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「マジでなんなんだよ、本当に.......」


信長くんの声が聞こえて、私は思わず苦笑いしてしまった。私が座る目の前には「可愛いわねぇ」なんて微笑む信長くんのお母さんがいて、隣には「当たり前じゃん」なんて私の手をとる宗一郎さんがいる。斜め前には「信長の彼女だろ」なんてごもっともな意見を言う紳一さんがいて、信長くん本人はつまらなそうに遠くのソファからこちらを覗いている。


『あ、あの.....いただきます......!』

「どうぞどうぞ。大したものじゃなくてごめんなさいねぇ...。」

『いえっ!全然!』


もっとマシなもの買ってきなさいよ、なんて信長くんに向かって半ギレのお母さん。私の目の前に出されたケーキは私が来る為に信長くんが自分で用意してくれたものらしい。私好みのケーキでとても嬉しいのだけれど、お母さんにとっては「大したもの」に見えなかったようだった。


「なまえが好きだから選んだってのに......」


信長くんは口を尖らせてふて腐れている。そんな姿も可愛くて私は思わずふふっと微笑んでしまった。そもそもここに呼ばれるまでの過程は随分と強引だったと思う。たまたま信長くんと一緒に帰っていた時、買い物帰りのお母さんと出会して「今からうちにおいで」なんて誘われたのだった。さすがに今からは...と遠慮したのはなんと昨日の話で、「なら明日、待ってるわね」なんて強引に約束を取り付けられてしまったのだ。


宗一郎さんにはガミガミ言いながらも(結局しばかれたらしくしばらく縮こまっていた)、お母さんには何も言い返せないらしく、信長くんは心底申し訳なさそうな顔をしながら「明日来てくれ...」なんて頼み込んできたので、このお母さんは相当強烈なんだと思わずにいられない。


しかしまぁ...食べづらいなぁ......。


『あ、あの...宗一郎さん...手を離してもらえたら...』

「えっ...?あ、ごめん。俺手握ってたっけ?」


ついつい無意識で...なんて笑い飛ばす宗一郎さんに信長くんが「またそんなことしてんのか!」なんて怒鳴り散らす始末。しかしひとめギロッと宗一郎さんが睨めば信長くんはこの間のことでも思い出したのか途端にソファの下に隠れてしまった。


「なまえちゃん本当に可愛いわねぇ...。うちも娘が欲しかったのよ。」

『そうなんですね...、確かに男の子三人で.....』

「そうなのよ。なまえちゃんみたいな娘が欲しいわ。」


えぇっ...なんて声が出た私に何故だか遠く離れた信長くんが「ぶっ!!」なんてお茶を吹き出している。ゲホゲホ...と続く咳に慌てて駆け寄ろうと席を立てば私の腕は宗一郎さんに掴まれてその場に再び座らせられたのだ。


『えっ.....』

「ほら、母さんがこんなこと言ってるよ。俺の奥さんになって娘になってくれる?」

『あ、あの.......?』


そもそも「娘」と言われたこと自体に「結婚」なんかを意識しちゃって恥ずかしいっていうのに、そこはまさかの信長くんの奥さんじゃないんだ...っていうダブルパンチに私は脳内がパンクしそうになる。そこに追い討ちをかけるような宗一郎さんの綺麗すぎる笑顔に、口から言葉は出なくってその場に固まってしまった。


「あらヤダ宗一郎。純粋なか弱いレディーをからかうんじゃありません。」

「からかってなんかないよ。俺はいつだって本気だよ。」

「何言ってるのよ。貴方それでどれだけの子を泣かせてきたと思ってるの。」


いい加減にしなさいよ、なんてお母さんが言うので宗一郎さんは相当な人なんだと思わず息を飲んでしまう。


「何言ってんだ兄貴は......ったく!油断も隙もありゃしねーな......。」


「どう考えても俺の嫁だろ」なんて言い切った信長くんに赤面していれば途端に腕を引かれ「危ないから部屋に連れてく」だなんて私を引っ張っては階段を上っていってしまう。


『の、信長くっ.....まだケーキ途中だったのに.....っ』

「んなもんどうだっていいよ。避難だ避難!」


バタバタと上った先にある角部屋へ連れて行かれると中から鍵を閉める信長くん。思っていたよりも随分と片付いている落ち着いた部屋の中でソワソワしている私に「座っていいよ」とベッドをポンポンと叩いてくれる。


『あ、うん.......』

「ごめんな、いっつもいっつもうるさくてさ......」


宗兄は「人たらし」に見えるけど、あれは興味ある子にだけなんだ。と続けた信長くん。二人いる「兄貴」のうち、紳一さんのことは何があっても「兄貴」と呼び、宗一郎さんのことは時たま「宗兄」と呼ぶらしく、それを知った私はあまりの可愛さに軽率に爆発しそうになった。


『信長くん.....本当に可愛いね.......。』

「えっ?何だそれ.....褒められてんのか?」


男が可愛いって言われても...と顔を赤くして照れている信長くんが本当に可愛くて、頬にチュッと触れるだけのキスをしてみる。しかしここはよく考えれば彼の部屋で今いるのは彼のベッドの上。ましてや二人きりの密室で鍵も閉まっている。そうなれば、いくら下に家族が揃っているとはいえ、甘い雰囲気になってしまうのは逃れられないわけで。


「...なまえが誘ったんだからな......」


気が付けば信長くんに押し倒されていて目の前には信長くんの赤い顔、真剣な目つき。受け入れるようにして目を閉じれば途端に何度も何度も角度を変えては重ねられる唇。あぁもう.....だいすき.......


