02






「みょうじ、いるか?」
『はい…』


休み時間、ガラッと教室の扉が開いたと思ったら顔を出したのは藤真先生で。途端に女子たちがキャーキャー騒ぎ出す。いや本当にうるさい。私は昨日信じられないような出来事があったから疲れてるんだよ…って、私に何の用だ…


「なんだよ、随分疲れてんだな?」
『先生、昨日約束破りましたね…?おかげでえらい目に遭いましたよ…』
「…、ハッ?!お前昨日何かあったのかよ?!俺ちゃんと永野に代理を…っ、どうした?誰かになんかされたのか?!」


何故だか急に騒ぎ出す藤真先生が本当にうるさくて「違います」と伝えれば「なんだよ、脅かすなよ」なんて叩いてくる。いや、痛いし…なんだよじゃない。


「で?どうしたんだ?なんかあったなら俺が相談に…」
『藤真先生こそ、私に用があったんですよね?』
「あ…そうそう。今日の部活なんだけど、」


藤真先生は手に持っていたプリントを「ほい」と私に見せてくる。


『…取材?』
「なんだかわかんねーけど、ウチが選ばれたんだよ。」


よくわからないけどとりあえずテレビの取材が入るようで。何だそれ…急だなぁ…と考えていたら、藤真先生の口から思いもよらぬ名前が出てくる。


「アイツの密着取材らしいんだよ。母校ともう一校ってなって、なんだかウチを選んだらしくて…」
『アイツ?誰です?』
「流川楓。知ってるだろ?」


……、ぶっ。


「うわっ、どうしたんだよみょうじ…大丈夫か?!」
『ゲホッ…ゲホッ…、る、流川…?!』


手に持っていたお茶を一口含んだところで聞こえてきたその名前についついお茶全てを吹き出してしまった。やば、汚い、藤真先生ごめんなさい…って!!


『な、なんで、そ、そんな有名人がウチに…?!』
「わかんねー。でも今日来るらしいから。お茶出しとかよろしくな。」


それじゃ、なんて教室を出ていく藤真先生。廊下に出たところで途端に女子に囲まれて見えなくなった。


いやいやいやいやいや…


『なんで神様…もう会いたくなかったよ…!』




















「うっわ、すげぇ落ち込み具合…みょうじ?」
『永野先生…まさか2日連続で有名人に会うなんて…幸せだなぁ…』
「全然幸せそうに見えないけど!ほら、もうすぐ来るよ!」


なぜだ、なぜ放課後になった!


とりあえず気が乗らないまま着替えて練習の準備をする。たった一人のマネージャーだ。やることが多くて1秒たりとも無駄に出来ない。でも…気が乗らない…






「うわっ、本物だ!」
「やばっ、背高…」
「かっけえ…」


体育館の正面から入ってきたのはカメラに囲まれた流川楓。昨日と違って動きやすそうな格好してる。うわ…うわ…とりあえず感情を無にして見つめるものの「かっこいい」以外の言葉が出てこない。


あ、藤真先生が近寄って握手してる…


「流川、久しぶりだな。よくテレビで試合見てるよ。」
「うす」


何が「うす」だよ、藤真先生のことなんて「緑のユニフォーム」程度の認識だったくせに…


「流川選手は高1の夏、選手兼監督だった藤真さんと対戦したことが随分記憶に残っていたらしく、母校ともう一校まわるとなった時に翔陽を選んだんです」


スタッフの方がそう言うと流川楓はコクッと頷き、藤真先生はハッと目を見開いた。


「嘘.....本当か?」
「うす」
「今の聞いて、いかがですか?」
「...びっくりしてます...そんな風に覚えてもらえてたとは...。」


藤真先生は「感動」といった表情、キラキラした目で流川楓を見つめている。





いやいやいや!んなわけないじゃん?!
だって昨日藤真先生のこと話したら「緑?」とか言ってたんだよ?!何が記憶に残ってるだよ!調子いいこと言って......!!


