彼視点
「.......んっ、..........」
ジリリリとうるさい目覚ましをノールックで止めて起き上がる。上半身だけ起こしベッドの上に座った状態でうまく開かない目を瞬きを繰り返して無理矢理開けさせる。段々と鮮明になる視界にはいつも通りの自分の部屋が映り、ぼうっとする頭で「また朝か...」ともはや日課と化した嘆きをぼやいてみる。
「.....あんま、時間ねぇや......」
顔洗って飯食って歯磨いて着替えて準備して...やることは山ほどあるってのにキビキビ動くことのできない朝が苦手な自分にため息を吐きながらゆっくりとベッドから降りる。のそのそとリビングへと向かえば途端にいい匂いが香ってきてそれと同時に「おはよう、健ちゃん」と母さんの声がした。
「はよ......」
「あらまぁ、どうやったらそんな頭に....」
母さんの反応からして今日の寝癖は一段とひどいらしい。もはや確認することすら面倒で椅子に座って用意してあるトーストにかぶりつけば既に朝飯中だった妹から「うわ...」と若干引かれ気味の声をかけられた。なんだよ、朝からその目は。
「....なんだよ、あんま見んな馬鹿。」
「別に...なんも思ってないよ。これが噂の翔陽の王子様か...なんて、ちっとも思ってないから。」
「オメェなぁ.....」
今年から高校一年になり同じ翔陽に通うこととなった妹に、不本意ながらも「王子」と呼ばれる俺の素を軽く弄られるのももはや日常である。コイツは部活も入ってねぇのに朝練に行く俺と同じ時間に既に起きてる無駄な早起き野郎なのだけれど、学校行くのにメイクしたり髪の毛巻いたりなんなり、男の俺からしたらあんま意味のねぇことに一生懸命で女子はやることが多くて大変なんだと。ボロボロとパンのカスが下にこぼれ、温かい牛乳を運んできてくれた母親に「健ちゃん、こぼれてる」と注意される。
「....やべぇ、なんかわかんねーけど時間ねぇ....」
朝の情報番組を映すテレビ画面の左上に表示される現在の時刻は普段俺がトーストをかじっている時刻よりも十分ほど進んでいて。どうやら起きるのが少し遅かったようだとバタバタし始める俺に妹は「寝癖直すの時間かかりそうだしね」と呆れて笑っていた。
「ごちそうさま....めんどくせぇからシャワー浴びるわ。」
「すぐ入れるわよ。大丈夫?朝練間に合うの?」
シャワー浴びてスッキリしてから汗だくになる朝練に行くだなんて普段の俺からしたらもはや意味不明な状態なのだけれど、この寝癖を直す時間があるのなら頭からお湯を被ったほうがスッキリするしなにより楽だ。トーストを食べた直後にシャワーを浴びるなんて変な気分だがもうそこはスルーだ。ほかほかの体でワイシャツに手を通し髪の毛を乾かしながら歯を磨く。
「....っし、いってきます。」
「いってらっしゃい、健ちゃん気をつけてね。」
お見送りしてくれる母親から弁当を受け取りローファーを履いて家を出る。 俺の家とすぐ隣の庭がある大きな家のインターホンを押せば「健司くん、おはよう」とおばさんの声がした。
「おはようございます。」
挨拶を返して勝手に玄関の扉を開ける。これもまたいつものことだ。入ってすぐの階段を上がる前にリビングに向かってもう一度「おはようございます」と挨拶すれば中からは「おはようー!」とおばさんの声がした。
階段を上がるなり左手に見える部屋にノックもせずにそのまま入ればベッドの上には丸く山が出来ている。そこに近付き「朝だぞ」と声をかけるも特に反応はない。
「なまえ朝だぞ、起きろ。」
『.....んっ、.......』
ほんの少しだけ動いたと思ったら目だけ掛け布団から出した幼馴染。俺を確認するなり「もう朝...」と呟き目だけでもわかる。嫌な顔をしてることぐらい。
「ほら、起きろって。二度寝すんなよ。」
『わっ......』
俺が無理矢理上半身を起こせばなまえはベッドに座った状態で「おはよう...」と呟いた。
「おはよう。よく寝れたみたいだな....」
人のことを言える立場にないけれども、少しだけ寝癖がついたなまえの肩ほどの髪をスッと撫でればなまえは俺の言葉の意味を理解したらしく慌ててサイドに置いてあった愛用の黒縁眼鏡をかけ、枕元に置いてある鏡で自身を確認していた。
『...うあっ...、 寝癖......』
こういうところはつくづく女の子だなぁと思う。人から指摘されたってどうだっていいと思う俺とは違って慌てて髪を確認するなり落ち込んで「結ぼうかな...」と嘆いてクシで梳かしているあたり。
「髪もいいけどちゃんと朝飯食ってこいよ?遅刻もしねぇように。わかった?」
『わかってる...朝練、遅れるよ。』
「あっ、じゃあ俺行くわ。また後でな。」
真面目で優等生ななまえが未だかつて二度寝したこともなければ遅刻してきたこともないっていうのに俺はつくづく偉そうにそんなことを言っては同意を求めてしまう。俺の言うことに素直に返事をしてくれるのなんて部活の時の部員を除けばなまえくらいだ。
「....藤真、」
慌てて出て行こうとする俺をなまえが呼び止める。
「...ん?」
『頑張ってね、朝練....』
「....おう、ありがとう。」
階段を下りてリビングを通過する際に「健司くん毎朝悪いわねぇ」なんていつものように笑って送り出してくれるおばさんが出てきて、それに「いえ、日課ですから」と返す俺がいる。図々しくも玄関先に置かせてもらっていた鞄を手に取りローファーを履けば「いってらっしゃい」とおばさんが手を振ってくれた。
「お邪魔しました。いってきます。」
みょうじ家を出て今度こそ俺は学校へと向かうためにすぐそこの駅へと走り出す。いつも乗る電車には乗れないだろうし、このままいけば二本は遅い電車になるだろうけど、着替える時間をマッハにすりゃなんとかなるだろう。
「ストレッチ、走って、パス練からの軽くゲームで終わりだな。」
今日の朝練は軽く紅白戦も追加してやる。
駅に着いて俺はそんなことを考えていた。やっぱり思った通り、電車は二本も遅れてしまったけれど俺の気分は最高潮にいいのだから。だから朝から紅白戦だ。
君が「頑張れ」と言ってくれるのなら、俺はなんだって出来てしまう単純な男なんだよ。
素顔は普通の男の子(っし、今から紅白戦だ!)
(.................)
(朝から紅白戦?!と思ったそこの高野、はい、外周300ね)
((((朝から藤真に何があったんだ.....)))))