01








『うわっ…流川楓じゃんっ…!』


えっ、ほ、本物…?!スタイル良すぎない?!うわわわ、超かっこいいんだけどっ…うっわ、あの服どこの?!全身黒コーデがこんなに似合うの世界で流川楓だけだよきっと!


部活帰り、だいぶ遅くなったその日。ひとりでなるべく明るい道を歩いていた私は有名人を見かけた。サングラスもマスクも何もせず、ただ歩いているだけで絵になる超人気のバスケットボール選手、流川楓。


こんなに遅くまで居残りさせやがって…なんて、イライラは瞬く間にどこかへ飛んで行き、むしろ居残りにしてくれて「先生ありがとう…」だなんて思ってしまう始末だ。仕方がない。それにしても…本当にかっこよすぎない?!


バスケットボール界、四天王のひとり、流川楓。


同じく四天王の桜木花道とは高校の同級生だったなんて本当に信じられない。だって同じ高校に桜木花道と流川楓がいるなんて、そんなのアリなわけ…?!そんな二人と同じ高校に通えたなんて…どれだけ前世でいいことしたんだっ…ううう、羨ましい…


ひとつ年上の四天王のひとり、仙道彰とは高校時代にライバル同士だったらしいし、県予選なんかで何度も全国をかけてぶつかったとか。桜木花道、流川楓、仙道彰がいた神奈川は国体で優勝したこともあるってそりゃ納得だよ。


そして、四天王の中でも最強の呼び声が高い沢北栄治は中学時代、仙道彰と対戦したこともあるらしいし、渡米する高二の最後に対戦したのが、桜木花道と流川楓がいた高校で。唯一負けた相手とか…なんとか。えぇ…それって…高校から始めた桜木花道はとりあえず例外として、流川楓が一番最強なのでは…?!


そもそも神奈川勢三人が通っていた高校とほど近い距離にある高校に通っていることすら私には自慢だし、同じ神奈川に生まれ育ったことも人より優越感を感じるし…私がマネージャーとして所属するバスケ部の副顧問がいつも「流川や仙道と対戦したことがある」なんて何万回聞いても同じ話をしてくるそれすらも、私には最高の自慢だったのに。


『本物見ちゃった…これは、ラッキー…!』


これはもう最高の自慢だ!明日みんなに言いふらしてやるんだ。何の変装もない流川楓のプライベートに遭遇したんだって。


そんなことを考えながらニヤニヤしていた私だったが、不意を突かれ突然グッと肩を掴まれたのである。


『〜〜っ、?!』

「ねぇねぇそこのJK!こんな時間にひとり〜?俺らと遊んじゃう〜?!」


ゾッとした。瞬時に汗が吹き出るような感覚でガタガタと震えが止まらない。


お酒臭く心底気持ちの悪いニヤニヤした男二人組に囲まれ、視線の先の流川楓を追うことができなくなった私。まって、まって…


怖い…


『や、やめて…っ!』


声にならない声が出て情けなくなる。それでも突然の出来事に戸惑ってしまい体はガチガチで動かない。どうなってるの私、しっかり声を出すんだ…助けを求めなきゃ…


このままじゃ連れて行かれちゃう…!


ぽろぽろと涙が出てきてもうダメなんじゃないかと諦めかけた時、私の頭上からは低い男の声が聞こえたのだった。


「人の女に手ぇ出すんじゃねーよ。」


グイッと肩を引き寄せられ、声の主であろう人と体が密着する。怖くて上を向けない。しかし目の前の男たちは私の頭上に目線を向けると慌てて逃げて行ったのであった。


『…っ、はぁ……助かった……』


今までの緊迫した現場が嘘のように周りには誰もいなくなる。安心したからか涙がドバドバ溢れてきて目の前がぐちゃぐちゃでよく見えない。でもお礼を言わなきゃ…と枯れた勇気で立ち上がり、さて私が口を開こうとした時、何故か頭上から怒り気味の声が聞こえてきたのだった。


「おい、お前…高校生がこんな時間に何してんだ。」


こんな時間…何してんだ…?!


いやいや、私はただ居残りさせられてそれを真っ当にこなしただけだし、なんでそこを怒られる必要が…?!あ、わかった。もしやこの人お巡りさんか?!お巡りさんに助けてもらった?!…いや、実は教師をしてる人とか?!


