前編








俺だって本当ならバスケットで食っていきたかった。好きなことを仕事にして...それはもちろん今までずっとやってきたバスケットで。


「すごいね...レベルが高い。」

「そうっすね.......」


目の前で繰り広げられる熱い戦い。赤毛猿こと桜木花道が所属するチームとアメリカ帰りの流川楓が所属するチームでの公式戦。日本バスケ界のツートップであるあの二人が同じ高校出身だということだけで世間は大騒ぎなのに、そんな二人と何度も戦ってきた高校時代を持つこの俺は、もしかしたら世間からしてみたら超貴重な人間なのかもしれない。


それでも俺の人生は自分で誇れるほどのものではない。だって、俺だってバスケットで生活していきたかった。あと10センチ背が大きかったら...。何度そう思ったことか。この背でダンクが出来ることは高校の頃からしたら大声で叫び回りたいくらいには自慢したいことだったけど、大学バスケでは何の役にも立たなかった。そもそもダンクさせてもらう機会がもらえなかったんだ。


素早さやジャンプ力が売りだったけど、俺より速いやつなんてごまんといたし、それこそ高校の頃の赤毛猿くらい飛べるやつなんてゴロゴロいた。だから俺なんて同じ身長の奴らを集めたらその中ではダントツの運動能力だったのかもしれないけれど、「同じ学年に生まれた」奴らの中では大したことなかったんだ。


「二人ともまた上手くなったね。」


隣で同じように観戦している神さん。そもそも手に入れるだけでも難しいと言われているこの試合のチケットを俺にプレゼントしてくれたのは神さんだった。バスケは大学で区切りをつけ超大手の大企業に就職を決めた神さん。スポンサーだからと特別席のチケットを手に入れられたらしくありがたいことに俺を誘ってくれたのだ。


バスケで食っていけないのならせめて、神さんや牧さんみたいに誰もが知っている大手企業に就職して、金に困らないくらいの生活ができたらよかったんだ。


「そういえば信長、仕事どう?」

「あー......まあまあっす。」


とくにやりたいこともなくて就職した地元の小さな企業。神さんみたいに高そうなスーツを買える程給料も貰えてないし、コートでものすごい声援を送られている二人みたいにもなれなかった。


普通の人生。それはそれで別にいい。いいんだけど、でも......















「清田ー。みょうじさん来たぞ。」

「あ、はい........。」


応接室に入れば「お邪魔してますー」なんてニコニコ笑っているなまえ。隣にはいつものように俺を見て真顔で頭を下げてくるマネージャーがいる。


「忙しいのに悪いな...。」

『ううん、全然忙しくない。暇だったよ。』


嘘つけ。もうすぐ主演ドラマ始まるの知ってるし、てことはもうとっくの昔から撮影は始まってるはずだ。それなのに「信長の会社落ち着くよねー」なんてのんびりした口調で笑っているんだから余計にモヤモヤするんだよ。


「次のCMがこんな感じなんだけど......」

『いいねいいね。撮影頑張るよ。』


俺は撮影現場にはいかないし基本CM会社に委託してるからなんとなくのコンセプトを見せれば乗り気で同意してくれる。CMの件はファックスで送るって何度も言ってるのに忙しい中こうしてわざわざ顔を見せに来てくれるあたりなまえは相当情が深いらしい。


「なまえ、そろそろ行かないと。」

『もう?せめて信長が出してくれたこの紅茶だけ飲んでいきたい。』


マネージャーに急かされて温かい紅茶を飲むなまえは俺と目が合うなり「信長仕事頑張ってる?」なんて聞いてくる。相変わらず綺麗な顔して微笑むから俺の胸は容易に高鳴ってしまう。テレビを通して見るより生の方が破壊力抜群だ。


「まぁ...。ドラマ出るんだろ?」

『よく知ってるじゃん。そうなの。ラブコメだからあんま見なくていいよ。』

「なんでだよ。視聴率上がるだろ。」


別に上げなくていいよ〜なんてクスクス笑ってるなまえ。ラブコメはどうも恥ずかしいらしい。しまいには「絶対見ないで」と釘を刺してきた。


「もう行くぞ。」

『はーい。信長またね。仕事頑張って!』

「なまえこそあんまり無理すんなよ。」


ありがとう、なんて笑って応接室を出ていくなまえ。マネージャーは相変わらず俺との交友をよく思っていないようで終始真顔でピリピリしていた。まぁそりゃトップスターと超一般庶民だもんな。


後を追うように応接室を出るなり同期や先輩たちに囲まれる。


「今日も超綺麗だったな〜みょうじさん!」

「なんて言ってた?ねぇ信長!羨ましいにも程がある!」


バシバシ叩かれるのもいつものことだ。ドラマの撮影忙しいらしいっす。と答えればみんな揃って「絶対見る!」と意気込むのである。












みょうじなまえと俺は小さい頃から何をするにも一緒であった所謂「幼馴染」だ。小学校六年間まで同じ学校に通っていたが中学校入学を機に東京へ越して行ったなまえ。小学校卒業間近に雑誌のオーディションに応募したなまえは五千人をも超える応募の中から見事グランプリを射止め上京したのだった。


あれよあれよとモデルとして名を馳せたなまえは高校に入る頃には若手女優として活動していたし俺が大学バスケで挫折を繰り返している頃にはすでにトップ女優の座に君臨していたのだからとんでもない逸材なのだ。


「モデルになる!絶対なる!だから信長はバスケ選手になって!二人で有名人になろう!」と幼い頃誓った約束を宣言通り叶えたなまえと叶えられなかった俺。バスケで食っていけない自分がやたらと惨めに感じてしまう理由のほとんどはこれだ。なまえは夢を叶え、俺は夢を諦めた。比較してしまう対象があるということは俺にとって大きなことであった。


けれどもなまえはそんな俺を馬鹿にしたり見下したりはしなかった。俺が就職を決めた時は就職祝いに腕時計を贈ってくれたし、今だって、こんなに小さな会社なのにトップ女優に君臨する彼女が自ら申し出てイメージキャラクターを務めてくれるのだから本当に情に厚い人だと思う。CMにも出てくれるおかげで企業名だけは浸透していっている。君をCMに起用できる程お金を持っていないうちの会社。ギャラはほぼ無いに等しいのにそれでも出てくれる君に社長が理由を問えば「清田信長が働いているからです」とガッツリ俺の名前を出したそうだ。


時たまそれが俺を余計惨めにさせてどん底に突き落とすのだけれど、それはなまえには黙っておく。だってこんなに忙しい中、わざわざ横浜まで出向いてくれるのに「俺を惨めにさせるな」なんて言えないだろう。バスケ選手になれなくとも、せめて神さんや牧さんのような一流企業に入れていたら、君と顔を合わす時も、もっと胸を張れるのかもしれないし、あのマネージャーに冷たい態度を取られることもないのかもしれない。


なまえはどうだか知らないが、マネージャーは確実に思ってる。なまえのような人の幼馴染が俺みたいな凡人で恥ずかしい、と。そして俺も思っている。なまえのような人の幼馴染が自分みたいな何の取り柄もない人間で申し訳ない、と。


「っし......デスクに戻るか.......。」















君と僕の距離は遠い



後編 →






Modoru Susumu
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -