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『神くん…本当に努力家なんだね…』

「いえ、学生の本分ですから。」


私が教える出番などほとんど無いくらい神くんはスラスラと問題を解く。この子は何から何までとにかく「完璧」で隙がないというか…礼儀正しく真面目で努力家…確かにこんなキャプテンならついていきたいと思うのかもなぁ。


「…なまえ先生は、高校は海南ですか?」

『ううん、県外だよ。私元々小学生までここらへんに住んでたんだけど、親の転勤で引っ越したの。』

「じゃあ…大学でまた神奈川に戻ってきた…?」

『うん。引っ越す時に家は売ったから、実家はもう残ってないけどね。』


両親は引っ越した先に残りひとりで生まれ育ったこの地へと戻ってきたことを伝えるなり「神奈川が好きなんですね」と神くんは笑った。


「でもどうして?海南大がそんなに魅力的でした?」

『うん、それもあるし…なんだか、懐かしくなっちゃって。』


引っ越してから一度も来なかった神奈川。いつか行きたいと思いながら七年もの月日が流れていた。歳を重ねるにつれて故郷を思い出す機会が増え、あそこの建物はまだあるのだろうか…あそこのお店のおばちゃんは…とか、そんなことを考える時間が増えていた。


『楽しかった思い出が本当に多かったから。神奈川大好きだったし、戻りたいなって、なんとなくだけどそう思ってさ。』

「楽しかった思い出…」


ほんと些細な日常なんだけどね…と付け加えれば神くんは「そうですか」と笑ってくれた。こんな話をすればもう確実に頭の中に浮かぶのはあのひとりの男の子で。もう随分と顔も合わせてないなぁって、そんなことを思ってはなんだか悲しくなる。


せっかくの再会。こんな展開を迎えるとは思いもしなかった。


「高校時代は彼氏とか、いましたか?」

『まぁ…ぼちぼち…?』

「なまえ先生モテそうですもんね。変な男にも引っかかりそうで危なっかしい。」

『ちょっとそれ…どういう意味…?!』


慌てる私に神くんは笑って「そのまんまの意味です」と言うけれど…断じてそんなことはなかったですけどね!至って健全な恋愛なら多少はありました!本当にそれだけです…!


「簡単に人を信じたらいけませんよ。」

『…そう言われると、難しいなぁ…」

「心の内は誰にもわかりませんからね…」


例えば俺だって、本当は悪い男かもしれません


神くんはそんなことを言ってはニヤッと笑った。その艶っぽい笑顔に一瞬怯むも、神くんに限ってまさか…と私にも笑みが溢れる。「神くんはいい子だよ」と伝えれば「どうでしようね」と彼は言った。持っていたシャープペンをそっとノートの上に置くなり意味ありげな視線を寄越す。


「…そうだ。今度練習試合があるんですけど、観に来てくれませんか?」

『いいの?すごい…行きたい!』

「土曜日です。朝の十時から。うちの高校の体育館でやりますから。」


神くんはそう言うと「ギャラリーが増えると困るので公には出してないスケジュールなんです」と続けた。いわゆる極秘の練習試合…ますます気になり、そして招待されたことへの特別感…いいのかな、私…


『そうだよね、海南は人気だもんね。』

「うーん…まぁ、それもあるかもしれないですし…」


煮え切らない神くんはその後「そろそろ行きますね」と荷物を片してこの場に立った。きちんと部屋を綺麗にしていってくれる姿から品の良さが溢れ出ている。うん…この子は凄いよ…


『送ってくね。』

「いいですよ、俺ひとりで大丈夫です。」

『でも…?』


そんなことしたら先生帰り道、一人になるじゃないですかと真面目なトーンで言われ胸がキュッとなった。どこまでも行き届いた配慮と気遣い…パーフェクト…


「それではまた、土曜日に。」

『うん、頑張ってね。応援してる。』


マンションの下まで送ろうとサンダルを履いて共に部屋を出た。本当に今更ではあるが首が痛いほどに見上げなければ彼とは視線が合わなくて、神くんは本当に背が高いなぁ…とわかりきったことを思いながら扉を閉める。


「ここでいいですよ、入ってください。」

『せめて…エントランスまで…』

「大丈夫ですから。じゃあその代わり、ひとつお願いを聞いてもらえますか?」


神くんは部屋の前でそう言って私の方を向いた。背中には自分の部屋の扉、目の前には神くんの綺麗な顔。私がそのお願いとは何かを聞き返す前に彼の真剣な瞳と目が合って、油断するなり思いっきり吸い込まれそうな勢いでドキッとした。


「…なまえ先生、また勉強…教えてください。」

『…う、うん。でも、教えることが少ないくらい…神くんすごく頭が良くて…』

「今度は苦手な科目を持ってきます。」


約束ですよと顔を覗き込まれ慌てて頷く。いつでも大丈夫だからと伝えれば満足そうに笑って「ありがとうございます」と言われた。


「では、帰ります。」

『うん、気をつけてね。』

「…先生、俺は先生が思うような生徒ではありません。」

『…?』


どういうこと…?と聞き返す前に彼はエレベーターに乗り込み姿を消していた。


『…神くんはいい子だよ…?』







心の内がバレたら、先生はどう思うでしょうか


(よう、神)
(牧さん、お久しぶりです)
(…どうした、いいことでもあったのか?)














Modoru Susumu
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