月が綺麗なのは
「なまえちゃん!また流川の告白断ったんだって?」
バタバタと廊下を駆けて勢いよく教室へと入ってきた大楠と高宮。またそんな大きな声で...と私がため息を吐けば、隣にいた花道が「あんなキツネの告白断って正解っすよ〜」と笑ってくれる。その隣で洋平が困ったような顔をして眉を下げるのはもはやいつものことだ。
「お前ら...今に始まったことじゃねーけど...さすがにそんなデカい声で叫ぶんじゃねーよ。」
洋平の忠告に「しまった」というような顔をする大楠と高宮。いや、遅いけど。今更だけど。君たちのおかげですでに教室中の生徒たちが「またー?」なんて騒ぎ始めてるもん。あぁ、また親衛隊に「なんで断ったの?」「どうして流川くんと付き合わないの?」なんて囲まれるんだろうな...面倒だ......。
『流川の話はもういいよ......。』
「そうだそうだ!なまえさんに流川の話なんかすんじゃねー!テメェら!」
何故だかわからないけれど、同じクラスでもない特に接点もない流川楓に告白されるようになったのはもうすぐでインターハイといった頃だった。初めこそ何かのおふざけかと思いすぐさま断ったけれど、どうやら彼は結構本気らしく今日の告白でもう何度目だったのだろう。数えるのも嫌だ。「なんで?」「どうして?」と流川本人には聞かれない質問も周りの女子たちが黙っているはずなくて、もう何万回と問われたのだけれど理由はひとつしかない。
『それより花道、彩子さんのところ行かなくていいの?』
「....んあっ!そうだった!」
バタバタと廊下に出ていく花道の後ろ姿を見て心がブワッと熱くなる。あの広い背中に抱きついてみたいとか、あのたくましい腕に抱きしめられたいとか、そんな変態みたいなことは考えすぎてもうなんとも思わなくなった。ただ、花道の視線の先に私がいたらいいな、なんて、そんな叶いもしないことを願ってみる。
「今日も恋する乙女だな、なまえちゃんは。」
『うるさい......。』
大楠たちに聞こえないようにコソッと耳打ちしてくる洋平。勘が鋭く頭の切れるこの人にはいつからか私の気持ちがバレているようで。会話の流れで初めて「見る目があるね、なまえちゃんは」とウインクされた時は本当にたまげてひっくり返った。いつのまに見透かされてたの...と。
私が流川の告白を断る理由、それは私が花道を「好き」だからだ。
それも、赤木晴子さんを想い、それ故にバスケットを始めて、毎日ガムシャラに生き生きしながら生活している花道を好きになってしまったのだから、もうどうしようもない。好きな人がいると知っていながら好きになるなんて。
「つーかいっつも思うけど流川のどこが気に入らないの?」
『大楠くん少し黙ろっか...。』
「おい大楠、んなデカい声で親衛隊を煽るようなことなまえちゃんに聞くな。」
「なんだよ洋平ー...洋平は気になんねーのか?」
だってあの流川だぜ〜?なんて高宮と共に共感しあってる大楠。
「確かに無愛想だけどよ。あの見た目にあのバスケセンス...クールで無口でかっこいいの塊みてーなもんだろ?」
それなのになまえちゃん断ってばっかりだから。なんて続ける大楠を無視して「トイレ!」と言い席を立った。
「あぁ....待ってよ、なまえちゃん!」
「あーあ。大楠が怒らせた。」
「んだよ高宮。オメェだって気になってたじゃねーか。」
いつも思う。幸せを願ってあげたい、と。好きなら好きな人の幸せを第一に考えてあげたい、と。でもいつもできない。いつも私は、花道の隣にいるのが自分だったらいいな、なんて、そんな願いを捨てきれずにいる。赤木さんという花道にとって「絶対的」存在がいるっていうのに。それなのに...
『......っ!』
ただ大楠の質問から逃げたくて駆け込んだ先のトイレに赤木さんとその友達が入ってきたのだった。鏡越しに確認してハッと顔を逸らす私。一瞬目が合ったような気がして、こんな態度は良くないかもと思いきや、再び彼女に視線を戻すことはできない。赤木さんは友達がトイレに入ると私のいる方へと近づいてきたような気がする。
不意にチラッと鏡越しに視線をよこせば彼女は手を洗い綺麗なハンカチで手を拭いていた。今日もまたふわふわとした髪の毛が女の子らしさを出していてすごく可愛い。花道のタイプはこういう子なんだな...なんて、今更わかりきったことに落ち込んでしまう。
ぼうっと鏡に写る自分を見ていたら隣から視線を感じて。チラッと覗けば鏡越しにジッと私を見ている赤木さんがいる。
『あ.....あの.....?』
目がバッチリ合って逸らすタイミングを逃した私がそう声をかければ、赤木さんもまたぼうっとしていたのか「あ、ごめんなさいっ!」なんて慌てていた。
「みょうじさんですよね、桜木くんのクラスの....」
『あ、はい.......。』
「る、流川くんに告白された...とか、聞いて...」
赤木さんはそう言うと、「いいなぁ、なんて」と続けた。
「羨ましいなぁって思って見ちゃいました...ごめんなさいっ...。」
......そうだ。私が赤木さんを「いいなぁ」と思うのと同じ、彼女もまた私のことを羨ましいと思い、私になりたいと願っているのだ。この子が流川を好きなのは花道はじめ周知のことだし、そんな流川が私に告白してるなんて知ったら...。私にとって「赤木晴子」という、好きな人の絶対的存在。それはまた赤木さんにとっての「私」なのだ。私が赤木さんを羨ましがるのと同様、彼女も私をそういう目で見ているのだろう。
『私は........、』
「 あなたが羨ましい 」。そう言いかけて口を閉じる。ペコッと頭を下げてトイレを出れば教室にはもう大楠たちはいなかった。
「おかえり、なまえちゃん。」
『ねぇ洋平......。』
「いつになったら報われるのかな、この恋は。」そう口から出かけて飲み込む。そんなの洋平に聞いてどうするんだ。そもそも洋平はこの複雑な関係に入っていないっていうのに。
「まぁ......いつかどこかでなんとかなるよ。それか......時間が解決するかもな。」
何も言ってないっていうのに、洋平にそう頭を撫でられて、私は不意に泣きそうになった。
「あれ...?なまえさんじゃないっすか?」
『え......花道.......!』
もうすぐ学園祭。学園祭実行委員の私は遅くまで残り準備に励んでいた。すっかり暗くなった...なんて外へ出た途端声をかけてきたのは花道で。私だと確認するなり「随分遅いっすね」なんて隣を歩いてくれる。
『学園祭の準備してたの。もう真っ暗だね....。』
「それはお疲れ様っす!よければ家までお送りしますよ。」
さりげなく道路側を歩いてくれるそういう優しいところが大好きなんだよ馬鹿...。こんな機会滅多にないし邪魔者もいない。「じゃあお願いしようかな...」なんてすっかり彼のご厚意に甘えた私は緊張しながらも花道の隣を歩く。
「....んあ、」
『うん...?』
突然の花道の声に彼を見上げれば、空を見ながら笑っている。
「......星が綺麗っすね、なまえさん。」
『へっ.....?』
ただ、ただ花道は夜空を見上げて、思ったことを言っただけだ。実際星が綺麗なのは確かだし。それなのに私ったら、夏目漱石の「月が綺麗ですね」のセリフと重ねて、もしかして「好きってこと?!」なんてアホくさいことを考えて過剰に反応してしまったのだ。そもそも花道は「星が綺麗」って言ったわけだし、たとえ「月が綺麗」と言ったとしても花道なら何も考えずに言うに決まってる。
「どうかしました?」
『あ、いや......明日も晴れるのかなって思っただけ......。』
私の返答になんの疑問も感じずに「そうっすね!」なんて笑顔満開の花道。あぁもう....本当に私は馬鹿だ。
「久しぶりに空なんか見上げたなぁ...。リハビリしてた時以来っす。」
『あの時は大変だったよね...。リハビリすごいつらそうだったし...。』
いやいや!この天才の手にかかればあんなもの!だなんて近所迷惑だっていうくらい大きな声で張り切る花道。君の言動全てに「好き」という感情が付き纏う。
「でも...あの時はありがとうございました!」
『えっ....私何かしたっけ....?』
「何言ってるんすか!たくさん見舞いに来てくれたじゃないっすか!」
おかげで頑張れたんすよ。だなんて微笑むから...。
『花道、』
「なんすか?なまえさん。」
『......星もだけど....、月も綺麗だね......。』
好きだって、ここまで出かけて飲み込んだ。この言葉の意味はわかってもらわなくてもいい。
「そうっすね!明日も快晴だなぁ...!」
空を見上げてにっこり笑う花道の隣に、こうしていられるのなら...。彼の努力を間近で見られるのなら...。
別に多くは望まないから、「友達」としてそばに居させてほしい。
月が綺麗なのは君のせい(お腹減ったなぁ...ラーメン食べてく?)
(いいっすね!大賛成!)