」


どんな条件を出されてもいいから私はこの人に内緒にしてくれと頼み込むつもりだ。あとで落ち合う場所を決めようとするが人目も気になるし外を出歩きたくない。悩む私に男の人は「車で迎えくるわ」と言い、時間を指定して去っていった。











「よう、乗れや。」

『なんかチンピラ風だなぁ......』


ささっと乗り込めば「事情はなんとなく分かった。顔見られへん方がいいんやろ」と男の人は言い車を走らせた。





『......だからってラブホテル.......?』

「ええやん。他に思いつかんかったし。ゆっくり話せるやろ。防音加工されてんで。」

『......そ、そうですね........。』


そもそも私は知らない男の車に乗り込みほいほいついてきて何をしてるのだろう。ここラブホテルよ?何してんの本当に馬鹿じゃん.....。


「アンタみょうじなまえやんな?桜木花道が探しとった...」

『そうですけど......どこかで会ったことあります?』


なんとなく見覚えが...と続けた私に男の人は「わからんのかい」と言い名前を名乗った。


「南烈や。.......豊玉高校の。」

『とよた...ま......?あぁ!流川のこと潰したエースキラー?!』

「馬鹿!声デカいんじゃ!」


防音加工だって言ったくせに、と言えば南さんは「うるさいねんボケ!」なんて今日一番の大声を出した。ったく、変な人...。


「俺ら対戦したことあるやんか。せやからすぐピンと来てん。あの子や、思っとったらあの会社で会うやんか。」

『...なんでうちの会社にいたんですか?』

「営業や。俺営業マンやねん。」


へぇ...と興味なさげに呟いたら「もっと興味持たんかい」とデコピンされた。地味に痛い。エースキラーめ。


「ほんで?なんで桜木と疎遠になったん?向こうは探してる言うとったよな?」

『...会えないんです。会えない事情がある。』

「...教えてもらうまで帰さへんぞ。」


南さんはそう言ってベッドに座った私の隣に腰掛けた。ラブホテルの雰囲気に飲まれてしまいそうな距離。すぐ目の前に顔を持ってきて私を覗き込むようにして「それとも、せっかくやし俺に抱かれとく?」なんて艶っぽく微笑むからタチが悪い。


『なんのせっかく...。本当はそれ目当てだったりして。』

「あながち間違ってもないなぁ...。どうする?」


どうする?とは、話さないなら俺に抱かれ、それが嫌なら真実を話せということなのだろうか。


『内緒にしてくれるなら、話します......。』


自分を安売りするつもりはない。仕方ない。私は事細かく桜木花道との出会いから全てを南さんに話した。














「わかったから、もう泣くな。」

『........やめて、頭撫でないで.........。』


私の頭を撫でていいのは花道だけなんだから...。そんなことを思ってまた涙が溢れる。会いたい。でも会えない。泣きじゃくる私を見て南さんはため息を吐いた。「ハァ」と困ったような声が隣から聞こえてくる。


「会って話したらええんちゃうの?泣くくらい好きなんやったら...。」

『出来ないです...テレビで応援してるくらいが、ちょうどいい......。』


そう言ってまた涙が溢れる私を南さんは抱きしめた。腕の中はあったかくていい匂いがして、なんだか落ち着く。


「...悪かった、無理に聞いたりして。頼むからもう泣くな。」


どうしたらええかわからんねん...。そう言ってトントンと背中をリズムよく叩かれる。なんだか安心するその一定のリズムに私は意識を手放した。














「寝よったか......泣き疲れって、赤ん坊やないか。」


随分と腫れた目元に優しく触れてみる。ピクッと反応したけれどみょうじは目を閉じたまま。夢の中で桜木に会ったのだろうか。そんな俺にとってどうでもいいことが頭から離れん。


宿舎へ謝りに行った時、ナガレカワの隣でヤツの左目となり二人で散歩していたあの子だと、桜木花道のテレビでの発言を聞いてすぐさまそう思った。あの時俺にはあの二人はいい感じのように思えたんやけど実際はそうじゃなかったんやな、とどうでもいいことに頭を使った。


聞けば彼女は彼女なりに理由があって、桜木の元を離れたという。俺にとっては「お前のことちゃうし、素直に話せばええやろ」と思う案件だが、彼女にとってはそうじゃないらしい。女心か?わからんなぁ。


「悪く思うなよ、お騒がせ娘め......。」


あの頃だって、「ナガレカワの彼女可愛いな」なんて思っとったんや。随分時が経って余計に綺麗になった君は俺にとって何か理由をつけて抱きたいくらいには魅力的なんやけど、生憎桜木の「大切な人」らしいから遠慮しておくわ。もう誰かの何かをぶち壊したくないねん。


「もしもし.....?俺や、南。」


悪く思うな。君のためや。もう二度とそないな顔で泣かんで済むように、何かの縁でたまたま会った俺が解決したるわ。









君が泣かなくて済むように




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Modoru Susumu
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