「なまえ......、本当に可愛い........」


信長くんは可愛いのにかっこ良すぎるんだよ...なんて言い返してやりたくなった途端、ドタドタドタと激しい音を立てて階段を上る音が聞こえてくる。鍵をかけたっていうのに信長くんは瞬時に私の上から退くと、外しかけた私の服のボタンを素早く元に戻し、ベッドから立ち上がって机に座り本を開き始めた。


「....この本がね、すげぇお気に入りで....」


突然本を持って私に近付いてくる信長くんに理解が追いつかない私。その時、鍵をかけていたはずの信長くんの部屋は「ガチャリ」なんて音がして外から鍵を開けられたようで、当たり前のように中へと宗一郎さんが入ってくるではないか。


あれ.......?鍵の意味........


「......なっ、なんだよ兄貴!勝手に入ってくんな!」


見たこともない本片手に扉を見ては怒る信長くん。そんな私たちを見て宗一郎さんは一瞬固まり、次の瞬間ニヤニヤしながら口を開いた。


「...ケーキ食べかけだったでしょ。母さんが取りに来てってさ。信長。」

「あ、あぁ...そっか...。」

「この部屋でいいから食べちゃいなよ。皿片付かないって言ってたよ。」


宗一郎さんの言葉を聞いて「すぐ戻る」と私に言い残して出て行った信長くん。彼を見送ると今度は宗一郎さんが部屋に入ってきてベッドに座る私の目の前に立つ。


『あ、あの.......?』

「...そんな下手くそな演技しなくたってバレバレなのにね。このあま〜い雰囲気だけで今までここで何してたかなんてさ。」


そう言うと宗一郎さんはベッドに座る私の肩をドンッと強めに押した。何が起こったのかわからなくって、とにかくベッドに横たわった私の視界には天井が見える。


なんで今、押されたの.....?


起き上がろうとした時、天井が見えていた視界には先ほど信長くんが現れたのと同様、今度は宗一郎さんの綺麗な顔が出現して私を見下ろしてはとても綺麗な笑顔で微笑んでくる。


『あっ....あのっ....、これは.....?!』

「心配しないで。取って食ったりはしないよ。」


理解が追いつかずこんな状況を信長くんに見られてはまずいと慌てる私をよそに宗一郎さんは余裕そうに笑って私の胸元へと手を伸ばした。瞬時にそれを避けようと私の手が動くものの宗一郎さんの左手ひとつで私の両腕は拘束されてしまったのだ。


「.......こういうの、気になるんだ。」


あいている右手で私の服に触れた宗一郎さん。もうおしまいかも...なんて涙が出そうになる私の洋服に触れると「ボタンずれてるよ」なんて、あろうことかずれているボタンを留め直してくれたのだ。


「...よし、直った。」

『あ......ありがとう...ございます......。』

「どうせ信長が慌てて留めたんでしょ。俺が上ってきたから。」


何もかも見破られているような気がして怖くなって、それにそういうことをしようとしてました、と認めるのも恥ずかしくて、体を起こしてベッドに座り頷くこともできない私に宗一郎さんは「信長よりもっと楽しませてあげようか」なんて耳元で囁いてくる。


『はっ........?!』

「おもてなしするって約束したでしょ。それに....」


そう言って今度はキス出来そうな既のところでピタッと止まる。


「信長にバレないようにってのが、スリルがあって楽しそうじゃない?」


そう言ってはジリジリと距離を詰めてくる。やばい、と思って頭を後ろに下げる私を追いかけるようにして笑いながら迫ってくる宗一郎さん。信長くん助けて...なんて心で泣き叫んでいれば後ろから「兄貴!」と声がした。


「もうすでにバレてるわ!!」


思いっきり間に割り込んでは私を背中に隠し「いい加減にしろよ!」なんて怒る信長くん。


「なーんだ、冗談通じないんだから、二人とも。」

「もう冗談だろうが何でもいいからなまえに触んな!!」

「自分は触ってるくせによく言うよ。ボタンかけ間違えてさ。」

「おっ、俺はいいんだよ!!彼氏だから!!」


信長くんはそう言うとハッとして私の方へと振り向いてくる。


「ボタン、間違えてた.....?」

『あ、うん......一個ずつずれてて......』


私の返答に信長くんはボタンを外していたことがバレたと思ったらしく顔を真っ赤にして俯いた。今更そんなことで赤くなるんだ...とまた可愛い彼の一面を見れて嬉しくなる私に宗一郎さんは「馬鹿だな、信長は」と言う。


「仕方ないから俺が直しておいたよ。」

「ありがと兄貴..........って........ハァ?!?!」


なまえに触ったのか.....?!と震え始めた信長くんを置いて宗一郎さんは「じゃあねなまえちゃん、楽しかったね」なんて台詞を残して部屋を出て行った。


「...なまえ、無事か?なんかされなかった?!」

『ボタン直してくれた......だけです.......』

「あぁぁー!!!もうー!!!」


その後私が信長くんの家にお邪魔することは無かった。
















二番目の兄貴は超危険人物


(あんのクソ兄貴め.....自分に興味ない子が珍しいからってなまえに手出すなってんだ.....)
(確かになまえは可愛いし宗兄のタイプっぽいけどな...)
(いやダメダメダメ!!絶対譲んねーぞ!!)










Modoru Susumu
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