B







ところで吸血鬼ってのは「鬼」と表記されるだけあって、まぁ普通の人間からしたら想像もできないような身体能力が備わっている。まぁ言ってしまえば「吸血」って表記にも、相当人間離れが生じてるけど…そこはもうどうでもいいや。


「…っ、と。」


例えば今みたいに、飛ぼうと思えば十メートルは余裕でジャンプ出来るし、遅刻する…!と思った時には、屋根から屋根を飛んで屋上から侵入するなんてこともあったりもする。目撃者がいたらまずいから、ほとんどやらないけど。


俺はハーフだからそれに伴い能力も半分ってことで、予想ではあるけれど、純血なら相当凄かっただろうって昔花形先生が言ってた。でも予想って何だろう、曖昧だな。


「おはよう、神くん!」

「…うん、おはよう。」


結局一年経ったところで、クラスメイトの顔や名前は覚えられなかったし、俺があまりにも人と話さないから、ミステリアスな上に女に簡単に靡かない堅い男だなんて、変な偏見までもたれた。ミステリアス?いや、人の血を吸う怪物だよ。


それでも毎日思う。心の中はこんな俺でも、周りからは「人」として扱われてるんだな…なんて。


それって有り難くもあり、何も知らない平和ボケ集団だなぁ…なんて、そんな風に思ってしまう自分もいて。罪のない人が吸血鬼に狩られてしまう世の中なのに、俺みたいなのにニコニコして…


「おい、神ー!お前バスケでいいかー?」

「…バスケ、?」

「球技大会だよ、球技大会。二年の最後に思い出作ろうぜー!」


大抵のことはなんだってこなせてしまうし、出来ないように見せようと試みても、どうしても能力の欠片が出現してしまうから、結局俺は周りから「運動神経の塊」として扱われてしまっているようで。仕方ないか…どう足掻いても人間離れしすぎているんだよ、この身体能力は…


「神、背も高いし絶対バスケ。そんじゃ俺とお前がバレーにいって…」

「アイツは野球な。アイツだよ、ほら、名前がー…」

「お前一年も同じクラスにいて名前も出てこねぇの?ひでーやつ!」

「ちげぇよ、ド忘れだよ!ド忘れ!」


ド忘れか…その手があったか…





















「神くーん!キャーッ!」

「神くん凄すぎるよ…なんであんなに入るの?!」

「元バスケ部とか?今帰宅部だよね?!」


そんなはず、ないだろ…


耳も鼻も人よりきっと幾分もいいから、陰口だろうとなんだろうとスッと耳に届いてしまう。ったく…お願いだから黙って見ててくれないかな。この能力がバレたらまずいんだよ、球技大会じゃなきゃスポーツなんてやるわけないだろう。


にしたって…前世でプロ選手だったのか…ってほど、球は入るし、ボールもやけに懐かしさがあるな…変な感じがする。こんなに大きいボールが懐かしい…?確か去年の球技大会はサッカーだった。あの時はこんな感触なかったのに…


「じーん!スリー!決めろー!」

「……チッ、」


指図すんな。言われなくても決めてやる。


「入ったー!すげー!」

「キャーッ!すごーいっ!」


凄くない、なんにも、凄くなんてない…




















「好きです」と言われた時、正直「好き」とは一体何なんだろうと、まず最初にそう思った。その好きという名の感情は、一体どういう時にうまれ、どう育つものなのだろう、と。その子にとっての対象が「俺」であって、俺以外にはきっと思わないものなんだろうけど…それを伝えて何の意味があるんだろう。


「ごめん。」


その一言以外自分に、そんな気持ちがないと伝える方法がわからなかった。その子は涙目になって「ありがとう」と言った。なんのありがとうなのかやっぱり俺にはわからなかった。一応「俺はそうじゃない」と伝えたつもりだったのに。ありがとう、とは…?