なんだか危険な雰囲気を感じ取り、涙を拭いて上を見上げれば、そこには…


『……っ、?!』

「おい、聞いてんのか。」

『…る、るっ…るかわ、かえ、で…?』

「…呼び捨てかよ。」


あ、すみません…と咄嗟に出た謝罪の言葉。え、待って…何が起きてるの…?と私が理解を深める前に目の前の長身の男は「さっさと帰れよ」だなんてブチ切れている。


「あ、家出か?よくねーな。」

『…ちょっ、ち、違います!部活帰りです!』


理解が追いつかないけれど勝手に話は進められていて、何故だか家出を疑われた為慌てて否定しておいた。え、ちょっと待って。なんで私が悪いみたいな言い方なの…?


「部活?なんの?」

『バスケ部のマネージャーです。今日は部活終わった後に雑用で監督に呼び出されて…だから家出でもなんでもありません。』


とにかく、この人が誰だろうがそこは後回しで。私は決して悪いことをしていたわけじゃないんだと言い張ってみる。だって先生に居残りさせられたのに私が怒られるのおかしいもん。私だってさっさと帰りたかったんだから。


『全部、全部藤真先生のせいですから。私が悪いわけじゃなくて、藤真先生が自分の仕事私に押し付けるから。』


ポロッと出た言葉だったけど、ふと気付く。一旦置いておいたけれどこの人、流川楓…で合ってる?合ってる、んだよね…?それなら藤真先生のこと知ってるんじゃ…?


いやいや待って、私流川楓に助けてもらったの…?!


軽くパニックになる私をさしおき、前からは「フジマ…」と呟く声。


藤真先生の口からは負けた話なんて出てこないけれど、藤真先生と同じ高校だったバスケ部副顧問の永野先生が幾度となく「高校時代に流川楓のいる高校に負けた」話をしてくるから、もしかしたら、永野先生はさておき、藤真先生のこと知ってるんじゃ…?!


「…ふじ、ま…」


案の定どこか引っ掛かるといったように首を捻る流川楓。うわ、やっぱ本物…睫毛長っ…背ぇ高っ…


『しょ、翔陽高校の…藤真先生、です。』

「しょうよう…」

『わ、わたしは、藤真先生が監督を務めるバスケ部のマネージャーで…』


ふむふむ、と首を縦に振る流川楓はバッチリ私と目を合わせると「緑の、ユニホーム…」と確認するように呟いた。確かに緑…緑だけど…


『は、はい。覚えてますか…?』

「んー…なんとなく。」

『なっ、なんとなく…』


その時私は複雑な気持ちになった。永野先生があんなに張り切って話をしてくるそれも、流川楓にとっては「なんとなく」で済まされる出来事なんだなぁ…と。なんだかわからないけど凄く切ない。よくわからない感情でいたら、何故だか遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。


「みょうじ!みょうじ〜っ、!」

『…?!えっ、なになに…?』


遠くを見やればどこからか慌てて走ってくる、どこからどう見てもの永野先生がいて、思わず後退りしてしまった。何あのどすどすした走り方は…


「あぁ、見つけた!おっ、お前、送るって言ったのに…こんな暗い中、ひとりで帰ったら……!」


永野先生は肩で息をしながらそう言うと、私の隣に目を移し突然止まった。後から出てくる「え?!」が本物で、どうやら相当驚いているようだった。


「る、る、るか、わ…流川?!」

「…っす。」


パチクリと目を何度か瞬きさせた後、散々「流川に負けたんだ」なんて自慢話してくる先生は、有名人でも見つけたかのように「うわぁ!本物!」なんて少年のように喜んでいる。いやいや、ライバルだったんじゃないの。


「俺、俺!俺のことわかる?!」


永野先生は興奮気味に自分を指差し、その場で軽くステップを踏みながらそう問う。興奮気味の永野先生をよそに流川楓はジッと静かに永野先生を見つめ、多分誰なのか分かってないのだろう、私に助けを求めるようにこっちを見てくるのだ。


『…あ、なっ、ながの…永野先生、です…』


私のその小声を聞いて流川楓は先生に視線を戻した。


「……ナガノ、センセイ……」

「…うっ、おおぉ〜!俺のこと、覚えてた?!マジ?!いつも藤真や花形ばっかりで俺と高野なんてマジで影薄い存在なのに…!」


「感動」なんて、本当に涙が出てきそうな勢いの永野先生。そんなわけないじゃん…藤真先生ですら「緑のユニフォーム」程度の認識なのに名前まで覚えてるわけない。よく考えて、先生…そういうとこだよ。


「…で?なんでみょうじが流川といるんだ?」


…ハッ、!確かに!