「あの頃の僕みたいな部員を二度と作り出さない為に、母校に監督として戻ってきたんです。」


藤真先生がスタッフさんに翔陽に戻ってきた理由を問われてそう答えている。藤真先生...流川楓に覚えてもらえてたのすごい嬉しそう.......。


絶対嘘なのに........。可哀想.........。








それから流川楓はうちの選手に混ざって練習に参加して、それにまた藤真先生も加わったりして楽しそうな紅白戦が始まっていた。


『何あれ.....ほんっと、昨日から意味わかんない....。』


昨日初めて見かけた時「うわ!流川楓!」と思ったその人が、私を助け、今日はうちの部員とバスケしてる。


...なんなんだろ、変な感じ...。


そんなことを考えていたら流川楓がズカズカとこちらにやって来てドカッと私の隣に座った。


え......なぜ私の横に........。

そんなことを思っていたら流川楓が突然口を開く。


「お前、普段の練習もそんな静かに見てんの」
『....えっ.....?』


昨日のことでも言われるのかと身構えていた私に流川楓は真剣な顔で聞いてくる。


『普段は...外でドリンク作ったり雑用したり...練習は見てるようで見てなかったり...ひとりだから...。』


なんとか言葉を繋いだ私に流川楓は「ふぅん」と呟いた。


「みょうじ...だったか」
『は、はい。そうです。』
「お前、経験者だろ。バスケ」


名前確認したくせに「お前」なのかよ〜とか思ったわけだけど、的を射たセリフにびっくりしてしまう。


『な、なんで...わかったの.....。』
「練習してる部員を見る目の動きで」


さっき見てたろ、なんて言われてコクリと頷けば流川楓は「もったいねーな」と呟いた。


「お前、部員の練習見てて思うことあるだろ」
『思うこと.....?』
「もっとこうしたらいいのに、とか」
『......でも、それは藤真先生が指導することだし...。』


なんだか責められてる気がしてそう呟けば流川楓は楽しそうに部員に混ざってバスケをしている藤真先生を見ながら口を開いた。


「藤真センセイの方針なのかもしんねーけど。俺が高校ん時はマネージャーのセンパイが超うるさかった」
『女子マネですか?』
「あぁ。片手にハリセン持って部員に喝入れまくってた」
『ハ...ハリセン?!流川...さんにも?ハリセン?!』


私の言葉に流川楓は「あぁ」と頷いた。
うっそ...この人をハリセンで叩くなんて...!とんでもない人がいたもんだ...。そんなことして女子のファンたちに怒られなかったのかな...。


「中学も同じだったし俺には余計厳しかったかも」
『うそ......その人すごい.......桜木花道にもハリセン?!』
「アイツは叩かれすぎて余計どあほになった」
『えぇ〜っ.......すご.........!』


そんなことがあったなんて...と感心していたら流川は「ふぅ」と息を吐いた。


「お前も、もっと思ったこと言ってみたら」


...そんなこと...していいのだろうか。
そもそもマネージャーがひとりだから、練習をまともに見る時間もないし...。裏方の作業は多すぎて藤真先生に居残りさせられるくらいだし....でも、でも.....


『私も...部員に喝入れられるくらいのマネージャーになりたいな.....。』
「大丈夫だろ、仲間だし」


仲間
なんだか胸に響いて流川楓の方を見やれば、少しだけ口角が上がったような表情で私を見下ろしてくる。同じように床に座ってるのに、なんでこんなに見下ろされるんだろう....背が高いんだなぁ、やっぱり...。


「で?なんで辞めたんだ」
『...バスケ?』


突然の問いに私がそう聞き返せば流川は当たり前と言った顔でコクリと頷いた。


『...怪我が多くて...手術とかもして...、もういいやって思ったから.......。』


もういいやなんて思ったことないけど、でも怪我続きで楽しいものも楽しくなくなって....。それでもなんとかしてバスケと関わっていたくて....。マネージャーをやるって決めた時、やっぱり選手に憧れたりもして、自由に走りまわる部員を見て羨ましいと思ったりもしたなぁ...。流川楓の方を見れば真剣な顔で聞いてくれていた。


「...もういいやなんて言うんじゃねーよ」
『...え?!』


真剣に聞いてくれてたから、「頑張ったな」とか言われるのかな、なんて思ってたのに。本当にこの人口が悪い!!


「ガキが強がんな。やりたいことはやりてーんだって言えばいい」
『...で、でも、私はマネージャーだから...。』
「我慢すんなガキのくせに。口に出さねーと始まんねーぞ」


そんなこと言ったって、私はマネージャーだし、まさかマネージャーをやめて女バスに入るなんてことはありえないわけだし...。口に出して「バスケがしたい」なんて言ったところでどうにもならないのに...。








「じゃあな」
『....ありがとうございました....。』


カメラが止まった後、何故だか私の元に来てそう言ってから体育館を出て行った流川楓。


本当に昨日から.......何なんだよもう.......。












有名人は何考えてるのかわからない


(...しっかし相変わらずイケメンだったな...)











Modoru Susumu
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