二人の未来編







「京都…?」

「あぁ。パンフレットが鞄に入ってたんだよ。」


洋平はそう言ってコーヒーに口をつけた。日頃から冷静で頭が切れるこの男のこんな弱々しい表情は見たことがない。大楠はつくづく思う。なまえちゃんの存在は本当に大きいんだな…洋平にこんな顔をさせるくらい…。


「でもまだ行くって決まったわけじゃねぇだろ?」

「そうだけど…」

「パンフレットくらい集めるだろ、頭も良いんだし、親御さんだって期待してんじゃねぇのか?」


大楠の言葉に洋平は「まぁ…」と呟き再びコーヒーに口をつける。テーブルにそれを置くなり静かな店内に洋平のため息が響き渡る。そんな感覚だった。


「俺にあんまり言わねぇんだよ、言いづらいのか…わかんねぇけど…」


洋平は見ての通り悩んでいた。高校三年になり進路を考え始めたなまえがなにも自分に相談してこないことに加えて、先日学校帰りに我が家に遊びにきたなまえの鞄には、京都府にある大学のパンフレットが入っていたのだから。選択肢の一つに過ぎなくとも、もしかしたら遠距離になるのかもしれないという漠然とした不安が洋平を襲い、こんなにもボロボロにさせるのだ。

募りに募った不安をどうにかして軽減させなければいけない。洋平が考えついたのは古くからの親友である大楠に聞いてもらうこと。ただそれだけだった。


「聞いてみりゃいいんじゃねぇの?もうなまえちゃんだけの進路じゃねぇだろ。洋平との今後も視野に入れて、大学を選んでもらえたらいいわけだし…京都よりもまだ東京の方が近くて会いやすいだろ。」

「んなこと言えねぇよ、情けねぇ…」


そう言ってガクッと項垂れる洋平に大楠は目を開いた。わかってはいても、初見であるこんな洋平の姿に驚かずにはいられない。洋平が六歳も下の女にこんなに悩む日が来るなんて…なぁ…。


「でも、話し合って決めた方がいいんじゃね?」

「…行きたいとこに行けって、そう言ってやりたいんだよ。」

「だったら、同棲や今のままの生活は諦めた方がいいんじゃねぇか?」

「それが出来たら、苦労してねぇんだ…」


結局のところ結論は出なかった。洋平は年上らしく「いいよ、好きなところに行け、やりたいことをやれ」と彼女の背中を押したい反面、もうなければならない存在になったなまえと今更離れて暮らすなんてこれっぽっちも想像ができないようで。彼女の進路に口出しして話し合うことなんて格好が悪いけど、だからといって野放しにしておくこともしたくない。


「難しいな…んまぁでも、京都に行ったとしたら…確実に遠距離だよな…覚悟は決めておけ、洋平。」

「仕事辞めて俺も行くよ…再就職だ。」

「んなことしたらなまえちゃん、責任感じそうじゃね?」

「俺もそう思う…やっぱり出来ねぇ…」












『洋平くん、お話があります。』

「んあっ……お、おう……」


彼女の進路を聞くことができないまま月日は流れた。洋平の家で食事の後に参考書に目を通していたはずのなまえはソファに座る洋平にそう声をかけた。なまえの目の前に自然と正座をしてカーペットに座る。


「なんでしょうか…」


洋平はなんとなくではあったが察した。これは確実に大切な話だろう…と。時期的にもタイミング的にも、進路の話と見て間違いなさそうだ。自然に手のひらに力がこもり握り拳を作っていた。


『…ここを、受けることにしまして。』


スッと差し出されたのは一枚のパンフレットだった。目の前に現れたそれになかなか目を通すことができずなまえは不思議そうに「洋平くん…?」と声をかける。


どうしよう…なんて書いてある…?


洋平の心は急激に心拍数をあげ手汗が滲み出る。呼吸も速くなるような感覚で口から心臓が出そうだった。結局彼女の進路をどんな風に受け止めたらいいのか結論は出なくて、今ここでこうして一方的に告げられてしまっては「ダメ」と言えそうにない。


たとえ京都だろうが…さらに遠い場所だろうが…受け入れて、背中を押す…


「……って、横浜?!」


意を決して目を向けた洋平は拍子抜けした。そこには大きな文字で「横浜国立大学」と書かれていたからだった。


『うん、ここに決めた。』

「えっ…横浜…」

『先生からもう少し上を目指せるって言ってもらえたんだけど…これといって行きたいところもなくて。』


そう言ってなまえはペラッとパンフレットをめくった。そこには「経済学部」と書かれていた。


『湘北に推薦枠があって。それを使わせてもらえることになった。』

「推薦で、入るんだ……」

『うん。だから、早々受かる予定…』


なまえはそう言うと「洋平くん」と、洋平の手を握った。テーブルの上に置かれた繋がれた二人の手。洋平の右手をなまえの両手が包み込む。


『一緒に、住みたいの。』


ポカンとして固まる洋平になまえは言葉を続けた。


『この先を考えた時、私の中では洋平くんのそばにいることが最優先だった。むしろ、それ以外になにも見つからなかったの。』

「なまえちゃん……」

『この場所にいたいと思った。同じ時を過ごしていきたいの。これからもずっと洋平くんの隣に…いさせてもらえないかな…』


照れがまじった真剣な顔。洋平はその場に立ち上がるとスタスタと歩き彼女の前に座り込む。有無を言わさずになまえを思いっきり抱きしめた。


『うわっ…?!』

「…すげぇ、好き…」


彼女を抱きしめる腕に力が篭る。溢れ出る感情を抑えきれず洋平は小刻みに震えていた。


よかった…これからも、隣に…


安心感、提案された同棲、そして何より、なまえの口から出た「そばにいることが最優先だった」という幸せすぎる言葉。その全てが洋平をおかしくさせる。ずっとずっとそう言いたかった。「隣にいて」と、「どこにも行かないで」と。六歳という歳の差が洋平を苦しめそんな我儘を言ってはいけないんだとずっと溜め込んでいた。まさかなまえちゃんの方から言われるとは…言ってもらえるとは…


「…ひとつ、聞いてもらえる…?」

『うん…?なんでも、聞くよっ。』


一旦落ち着こうと深く長く息を吐く。そして洋平は口を開いた。


「俺と、結婚して…?」


いつになってもいい、今すぐじゃなくてもいい。とにかくもう二度と、離れたくない。なまえちゃんの隣にいさせてほしい。そこは俺の居場所であり、帰る場所なんだ。


『…そんなの、するに決まってるでしょ!』


そっと腕の中から抜けたなまえちゃんと目が合う。初めて出会った頃、俺に「好きです」と伝えてきた頃のまだ幼かったなまえちゃんの姿がフラッシュバックした。フニャッと笑い、目に涙を溜めた彼女は驚くほどに綺麗だった。


「一生かけて、愛し抜くから。」

『…よろしくお願いしますっ…!』


彼女が笑えば自然と俺も笑顔になって、俺が笑えば彼女もまた笑顔になる。いつまでもこうやって楽しいことやくだらないことに笑い合って生きていけますように、とそう願いを込めて唇を重ねた。甘くて優しい味がした。








キミがいれば、なにもいらない


(…卒業おめでとう!)
(洋平くん!来てくれてありがとう!)
(そりゃ来るだろ、制服姿見納めだしな)
(…なんかその視線、エロくない…?)
(あれ、バレた?最後を美味しくいただこうと思って)
(…めちゃくちゃバレるよ、見過ぎだよ…)






年下彼女を応援してくださりありがとうございました!(^^)











Modoru Susumu
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