ここで突然本題に戻るあたり、永野先生って本当侮れない。レギュラーだっただけはある、だなんて、全然関係ないか。そしてなんて言い訳しようかとあたふたする私。


『それはですね、あの…』


こんな暗い時間まで私をこき使った藤真先生のせいで帰る途中にナンパに遭いまして、それをこの流川楓が「俺の女だ」なんて言って助けてくれて…


『〜〜って、!そんなのまずいですよ!俺の女だなんて!』

「…っるせーな、何だ急に。」


私が流川楓の女だなんて、そんなの世間が勘違いしたらまずい!それは大変な誤解だ!どうしたらいい!今すぐ訂正して!だなんて、流川楓を強引に揺らせば、彼は素直に揺られながら「やめろ」なんて文句を言ってくる。いやいや、やめろじゃない!


『だって!もし週刊誌にでも撮られたら?!流川楓の彼女が女子高生なんて、そんなのとんだイメージダウンじゃん!』

「お前、うるせーな。とりあえず離せ。」


だってだって!そんなの私責任取れない!


『どっ、どうするんですか!未成年に手出したなんて言われたらもう、バスケ出来なくなっちゃうかも…!』

「ったく…、んなでけぇ声で叫んでる今の方がヤベェだろ。」

『…っ、はっ!確かに…』


わ、私としたことが…!


流川楓のごもっともな意見にとりあえず辺りを見渡せば幸いにも誰もいなくて少しだけ安心した。うわわ…今更ながら、取り乱してすごいことを口走ってた気がする…


「あのなぁ。ガキが余計な心配すんな。」

『だ、だって…!』

「んなもん、金でどうにでもできる。」


それに俺はただ、お前を助けただけだ。


た、確かに。その為に出た「嘘」なわけであって、実際の所初対面だし、なんの問題もないわけだわ。しまった、散々騒いだくせに途端に恥ずかしくなってきたぞ…私め…


『そ、そもそも!何で藤真先生じゃなく永野先生が来るの?藤真先生、私のこと送るとか言ったくせに!』


話の論点をすり替えれば理解に追いつかなかったらしく首を捻っていた永野先生がハッと我に返った。


「あ…、そうそう、藤真あの後、他の先生につかまったから俺がかわりに頼まれたんだよ。みょうじのこと送ってやってくれってさ。」

『うわぁ、どうせまたあの女教師共につかまったんでしょ。すぐ約束破るんだから…!』

「ま、アイツもアイツで大変なわけだよ。さ、帰るよ、乗って。」


永野先生はそう言いながら少し離れたところに停めてある車を指した。


じゃあ、行かないと…と流川楓に体を向ければ無表情で見下ろしてくる。オーラが、オーラが凄い…うわっ…なんかもう、本当に恥ずかしい…


元はと言えばこの人が「俺の女」とかなんとか言うから。もっと他の言い方あったでしょ、絶対。もしや、そうやってナンパを助けまくって色んな女をたぶらかしてたり…?!


「お前、失礼なこと考えてるだろ。」

『痛っ…あ、ありがとうございました、帰ります…』


うわ、怖…この大人、怖い…


とりあえず何でバレたのかはわからないけれど、ビシッと叩かれたおでこが痛くて押さえながら頭を下げる。


「…騒がしいガキ。じゃあな。」


永野先生にはペコッと頭を下げて、私のことは軽くひと睨みして、流川楓は去って行ったのだった。






「ねぇ、それで?どんな関係なわけ?」

『ハァ……大体で察してくださいよ。それと、このこと絶対に藤真先生に秘密ですからね。』

「わかったよ〜…それにしても、流川相変わらずイケメンだったな〜!」















助けてくれたのは超有名人でした


(お、みょうじん家到着〜!)
(ありがとうございました…)
(大丈夫か?なんかぐったりしてるけど)
(いやもう疲れすぎました…)












Modoru Susumu
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