それは「恋」の色








『また赤でいいの?』


私がそう問えば、椅子に座った青年は鏡越しに私と目を合わせコクッと頷いた。


『すっかりトレードマークだね。花道くんといえば赤頭。』

「気に入ってるんすよ。なまえさん今日もよろしくお願いします。」


そう言って私に全てを託す。承知した旨を伝えてから必要な道具を取りに裏へと行く。戻った時には花道くんはすっかり上機嫌で、自身の少しだけ黒い毛が目立つ頭をポリポリと掻いていた。


「短いから伸びるの早いし目立つんすよね...。」

『この赤は?自分で染めたの?』

「あ.....バレました.....?チュウにやってもらって.....」


自分で染め粉を買い、よく話に出てくる友達に染めてもらったらしい。少しだけ色ムラのある赤い頭は前回私がここで染めた赤とは違った色のような気がして。「やっぱりアイツ下手だな、洋平に任せるべきだった」なんてひとり、納得している花道くん。


『にしても...また背伸びた?』

「おっ、バレましたか?まだまだ成長期っす!」


随分と大きくなった図体、広くなった肩幅。もちろん私が初めて彼と出会った頃も既に私なんかより幾分と背も高く、「男」らしい体つきだったのだけど。


「なまえさんはいつも変わらずお綺麗ですね!」

『何言ってるの.....このっ!』

「痛えっ.....」


高校生が生意気言うんじゃない、と後頭部にデコピンすれば花道くんはたちまち「痛いじゃないっすかぁ」なんて口を尖らせた。


やめてほしい。そんなお世辞はいらない。勘弁してほしい........彼のお世辞に反応してしまう自分自身にそう言い聞かせる........。










初めて出会ったのは彼がまだ中学生になったばかりの頃だ。美容系の専門学校を卒業し、この美容院へと就職を決めたまだまだ見習いだった私は、美容師としてハサミを持たせてもらう日を夢見て修行に励んでいた。その日も仕事終わりにひとり、カットの練習をする為残っていたんだ。


お腹すいたなぁ...なんてコンビニに出て、店へと戻ってきた時だった。


「痛えな、あんの馬鹿野郎め......」


学ランを着た男の子が店のすぐ横に座り込んでいて、時たま咳き込みながら独り言を呟いている。よく見れば口の周りからは血が出ていて切り傷も多かった。


『ど、どうしたの?大丈夫?!』


まさかここらに不良と呼ばれる学生が多発しているとは思わなくて、駆け寄った私にその男の子は目をまん丸くして「大丈夫っす...」なんて呟いた。


『でも、こんな怪我して.......ちょっと来て!』

「えっ.......?」


立ち上がれば私より大きいその子は名を「桜木花道」と言った。








『えっ?喧嘩したの?誰と?どこで!』

「そこらへんっす.....あぁ!滲みる!!」

『動いちゃダメ!ジッとして!』


誰もいないのをいいことに、私は花道くんを店内へと招き入れ勝手に手当てを始めた。まだ中学生になったばかりと言うから驚いたけれど、男には戦わなきゃいけない時があるらしい。


「すげぇ強いんすよ...俺負けたことねーのに...」

『でも同じ中学なんでしょ?仲良くすればいいじゃん。来年は同じクラスかもよ?』

「嫌っすよ!あんな奴俺が倒してぜってぇ和光中のトップになる!」


そう言って高らかに宣言した花道くんは私が美容師の見習いだと知るとこう言い出したのだ。


「練習台になりますから、切ってもらえませんか?」


とにかく強そうな見た目にしてほしい!と土下座の勢いでお願いしてきた花道くん。聞けば美容院に行くお金もないし、傷だらけの顔であまり外を出歩きたくないらしい。だったら喧嘩しなきゃいいのに。


『強そうな見た目かぁ.......』

「お願いします!練習台になるし、今後なまえさんに何かあれば俺が必ず守ります!」


そう言われ私は意を決して、彼の髪の毛を「赤」に染め上げたのだった。綺麗に染まった赤い髪を後ろに流しリーゼントにする。典型的な不良の姿ではあったが元の見た目がいい花道くんにはとてもよく似合っていた。


「これが....俺....?」

『どう?強そうじゃない?その水戸くんって子もこれでやっつけられるよ!』


花道くんはとっても喜んでくれた。すぐさま私にリーゼントのセット方法を聞いてきたりして、すごく楽しかったの、今でも覚えてる。












『出会ったばかりの頃は、まだその洋平くんって敵だったもんね。』

「あぁー。アイツとはトップ争いが激しくてですね...でも俺が赤いリーゼントにした次の日、アイツも真似してリーゼントにしてきたんすよね。」

『そう言ってたね。結局リーゼントが二人を結びつけて仲間になったって言ってたもんね。』


なにそれ、私のおかげじゃない?なんて調子のいいことを言えば花道くんは「その通りっすよ!」なんて満面の笑みで微笑んでいる。


あれから五年。花道くんは高校三年生になった。すっかり美容師としてお客さんを一人で担当できるようになった私の変わらない固定客だ。随分と背も伸びガタイもよくなり今ではバスケットに夢中らしい。


『最後のインターハイはどう?行けそう?』

「バッチリっす。野猿のとこなんて敵じゃねぇし。」


喧嘩に明け暮れていた少年が、何か一つのものに熱中するだなんて。こんなにも精神的に成長し、スポーツマンになるだなんて。あの頃からは想像もつかない。


それだけじゃない。花道くんにはバスケ以外にも熱中しているものがある。


『赤木さんとはどうなのよ?何か進展あった?』

「なぬっ.....!なまえさん.....それは聞かないで......」


バスケ部のマネージャーに恋をして一生懸命な花道くん。聞けばバスケ部に入ったのもその子に誘われたからとかなんとか。すっかり人間味溢れる良い意味で「普通の男子高校生」になった花道くん。変わらないのは頭の色が「赤」というだけで、あの頃の喧嘩漬けの毎日も、綺麗なリーゼントも何処かへ飛んでいった。


『流川くんに負けないように頑張らないとね。卒業まであと少しだし。』

「ぬっ......ルカワめ.......ぜってぇ負けねー!」


部活に恋に大いに楽しんで残りの高校生活を送ってもらいたい。「強くなりたい!強そうな見た目にしてください!」なんて必死だったあの頃。こんな良い青年になるなんて思いもしなかった。元々中身はいい子だったけど。


「なまえさんこそ、ケッコンはまだですか?」

『まだまだすぎて...。相手もいないのに。』


お綺麗なのに彼氏作りませんよね、なんて花道くんは悪気なさそうに笑う。まさか、言えない。あの頃君が「俺が必ず守ります」と言ったセリフを、いまだに忘れられない、だなんて。


『一生独身でもいいかなぁ.....。』

「そんなぁ!もったいないっすよ!」


いつか君が迎えにきてくれるかもしれない、と心の奥深くのどこかで少しだけ期待しているなんて、言えやしないんだ。












全てが「赤」に染まる


(よし、いい赤に染まったよ!)
(ありがとうございます!スッキリしたー!)








Modoru Susumu
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