そんなことが何回か続いて、一度だけでいいから遊びに行ってくれないかという提案や、みんなでなら来てくれるかとも聞かれた。それでも俺は全てに「ごめん」を用いた。何が楽しくて、何が良くて、こんな俺に声をかけるんだ…?


そんなことをしている間に、なんだかんだ春休みとやらは過ぎて行ったらしい。


「神、今年も同じクラスだな!よろしく!」

「…よろしく。」

「神くんと同じ!やった!」

「嘘〜?!ずるい…!」


俺は高校三年生になった。この海南大附属高校での最高学年。もう一年ここにいたら、あとは…


自分で金を稼いで、またこんな風に人間に紛れて、社会のためになるなにかの職について…


「生き甲斐」や「生きる意味」が少しでも見つかったら…


今よりは、楽に生きていけるのかな。

























「…やけに騒がしい。」


正門や東門のあたりに人が群がっている。あーだのこーだの声をかけては追いかけ回し、チラシのようなものを配りつけてはまた次のターゲットへ。


要するに…


「卓球部、部員募集してます!初心者大歓迎!」

「書道部です!そこの新入生!興味ないですか?!」


なるほど、どうやら新入生がまた入学してきたらしい。俺の学年もひとつ上がったわけだし、そりゃ当然だなとは思うけれど、部活勧誘…大変そうだ。


新入生でもなければ勧誘する部活すらない俺は、さっさとその場から退散しようと正門へ急ぐ。授業も終わったってのに、こんなのに呑まれて足止め喰らいたくない。途中で超強豪らしいバスケ部に何故か勧誘を受けたのはさておき。さっさとこの場から…


「……?」


その時だった。


ピタッと体がその場に立ち止まる。自分の意思に反してまったく動かない体。経験のない事態に、心の奥がトクンと音を立てたような気がした。


なんだ、これ…というか、この匂い、どこかで…


人混みの中、立ち止まる。懐かしい香りが鼻を掠めたような気がして…

















ドクッーー


ドドッ、ドドッ、ドクッー…


?!?!


「…なん、だっ…これ、…?」


えっ…あ、あれ…なんか、おかしい。なんだか胸が苦しくて熱くて音が…うるさい。










それは次第に強くなり、心臓が飛び出てしまうのでは…と心配になるほど、心音が全身に響いている。そしてそれと同時に鼻を掠める香りが強くなり、途端に自分でも知らないふつふつとした怒りや苦しみ、そして…


「……っ、!」










吸 い た い


その四文字が心に強く沸き上がった。ドクドクと音がうるさい。あぁ、どうしよう、これはまずい…さっきからこの香りは、一体…


甘く誘うような、この香りはー…













…って、吸いたい…って、俺、俺…


どっ、どうなってるんだ俺は…!吸いたいって、おかしくないか?!今までそんなことなかったのに、この香りは一体なんだ?!なんなんだ?!俺の体に今、何が起こってるんだ?!


何が対象かわからない。それでも「吸いたい」という明確な四文字が脳内を支配する。変な汗がじわじわと皮膚から溢れ出るような感覚に気持ち悪さを感じる。おかしい、なんだこれ…


というか、俺、この匂い、知ってる…?


なんだろう、懐かしい…この香り、知ってる…


触れたい、抱きたい…


吸いたいー…


『…あのっ、大丈夫ですか?!』














ドクッ、ドクッ、ドクッー


ドッドッドッドッ…


「…、?!?!」

『あっ、あの…?大丈夫ですか?!汗がっ、』

「…ハァッ、ハァッ、ハァッ…、」

『苦しいですか?!あのっ、誰か!誰か先生をー…!』






























目が覚めたらそこは保健室のベッドだった。ぼうっとする頭。ただひとつわかったのは、自分の右手にカプセルが入っていた空が握りしめてあったこと。緊急時、一日一錠…入っていたはずの赤いカプセルは見事に無くなっていたのだった。

















Modoru Susumu
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