01








ちょうど三年前、私は長年の夢であったこの大企業へと就職を決めたのだ。桜咲く四月、入社式の翌日に初出勤し中庭に咲いているこの桜を見上げながら本社へと向かったのが昨日のことのようだ。


『副社長、失礼致します。』


配属先はどこだろう、希望の部署に入れるだろうか。新入社員はどれくらいいるのだろう、同期はどんな子だろう。いい出会いはあるだろうか。様々な期待に胸を膨らませて、私はどこへ配属されようと、それが希望したところと違っても、全力を尽くすと誓ったのだ。


『ネクタイを失礼致します。』


あの頃の何色にも染まっていない、期待で胸いっぱいだった自分がとても懐かしい。今朝出勤する際、中庭の桜があまりにも綺麗だったから...ついついそんなことを思い出してしまったのだ。


今となっては、ネクタイを結ぶのなんて慣れたものだ。その日の仕事内容、天気、私の気分なんかで柄を選ぶネクタイ。百本以上あるクローゼットの中からこんな快晴、そして四月であること、桜が咲いていることを考え副社長の首元に淡いピンク色のネクタイを留める。


『本日のご予定を確認致します。十時より第3会議室で来月のイベントの打ち合わせ、十二時より.....』


ひと通り話終え会議の資料を副社長へと差し出せばそれを受け取るなり資料と引き換えに私の目の前に差し出されたのは茶色い瓶であった。


『副社長....こちらは....栄養ドリンク....』

「あぁ。そうだ。」


受け取らない私を一目ジッと見つめた副社長はその瓶をトンッと音を立てて机の上へと置いた。副社長の言葉が足りないのはいつものことであり、その先を自分自身で考え行動しなければならない。


『....こちらお預かり致します。』


途中であった資料の説明を最後まで話してから預かった瓶を持って副社長室を出ようとすれば「待て」と声がかかった。


「みょうじ、そのドリンクは....」

『ご安心下さい。勝手に飲んだりしません。給湯室の冷蔵庫へと入れておきます。』


冷やしておくようにってことだったのだろう。流石に四年目だ。副社長の言わんとしていることくらい自分で考えて行動出来る。確かに周りもよく言うけれど「深津副社長」は何を考えているのか基本的にはわからない。ぼうっとしているように見えて実は秀才でありなんと言っても副社長になるほどなのだ。「失礼致しました」と頭を下げてから部屋を出る。扉の中からの副社長のため息は私の耳には届かなかった。
















『えっ、副社長秘書......?!』


あの桜のせいか、やっぱり蘇る入社したての頃の記憶。次々に配属先へと案内される新入社員たちの中で、ひとりだけみんなと逆方向へ案内されたと思ったら辿り着いたのはこの「副社長室」で。前の秘書さんが「みょうじさんは今日から副社長の秘書です」なんて言うからひっくり返った。懐かしいなぁ......


希望する部署じゃなくても頑張るだなんて意気込んだ私の決意はまさかの配属先によって簡単に打ち砕かれさっさと退社してやろうかと今度はそっちへ決意を固めたのだから相当だったと思う。あんなに小さな頃から憧れて、その為に必死に勉強していい大学に入っていい成績をキープして......。やっとの思いで掴んだ内定だったのに。それなのに配属先が「秘書」って......


当時の副社長が社長へとあがるタイミングだったので秘書さんもそのまま「社長秘書」となり、今の副社長はまだ専務だった。副社長室に入るなり「互いに一年目、よろしく」とだけ言って握手を求めてきた副社長。やめてやると決意したものはそんな一言でどこかへ飛んでいき、五分後には秘書として仕える為にはこの人がどんな人なのか知っておかねば...と副社長をリサーチし始めたわけだから、私は結局任された仕事ならなんだって責任持ってやれるタイプらしい。


懐かしいな......深津副社長と出会い秘書になって丸三年.......。


結局希望する部署には異動にならないけれど、それはそれで毎日充実していて。私より三つ年上なだけでまだまだ若い深津副社長の有能ぶりには毎回度肝を抜かれるし、のんびりしているように見えるけど周りがよく見えていて、どんなピンチが起きようと全く動じない精神力の持ち主。しかも高校時代はあの山王工業でバスケをしていたと言うのだから、私にとっては憧れ以外の何物でもなかった。私の通っていた進学校もバスケは強かった。そして何より私はバスケが大好きなのだ。


『...副社長、コーヒーをお持ち致しました。』


会議の前に既に第三会議室で待機していた副社長。窓の外を眺めては「みょうじ」と私を呼ぶ。


『はい、副社長。』

「日が出てきたら水やりを頼む。」


副社長の目には中庭の桜が映っていた。その近くには副社長自ら手入れをしている花壇。今日も色とりどりのお花たちが並んでは元気に咲いている。


『かしこまりました。』

「それから、さっきの栄養ドリンクだが...」

『お持ち致しますか?まだあまり冷えてないかと...』

「....やっぱりいい。」


副社長と歩む四年目の春。新入社員や人事異動で慌ただしい社内で、私と副社長だけはいつもと変わらぬ毎日を過ごしている。


「今日は早く帰れ。」

『......ですが、本日は午後十時まで予定が詰まっておりますので.....何かありましたか.....?』


私がそう問えば副社長は「いや...」と言い席に座った。なんだろう。夜に何かあるのだろうか?けれども副社長は時たまこうして「帰れ」だの「明日は来るな」だのそんなことを言ってくるのだ。いくら何を考えているかわからないとはいえさすがにこちらにも心があるのだから傷つく時もある。


『失礼致します...。』


頭を下げて会議室を出る。廊下の窓からは中庭の桜が見えて...私の口からは「ハァ」とため息が漏れた。
















深津副社長と迎える四年目の春


(...あんな目の下にクマ作って夜十時まで仕事する気か...)





Modoru Susumu
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -